第一話「何と言うかあらゆる意味で新鮮な日常が始まった気がするんだけど!?」by表裏
第一章、第一話……始まります♪
――時期は四月後半。
季節は春。
まだ肌寒さも残るが、暖かさもある、そんな小春日和であった。けれど、今の時間帯のおかげもあって、加えてひんやりとした空気も感じる。辺りは青々と茂った木々に囲まれ、所々には白く発光する綺麗な雪景色も幾らか拝見出来る。そう入っても、ほとんど残り程度の雪の欠片程度しかないんだけれど。
しかしこの自然風景は何とも趣あっていいよね。
そんな光景に内心関心しつつ。
人工的に造られたアスファルトの道を一歩一歩、歩みながら、冷え込む空気の中、吐息をそっと吐き出す。吐いた息はほんのりと白く染まっては霧の様に霧散してゆく。さようなら、僕の極微小の水分。
並木道と呼べるだろう道を、僕は朝の光景と優しさに身を包まれながら、少しの期待感と大量の眠気を持ちつつ歩いていた。
ああ、どうでもいい事なんだけど、自己紹介しておこうかと思います。
僕の名前の椒表裏。高校二年生。
今年で一六歳である僕の顔立ちは、普通。背はざっと一六〇くらい。藍色の髪は美容室ですっきり短髪に切り揃えてもらい、橙色の明るい瞳。そんなのが僕こと椒表裏の容姿と言える。よく読書が似合いそうとは言われるけど、僕としてはライトノベルや週刊少年ジャ○プ辺りを読む方が趣味として遜色ないかと思う。読書は読書だから追及はいいだろう。
けど、個人的には色々な事に浅ぁあく関わる程度でもいいかな。いや、面白い事があれば普通に嵌るんだろうけどさ。
ちなみに、服装はこの先に悠然と佇んでいるであろう学園に合わせた服装――学生服を身に包み、右肩には適当な大きさの黒のショルダーバック。
高校一年生の頃から使い慣れたバックは、やはり馴染んでいた。
僕は、並木道を歩きながら遠くに木々の隙間から少しばかり覗き始めた白塗りの荘厳な建物の上部であろうものを瞳に捉えると少しだけ目を見開く。あれが僕の新しい……。そう思うと何とも言えぬ複雑な感情が渦巻くものだ。実際、複雑な感情だしね。いや、期待と興味は湧いているんだけどさ。
「――ようやく、見えてきた、かな」
あの建物で間違いはないとはわかっているが、何処か確かめる様な呟きになってしまう。周辺にアレ以外目立った建物は無いが、それでも慣れぬ土地柄の影響っていうのかな? ほんの少し心配な気持ちも無いわけじゃないんだ。
「いやぁー……。ラギ姉に言われていた通り、あの家からは少し遠いとは訊いていたんだけどさ……歩きだと中々に時間かかるよね?」
次回からは自転車でも検討するべきか、と苦笑交じりに呟いた。
だが『歩き』というのは僕は結構、好きなんだよね。
個人的にだけど僕はやっぱり『歩く』という行動は疲れも溜まる事こそあれど、自転車に乗ったり車に乗ったり等とは当然ながら違ったもの――まぁ人として当然の行動なんだけどさ。けれど、やっぱりこうして心を落ち着かせながら自然の多い場所を歩いてみるというのは何となしに心地よいものだと思う。こういう自然風景の美しい場所に来ると思わず歩いてゆっくり見てしまいたくなるのと似たようなもので、僕は風景を見るのが好きなんだと思う。
加えて、数週間前まで住んでいた都会過ぎる風景から離れてやってきた僕としては結構、こうして歩いて風景を楽しみながら目的地で向かうっていうのは何か妙にのんびり出きていいと感じるんだよね。
この道は通う生徒の為に整備されているだけあって落ち着いて歩けるし。
「……それ以前に、この道、通ってるのが僕、一人って事も理由の一つだけどさ」
まぁいいんだけどね、と小さな声で呟いて広大な空を気まぐれに見上げてみる。
うん。広い青い爽快だなぁ。
もう少し遅い時間なら登校する生徒で込むであろう、この場所なんだけど今は、大通り独り占め的に僕一人しか歩いていない現状だ。
何と言っても時間が多少早かったからね。
ちらり、と僕は左腕の黒いベルトの腕時計を一瞥する。
「……六時じゃないっすかぁー……」
うわぁ、やばい、想像以上に早すぎたかな。少しだけ。
確か授業開始時間が確か一限目が八時四〇分であったはずだ。仮に部活動の朝練の時間帯が七時くらいとしても、後一時間は時計の針が余裕を持って『気長に待ってな坊主』とでも言いそうな程に時間余ってるじゃんか。うっわ、かったるいよ。運動部でも後三〇分くらいは始まらないんじゃないだろうか?
