プライド
「国定京です!よろしくお願いします!」
俳優を始めて初のドラマ出演。ちょい役だけど気合いが入る!はずだったが……
「悪いね〜急に監督が別の人がいいって言い出して」
まただ……運が無いと諦めるしかなかった。
「国定さん、すいませんでした!」
マネージャーの堺が謝っている。
もう目に入っていなかった。見ているのはこのドラマの主演・榊一葉。同じ事務所の後輩だ。正直悔しい。
「京君」
溜め息をついていると後ろから肩を叩かれた。
女優の足立未来昔一度仕事をしたことがある。それ以来の友人だ。
「大変だね」
「しょうがないよ。そういう仕事だし」
苦笑した。
「京君いい演技するのに運が無いよね」
何故か未来は京の演技を高くかっている。
「運も実力の内って言うけどね。じゃあ頑張ってね」
ここにいるとなんだか惨めな気分になってくる。
「じゃあね。………あ、まった!撮影終わったら飲み行こう。いつもの所にいて」
京はああという中途半端な返事をして出て行こうとした。
今や視聴率二十%以上のドラマに出演している女優が、俺なんかと飲むなんて迷惑をかけるだけだ。そう思うと中途半端な返事になってしまった。後ろでは絶対に来てねと叫んでいる。
「堺。俺、仕事ある?」
帰りの車の中で聞いてみた。
「……すいません」
謝られると余計惨めな気持ちになる。
辞めようかな…
結局京は指定された飲み屋にいた。
未来が番宣のために出たバラエティー番組が放送されている。
「仕事欲しいな…」
また溜め息をついた。
「お待たせ」
サングラスをかけ、帽子をかぶった未来が隣に座った。変装しているがあまり隠せていない。
「随分早かったな」
「結構スムーズに撮影終わったから。生中」
座ると早速注文した。
「あの番組、あまり面白くないな」
バラエティー番組を見て言った。
「しょうがないでしょ。無理やり出させられたんだから」
ちょうど出てきたビールを一気に半分ほど飲んだ。
「相変わらず飲むな」
「飲んでストレス発散しないとやってけないもん」
残りの半分も一気に飲み干した。すごい。
「苦労してんだな」
「当たり前でしょ!自己中な男優に、プライドだけ高い落ち目のベテラン。それにバカな監督。よくあんなので数字取れるよ」
かなりストレスが溜まっているようだ。売れたら売れたで大変なんだな。まだ文句を言っている。
「わかったから少し落ちつけ」
「ごめん」
やっと治まった。
「でも京も大変だよね。あんな監督のせいで」
憐れみの目で見てきた。やめてくれ。悲しくなる。
「そうだ!今度出してくれるよう頼んであげようか!」
「いいよそんなこと」
未来にそんなこと頼めるわけない。
「遠慮しなくていいよ」
しつこく言ってくる。
「いいって言ってんだろ!!」
無意識に叫んでいた。
「いくら俺だってな、プライドがあるんだよ!」
未来が驚いた顔でこちらを見ている。それはそうだ。親切心で言っているのに、その相手に怒鳴られたのだから。
「ごめん…」
未来が謝った。
怒りと羞恥心と感謝の気持ちが複雑に入り組む。違う…本当は感謝しないといけないのに…。
「ごめん…」
未来がもう一度謝った。謝らないでくれ。俺が悪いんだから。
周りの客も皆こっちを見ている。ヒソヒソと小声で話している人もいる。まずい。バレたか。
「もう帰ろう…」
「…」
促すと無言で立ち上がった。
「怒鳴ってごめん…」
店を出ても未来は何も喋らなかった。代わりにうっすらと涙を浮かべている。
「家まで送るよ」
無言で頷き、ゆっくりと歩き始めた。
「ごめん…」
途中で未来が呟いた。
「私、何も考えてなかった」
よわよわしい声だ。テレビ局で励ましてくれた時の声と全く違う。
「違う。俺のこと気遣ってくれたのに、カッとなっと…」
「違う!」
未来が立ち止まった。
「違う…私は自分のことしか考えてなかった。京の気持ちなんて考えてなかった」
今度は声をあげて泣き始めた。何も出来ずただ見ているしかなかった。
俺が悪いのに…お願いだから泣かないでくれ。そんな悲しい顔見たくない。
「京に…喜んで欲しくて、私を見て欲しくて……私…」
俺は
「京が好き」
未来を愛している
「初めて会った時から」
それより前から
でも俺なんかじゃだめだ。
「冗談言うなよ」
ふざけた調子で笑った。上手く笑えたかな?
「冗談じゃないよ!本気で好きなの…」
「嘘だ」
「嘘じゃない」
「…」
「…」
「…ごめん」
未来が俯いた。今度は泣いていなかった。
「帰ろう」
出来るだけ優しい声をかけ、また歩き始めた。未来は後ろからゆっくり着いて来る。
これでいい。俺なんかを好きになったらいけないんだ。彼女は俺なんかと違うんだから。
自分に言い聞かせた。何度も何度も…
家に着くまで二人は一言も喋らなかった。
「未来…」
後ろを振り向いた。はっとした。俯いたまま泣いている。声を出さずに。涙だけがコンクリートに落ちている。
それを見た瞬間、本当に良かったのか分からなくなった。
愛していると言いたい。自分の本当の思いを伝えて抱き締めてあげたい。
「ばいばい」
かすれた声で未来が言った。
未来の後ろ姿をただ黙って見るしかなかった。
その姿も、家の中へと消えていった。
「これでいい…これでいいんだ」
小さく呟くと来た道をゆっくりゆっくり戻って行った。
立っていたコンクリートが濡れているのは気のせいだ。