理学部棟
再び理学部棟の中へ入ると、見知った顔を見かけた。
「あ、ゆっきっきー」
「おはよ、みゆきち」
ゆっきっきー、と変なあだ名で声をかけてきたのは、真田深雪。この名字を聞くと、つい某戦国ゲームの某熱血青年を連想してしまう。おそらく腐女子の性であろう。
深雪は同じ学科の子で、自分的には親友だと思っている。アホだけど、時にはちゃんとする子だ、アホだけど。
「授業終わったの?てか星屑は?」
私はいつも2限後は星屑と行動しているため、彼女がいないことを疑問に思ったのであろう、深雪は尋ねてきた。
「あー、ファイル忘れたから取りに戻るとこ。星屑は先にピーチいるよ」
「そうなんや、着いていこっか?」
「や、大丈夫。先ピーチ行ってて」
教室は四階だし、付き合わせるのも申し訳ない。星屑も待っていることだし、とその申し出を断った。
「了解!あ、今日ちょっとバイト遅れるから、河西さんにも伝えといてねー」
深雪はさらっと言ったが、今日は平日なので店員は三人だったはずだ。私と深雪、後一人は一つ学年が上の、先週入った新人の河西さん。深雪が遅れるということは。
「ちょ、私と河西さん!?まだ一回も話したことないよ!」
そう、シフトが重ならず、まだ一緒にバイトに入ったことすらないのだ。自慢ではないが、二次元に浸りすぎたせいか三次元の男が苦手で、何を話せばいいかも正直わからない。
あ、ちなみに河西さんは男。河西和幸というらしい。イニシャルはKKになるのか、どうでもいいな。
「大丈夫、いい人やから!じゃまたねーん」
なんてやつだ、いい逃げしやがった。とりあえず後で詳しく話を聞いてやる。バイト遅れる理由が、片思い中の人と云々だったらしばいてやる。
深雪と別れてから、階段へ向かった。理学部棟は立方体となっていて、階段は玄関から入って左端にある。本当はエレベーターを使いたかったのだが、昨日の夕方から改修工事をしているらしい。面倒だが仕方ない。
おそらく深雪と話している間に、棟に残っていたほとんどの生徒も昼食を食べに行ったのだろう、しんと静まり返った空間は心地よかった。
階段を登っていると、上の階から教授が降りてきたのでとりあえず会釈をする。大学では挨拶の有無等もあまり口煩く言われないため楽だ。ちなみに教授は顔も合わせず早足で降りていった。
「はぁ、四階、だ、っる」
さすがに階段で四階まで行くのは辛い。息をきらしながら教室のドアを開ける。その瞬間、ファイルを取りにきたことを後悔した。