だけれど、決して理由なく、こんな時間に登校しているわけではないんだよね。
理由は――……うん、実に何とも言えない内容なんだけどさ。
僕は都会から来たわけで、内地の住民なんだ。いや、正確には『だった』が正しいんだけどさ。近畿地方のまぁ都会と呼べる場所に住んでいたんだけど……いやぁ、諸事情で数週間前に転校するという経緯になりました。
その急遽さの所為かね? 何だか、今の僕は、酷く落ち着いているんだ。
目の前で暴風に家が壊滅して、火事の炎が根こそぎ残骸を殲滅し尽くし、土地には何一つ残らなかった光景を見た記憶は鮮明だ。
……うん、自分で言っておきながら理由おかしいよね。
いやはや、まさかあそこまで綺麗に焼失――否、消失してしまうと現実味に欠けるものである。屋根が吹き飛び壁が瓦解し土地が抉れた。笑う気力もないよ。あっはっはっはっはっ。
こんな理由で転校を余儀なくされた僕っていったい何なのか……考えたくもない。
それはともかくとして、だ。
結論を述べると僕は急遽、転校の決まった高校生、というのが実に明快な答えだと考えられるんだ。かったるい、実にかったるいよっ。まぁいいんだけど。
いや、別によくはないんだけどね。
実際、部屋にあったマンガやらゲームは文字通り焼失し、風化してしまったのだから。この年代の男子としては嘆きたくもなるよ、くそぅ。
む、何か脱線気味だな僕。軌道修正軌道修正……。
話を戻すとアレだ。
つまりは現在――こんな六時ちょっと過ぎに少し先に見える学園目指して歩行中っていうのは転校生特有の『早めに行って先生にご挨拶』というのに他ならないわけだ。
「けど、この時期と唐突な転入、迷惑かけたかな……」
なんとなしにそう思う。
記憶を軽く漁れば出てくる、学園の理事長の名前。高名な名前として世間で認知されている以上は有能な人物であるわけだ。結構多忙だろう時期に、微妙にずれた転入は少し迷惑もかけたかなと思ったりもするわけで。
だけど仕方ない。何せ色々唐突であったのだから仕方ないっちゃないんですけど……ね。
自宅消失の為に、北方の地までやって来て、学校探しに住居探しだよ? 普通なら結構、路頭に迷う展開だよね。……迷わなくて良かった、本当に。
そういう部分は父さんに感謝かな。
……いや、プラマイゼロだろう、やっぱっ。
学校と、住居見つけてくれた事は感謝しているけどさ。それも数日で。
まぁ、そこらへん考え出すと時間、大量にかかるから今は省くんだけどね。語るにしても、今は時間無くなったし後にしておこうと思う。
なんたって、今は――。
「うわぁ……」
自分の口から感嘆の息が零れるのを確かに感じた。
壮大。巨大。優大である。
周囲を森と認識出来る程の大きな森林が美しい配置でしっかりと景色を形作っている。敷地面積がどれ程なのかは流石に調べなければわからないが、東京ドームの一三個分程度はあると訊いている。巨大な噴水もあれば、時計塔、剣道場、滑走路、研究施設……全部を認識しているわけではないが、確か大層色々な施設を取り込んでいるはずである。
だけれどやはり圧巻は――校舎そのもの。
まさしく威風堂々。何の恥も外聞も気にせずに、自信に溢れて、ここに佇む様な清潔感のある白さと学園に相応しい造形の校舎。大きく、高く、雄大に。
まさしく名門校と呼ばれる学園だ。
そう感じざるを得ない。
「流石に大きい……。…………。……だけじゃなく、何ていうか惹きこまれる造形と清潔感ある白さだなぁ……」
不意に自分の口元が緩む。うん、けど仕方ない。感動の一つもするさ。
これだけ巨大な学園見れば、テンションも上がるってもんだし。
うわぁ……!! ラギ姉から『ふふっ、姉さんの通う学園は何ていうか、いるだけで感動しちゃうくらい素敵な学園だからね♪ 表裏君もきっと気に入るわよ♪』と言っていた自信満々な気持ちが理解出来るって、これは!! その後に『……まぁ、普段から騒ぎもたくさんだけど、慣れればオッケー♪』と人差し指をピンと立てて『てへっ』と微笑んでいたりした様な記憶が合った様な気もするけど、それを忘れるくらい感動してしまうものだよ、僕!!
同時に何となく緊張もしてきたな……。うわ、ヤバイどうしようか。
そもそも名門校であるここに在籍ってだけでも中々、感慨深い故に緊張するんだけど……。とはいえ一般家庭の子が大量に通っている学校ではあるんだけど、世に名門と言われる学校なわけで、少し心に緊張感が湧き上がりそうだ。
でも、少しだけ手が汗ばんでるやぁ……。柄にもなく緊張してるかな……?
まぁいいんだけど。
正直な話、いきなり知らない土地に来てるーみたいなものだから、不安やら心配とまではいかないけど、そっち方面の感情が無いわけじゃないんだけどね……。知り合いは従姉のラギ姉だけだしさ、学園では。
「……かと言って無駄に不安がってもしょうがないし……」
僕は両腕を「ん~~~~っ!!」と緊張感を解き解す様に伸ばす。これやると背筋が伸びて何となくリフレッシュ出来る気がするからさ。っていうか、うわっ、空気美味いな……。流石はこの土地柄だけある。小さく感動である。
そんな感動を胸に仕舞い込みつつ、僕は「よし」と呟くと校門の中へと、一歩、足を踏み入れた。
その一歩は如実に大きな差がある。僕はそう、感じた。
ぶわっと空気が変わる。
確実に世界が違った様にすら感じる程に、そう思った。
校門前から見える風景の限りを見るのと。校門へ入った後に見渡す光景。大きな差があってそれは当然の事なのだけれど、やはり学生というのは学校に入った瞬間に物凄く調和というか、重なり合った感じがする。
けれど、まだまだどこか不自然にも感じるのは他でもない僕が転校生に過ぎない為だ。
「実際、見慣れないしね」
そんな風に妙に学校大好きって印象の僕は、印象ぶっ壊す様に呟く。うん、感動こそすれ見慣れない光景なのは事実だし。施設凄いし。
だけど暖かく感じた。気楽に感じる。
僕のこの学園への第一印象は、ほぼ間違いなく、それだろうか。だからだろう。転入生の僕は特に気負った気持ちもせず、気軽に足を進めた。
校舎――玄関口を通って進む先。職員室を探さないと。
実の所、来るの初めてだしね……。下見とか出来たら良かったのだけれど、時間無かったから親任せの転入だったりもする分が何とも申し訳ない。
なんにせよ、だ。
「職員室は……どう行くべきなのかな?」
顎に手を添えて思案する。うん、だって地理わかんないし。
道を訊こうにも、人見つけるの大変だし。なにさこの、土地柄の影響受けて広大になっちゃった♪ みたいな敷地面積、歩く苦労も一塩だよ、かったるい。
いや、歩くの好きだけどさ!!
探し物の際は面倒だよね。まぁいいんだけど。
「とりあえず誰かに道を――「迷子か、そこの転入生」……はい?」
声が聞こえる。具体的に言えば背後から。なぜに背後? しかも声渋くて格好いいなぁ。
僕はとりあえず、心を一度落ち着かせる事とする。
大きく息を吐き出す――、何てことするほどでもないから、いや正確には余裕無かった気がするけどまぁいいや。というわけで、やはり恐る恐るといった具合にゆっくりと背後を振り返る。
「……えーっと……」
どちら様でしょうか? そんな不躾に失礼とはわかるのだが、相手の姿を見たら、流石の僕も多少緊張してしまった様だ。こういう時は自分から名乗るのが礼儀とか言うのかもしれないが、背後に佇まれたらこう返すしかない気がするんだ。
「気にするな。その程度、些細な事など俺は気にせんからな」
「ああ、そうですか、それは安心しました。――けど、心を読まないでもらえます、唐突に?」
「唐突に読まれた割には、中々落ち着いている様子に見えるがな。いや、まぁ説明しなくともいいぞ、読心っているからな」
「何か過去、読みましたよね、今!!」
「俺の疑問に対して勝手に内心答えたお前がいかんのだ。もっと心を閉ざす技術を学べ」
「登校初日にまさかの分類のアドバイス!!」
いや、本当にね? まさかの登校初日に読心関連の教授でしたよ。
初めて学校で教えられた事はまさかの『読心』でした。
……いや、ここは考え方を変えよう。『初めて学校で教えられた事は何でしたか?』という問いを掛けられたら『「心」について、です』と答えられる。うん、深い。あり得ない話だけど問いを掛けた人の方が興味津々で『何を教えられたの!?』とツッコミしてくれるんじゃないか、と思う程だ。よし、そんな感じでいいですかね。
「中々の発想の転換だな、関心したぞ小僧」
何か目の前の老年の男性が何か呟いているが、あんまり耳に入って来ない。
というかどういう現状なんだろう。いやぁ、何ていうか……男子が抱く幻想をぶっ壊された気がするよね。ギャルゲーって知ってるよね? 恋愛シュミレーションゲーム。それにもこういった転校した主人公みたいのがあるじゃないか。僕も別に恋人は何ともいえないけど、ギャルゲーを幾つかした身の上としては理想を抱く。
だが、こう言った現実で来るとは現実は中々に手厳しいなぁ。あっはっはっ。
――……まさか初めて会う相手が老年の男性とは……!!!!
中々に珍しい展開じゃないだろうか? 理想は女生徒。まぁ現実的な考えでは教師とか同学年の生徒とかが望ましいと思うんだよ。でも、今回は見事に変化球だ。相手は老年の男性だったよ、うん。
年齢は……正直わからない。
老人なのは間違いないと思うんだ、鬚や風格に、皺の数。老年ではあるんだよね。……でも明らかに老いは無いと思う、うん。老人ではあるんだ。けれど、明らかに肉体が若い。いや、若いというよりも研ぎ澄まされているのかな? 美丈夫だけど、まるで覇者の様な風格を持っている男性だ。
しかし、かと言って威圧された感触は無い。包み込む様な雰囲気すらある。
目つきは鷹の様に鋭いにも関わらず優しさがある。
だが言葉使いは不良老人という印象を抱いてしまうんですがね……。けれど、同時に気品漂う男性なので、まるで静と剛が合わさったかの様な老人だ。っていうか背が高い。一八〇を明らかに超えているだろう。
髪の色は青みがかったシルバーブロンドに青い瞳。
……そして服装が燕尾服。
そっ、燕尾服。きちっとした佇まいで紺色の清潔なスーツならぬ正装とでも呼べるのか、それを身に纏っていた。そこまで考えて僕は……、
「……何だろう、初っ端から、僕の学園への印象が千変万化なんですが」
「ハッ、安心しておけ、小僧。この学園に来た者は、みな、大概がそういう反応をする。飽きのない学園よ」
「ここ、そんな波乱万丈な学園なんですか?」
「そうだな……。言葉で表せば……騒がしい、変わってる、面白い、不思議の数々、生徒がフリーダム……等々あるが、どの言葉で表すかは今後の、小僧の学園生活次第だ。覚えておけ」
「何か最後いい感じに締め括られた!!」
「それと先達からのアドヴァイスだ。この学園での一日を出来る限り、自由奔放に楽しめ。以上だ」
「何ですかそのアドヴァイス!? 奔放過ぎると問題じゃないですか!?」
「安心しろ。教員も大概、フリーダムだ」
「まともな方はいないの!?」
「勘違いを起こすな。学園の者はみな、ほとんどまともだ。ただ、数名集っただけでも騒がしい日常の幕開けになるというだけでな。一+一が二にならんのだよ」
「クラスメイトの存在に急に不安になってきました」
「転校初日はよくある事だ。自己紹介を……適当に」
「適当に!?」
「変に緊張してもミスして、友人が出来るだけだぞ?」
「なにその転入生に対する特別待遇!?」
「この学園の生徒が、自己紹介でミスした程度で馴れ馴れしく接しないとでも?」
「いよいよ同級生に興味湧いてきました。うわぁ、自己紹介ってよか同級生を見たい!!」
「初めての相手を、じろじろ見るのは失礼というのを心掛けておけ」
「それ、普通は在校生相手に言うべき内容だと思います」
「在校生も転入生も関係ない。誰もが必要な、最低限の心掛けだ」
ギラッ、と目を光らせて悠然と聳え立ちながら背筋のいい老人は言う。
僕はそんなおじいさん……。……おじいさん? いや、男性としよう。男性に対して声と雰囲気がなんか妙に渋くて格好いいんだよなぁ……とも思いつつ、頭の中の疑問を解決すべく、控えめな口調で質疑を問いかける。
「……それで、結局、貴方は何者なんでしょうか? っていうか何でここにいたんですか?」
僕、全く気づきませんでしたが。
そう言うと男性は「フン」と頷くと、上着の胸ポケットに手を入れて――そこからジョウロを取り出した。結構大きめだった。……いやいや、どうやってしまってたんですか?
「胸ポケットの質量は男の度量の大きさ次第で広がるだけだ」
「奥深い発言の様な物理的不可能現象ですけどね?」
「まだまだ青臭いな、小僧。まぁいい……。俺が何をしていたかについてだが、このジョウロを見てわかる通りだ。花壇に水をやっていた、という事になる」
「えーっと……何故、そんなことを?」
「仕事の一環――だからだな」
「……警備員の?」
「内心で『この服装で警備員は無いですよねぇ……?』と疑いながら、その質疑は浅いぞ小僧。答えを言えば考えている通りに俺は学園の警備員ではない。かといって植物菜園のジジイでもない」
うん、そりゃあね。警備員としての仕事は似合う。
だけど、この眼光と容貌で草木に水やりをする光景は正直――、いや、想像すると意外に似合うぞ? 何故か水やりが格好いいシーンとして脳内に映像化されているのだが。何だろうか。光景を飲み込んで自分のものにでもするのか、この人は。
で、結論なのだが、そう考えると――こういう服装の仕事はまさか……。
「――EXACTEMENT。俺は執事だ」
堂々と。老人は一切の恥じらいなく、己が職務を誇りを持って宣言してきた。
歪みのない真直ぐな背筋。毅然とした佇まい。
僕は、執事って残存してるんですね、と何となく関心した。と、同時に。何で学園に執事いるの!? しかもめっさラスボスレベルの執事なんだけど!? 初めからクライマックスとでも言いたいの!?
「そう戸惑うな」
だからさらりと心を読まないで欲しい。
「断る」
断られた!!
心読まれまくるんですけど……と内心冷や汗を垂らしながらも僕は、花壇に水やりねぇ……と考えながら周囲の花々を見渡して問いかける。
「いつも、やってるんですか?」
「手が届かない時だけだ。普段は、学園部活動の一つ『花帝菜園部』が水やりをしているがな。授業時間の関係で水やりの届かない時間帯は俺や同僚達が、暇な時間を使って水やりをしている」
「ああ、なるほど……」
「ただし時々、水やりの最中に行方不明者も出る部分は騒がしくなるがな」
「学校の広さの影響、水やりにまで出るんですね」
「『あっちゃ~、また迷子出たわね~』というぐらいに日常茶飯事ではあるな」
「反応軽いっ!! ……改善しましょうよ」
「迷子程度、俺の直感で探し出せるから、別段問題ではないがな」
「いよいよ、貴方何者ですかっ!!」
「親しい者には『ルー』と呼ばれる者だ」
「綽名じゃなくて、本名教えて頂けません?」
「…………。……なに、それほど時間のかからん内に名前程度知るだろう」
良くはわからないが、とりあえず名前を知る機会はある様子だ。
ならば僕から何かを言う事はしない。したら泥沼になりそう――というか会話が長引きまくりそうだから。だから僕はとりあえず、話題を一旦、打ち切って。
「わかりました。……で、話を一番前に戻すのですが、職員室どこでしょうか?」
「その前に一応の確認をしておくぞ。数週間前に急遽、転入となった川淵潺高等学校の生徒で間違いは無いな。当然無いが」
「疑問符もないし、自己完結する辺り訊く意味ありますかね?!」
「俺の目が本物と偽物の区別もつかないわけがないだけの事だ」
「初対面の相手なんだけど、もう自信満々過ぎる人だってのはわかりましたが!!」
「そして小僧。お前の名前は椒表裏で間違いは無いな?」
「はい」
「よし、承認完了だ。ただの気まぐれの戯れだが」
「真面目な質問じゃなかったんですか!?」
「そういうのは職員室で済ませろ。俺は教員ではないからな」
「ぶった切りましたねぇ!!」
「まぁ戯れはここまでにして置いてやろう。まずは職員室だな。そこでしっかり挨拶しておけよ、小僧」
「あ、はい。それは当然――」
「盛大にこけても教師たちは気にしないで笑って優しく流すから安心しろ」
「だから自己紹介どんだけハードル低いんですか?!」
「低いのではない。設定されてないのだ」
「そもそも設定されてないんだ!?」
本当にどういう学校なんだ、ここ。不安なのか期待なのか全く区別できない感情が渦巻いているよ。ラギ姉、もう少し学園について詳細な説明を訊いて置きたかったかもしれません。何と言うか……うん、もう何かに巻き込まれている気しかしないんだよね。
ともかく、一人目の時点でかなりのインパクトがあったって言える気がするよ。
溜息でもなく、苦笑でもなく、僕の口からは達観が零れだす。まぁいいんだけど。
「何か色々思うところがある様子だが……まぁいい、付いて来い」
男性もとい、ルーさんが毅然とした立ち振る舞いで学園への玄関口へ足を向ける。
僕は置いてかれたら迷子確定なのは間違いないというのもあるので、ルーさんの後をすたすたと追ってゆく。そんな最中に、僕は、気まぐれに上を見上げる。
悠然。壮大にして優大だよ。
何度こうして何気なしに見ても、巨大なこのそびえる建築物は、学園はどこまでも温かさと優しさを感じてしまう様だった。同時にこう……いい知れない未来への気苦労も。
だけれど、僕は一目で惹かれた様に思う。
まだ学友にも教師にも誰一人逢っていないけれど。
急遽、移り住むこの地で。突如、通う事となったこの学び舎で。
複雑で様々で、けれどその実、極めて単純な感情を胸に抱きながら……僕は見つめ続けた。ここは北方の名門校。
――私立冬源学園。
日本北方の名門中の名門校として名高き、この学園で、僕の学園生活は変わって始まるんだなぁ。そう思うと本当に感慨深いものだ。
新しい生活が……始まるわけでさ。
「ところで小僧。早く避けねば轢かれるぞ?」
ちなみに、僕が妙に新しい生活を感じ入る理由は様々だが、そのうちの一つは実家消失の影響で何ていうかもう、心が『どうとでもなれ』という境地に至ってしまっているからだが、そこは考えるだけでも悲しい……っていうか切ない。
だから僕は異様に新しい学園生活に「ちょ――――!! 退いて退いて退いて退いて――――――――!!!?」期待をしていたりもする。
前の学校では色々「いやいや、退きなさいよお前ぇ!?」あったから、と言うのも――。
…………。
……轢かれるって…………なに……?
「疑問に思うな。もうどの道、遅い。すぐに氷解ならぬ後悔は起きるだろうがな」
ルーさんの、そんな『まだまだ甘いな』という声が聞こえた。――と、同時に僕の体がフリスビーを投げるかの様に空を舞う。背中へ強い激しい鈍い衝撃を感じると、ほぼ同時に僕は空へ舞いあがった。リアルに。ヤバイ、目が回る。景色が上下左右変幻自在だよ。参ったっていうかコレ……!!
視界が刹那、光景を捉える。
地面が少し遠い。そうして現状、僕は空を舞っているわけで。……なんだそれぇ!? いやいや、冷静に一瞬観察してたけど、どうなってんの!?
混乱する中で瞳が更に捉える。
僕が先程まで立っていた場所からカーブを描いて走る金属の塊――バイク。その上に跨るのは後姿とか見えないが鮮やかな水色の髪を風もとい、暴走疾風にたなびかせて、近場で急停止するブレーキオンとか様々に鳴り、起こったんだけど、さ……。
……当然、僕の現状がそんな冷静に観察出来るわけもないからね。
それでも、最後に目で意思を送ります。
拝啓、ルーさん。
『助けるか何かしてほしかったよ!?』
その言葉を最後に僕の体は大地へ「のびらぺぽっ!?」と勢いよく叩き付けられる。うん、意識を失えず、痛みが瞬時に走ってきた。ランナーの様にしっかりとした足取り。そんなに力強く走らなくても良かったんだけどね、痛選手……!!!
体を地味に襲う鈍い痛み。
ピクピクと情けなさと格好悪さとに身震いする僕を見ながら、ルーさんが口を開いた。
「生徒間の問題に大人が手出しばかりしては、子供は子供のまま成長せんだろう?」
「そういう問題でしょうか!?」
僕のツッコミが響き渡る。
暖かい芝生と、被害者とバイクと加害者「あっちゃ~……しくじちゃった。人轢いちゃったわ、どうしよう……」と執事「後で生徒指導室に来い櫛津町。説教を垂れてやろう」「ひぃっ!?」。そしてせめて手当くらいしてほしいんだけどねぇ!? そんな僕は特にこの先、どうというわけでもないが、実に奇妙な構図の中で僕は思ったんですよ、みなさん。
ああ、最悪なのかもわからない始まり方だよなぁ……!!! と。
そう言うわけで。
僕こと椒表裏の新しい生活の一つ目はそんな意味不明な幕開けをしたという事になるんだ。
………………………………………………何とも言えなさ過ぎるよねぇえええ!?
第一話投稿終了です♪
主人公的一人の少年、椒表裏君は果たして学園でどういった学園生活を送るのかご期待あれ!! ……なんかハードル上がってくなぁ私ぃ……!!?
……しかし、それはいいとして、第一話不可思議!! 主人公の名前以外に誰の名前もまともに出てないってどういう展開!? 書いたの私だけど!!
ともかく、次回からキャラも徐々に増えてくわけになります!!
……何で今回の話、バイクと執事が出たんだろう不思議だなぁ。
そして次回でどこまで進むかにゃあ……?
それでは次回、また逢えましたらよろしくお願い致します♪