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たぬきそばから芽生えた細くて長い恋

掲載日:2026/04/28

かなり前の作品となりますが、未だに人気のあるラブコメでもあります。

いつもより、恋愛色の強い内容ですが、さっぱりとして読みやすい内容を目指しました。

それでは新たな一面でもある、ぴこたんすたーワールドへ、いってらっしゃいませ。

 12月31日、大晦日。

 夫婦二人で薪ストーブで暖をとりながら、一杯のそばのカップ麺を片手に、新しい年が迫ろうとする。


『5、4、3……』


 大きなテレビから流れるのは、新年へのカウントダウン。

 そのまま迎えた、二人だけの新年。


「あけおめ。今年もよろしく」


 彼は若者らしい、あけおめという言葉と、いつもの温厚さで挨拶を告げる。

 私もすんなりと、それに続く。


「はい、あけましておめでとうございます。よろしくお願いします」


 今になって思えば、私たちの出会いは、あの寒い冬の夜だった……。


****


「ねえ!」


「ねえ、おじさん!」


 私こと、長い黒髪のかなでは学習塾の帰りに、駅のベンチでぼろ切れの毛布を被って寝ていた、白髪混じりの男の人に声をかけていた。


 気温は10度以下。

 いくら寝具に身を包んでも、肌に刺す空気は変わらないはず。


「こんな場所で寝ていたら風邪をひくよ。お家に帰ろう」


「ふがっ!?」


 おじさんの体を揺すった途端、もそもそと布団がベンチから滑り落ち、そのまま地面へと落下するおじさん。


「ぐおおおおー、身体中が痛い。これは悪魔タクアンの呪いかー!?」


 体をあちこち打ったのか、あまりの痛みだったのか、変な喩えで妄想の類いを叫びながら、床でバタバタと悶え苦しんでいた。


 そんな地面で暴れていたミミズ絵図から、数分後。

 おじさんは汚れた黒い作業着を手ではたきながら、すました状態で私の方に口を開く。

 作業着ということは、外作業の仕事をしていたのだろうか。


「何だよ、ガキが何の用だ。おしめでも替えに来たか? 生憎あいにく、俺はもう50過ぎだが、そんな歳でもない」


「うん、おじさんは見た目が若いもんね。それに近くで見るとイケメンだし」


「若いって、お前もじゃないか。学生か?」


「うん、現役の女子大生だよ」


 私は腰を上げて、おじさんに向かって、自慢げに大きく胸を張り上げた。


「でもな、肝心の胸がえぐれてるとなると……」


「なっ、これでもそれなりにあるんだよ」


「なるー。寄せて上げた鳩胸というやつか」


「何かその例え、超ムカツク」


 このおじさんは口が悪いし、たちも悪い。

 酒に酔っていないことを見るからに、シラフみたいだ。

 昔から胸が人一倍小さいのは気にしていたけど、その言い方は酷い。


『ぐうぅ……きゅるるん』


 私が素直におじさんからの発言に傷付いていると、おじさんのお腹から、可愛らしい音が響く。


「おじさん、お腹減ってるの?」


「ああ、今月もピンチでな」


「じゃあ、そこで待ってて」


 私は偽善ではなく、純粋におじさんの空腹を満たしてあげるために、まだ閉店していない駅の売店へと急ぎ足で向かった。


****


「はい。おじさん。これあげる」


 私はおじさんに売店で購入した、緑のたぬきのカップ麺を渡す。


「おお、これは噂のたぬきそばか、ありがたいな。これで今年も大晦日を無事に越せるぜ。タダで貰っていいのか?」


「いいよ。あとカップ麺を作るためのお湯はあるよね?」


「ああ。携帯用のガスコンロをリュックに入れて持ってる」


「へえー。異世界の魔法使いみたいに炎の呪文で沸かさないんだね」


「何だ、そのラノベみたいな設定は?」


「えー、私は小説より、安くて美味しいノリ弁が好きなんだけどなー」


「ははは、ノリのいい元気娘だな」


 冬の木枯らしが吹き荒れるホームから離れて、風のこない隅のベンチへと移動し、二人して暖かいコーヒーを飲み、おじさんと下らない話をしながら、色々と世間話を交える。


「所でさ、何でこんな場所で寝てたの?」


 おじさんと一緒にシャケおにぎりを食べながら、ずっと気になっていたことを尋ねる。


「見て分からないのか?」


「その髭を剃ったら、さらにイケメンになっちゃうとか?」


「おい、大人をからかうな」


「何、おじさん照れてるの。可愛いー」


 おじさんは余計なお世話だと言いながら、満更でもない顔をする。


「半年前から解雇されて、ホームレスなんだよ」


「あの白い幼虫のカイコ? 確かに最近見かけなくなったけど?」


「その発想は違う。虫じゃなくて、会社をクビになったという意味だぞ」


「ええー、おじさん、今、無職なのー!?」


「わっ、声がでけえよ」


「あっ、ごめんなさい……」


 私は声のトーンを落とし、控えめな口ぶりで、気になることを洗いざらい質問してみることにした。


「じゃあ、洗濯とか、お風呂とか、近くの川でとか?」


「おい、いつの時代の話だよ。コインランドリーや銭湯があるだろ」


「じゃあ、生活するお金はどうしてるの?」


「会社の退職金は万が一のために手をつけず、地味に缶拾いとかかな。たくさん集めれば、一日の一食ぶんくらいにはなる」


「それで作業着を着ている理由は?」


「知らないのか。最近の作業着は動きやすいだけでなく、保温性にも優れて温かいんだよ」


 このおじさんは、私がのうのうと暮らす中、苦労を重ねてきたんだね。

 そう思うと、涙がこぼれてきた。


「おいおい、こんな所で泣くなって」


「だって、おじさんがかわいそうになってきちゃって……」


「いいから泣き止めって」


 おじさんが私の頭を撫でる。

 ゴツゴツとして固く、大きな手。

 優しくしてきたその手にあの証が付いてなく、胸につっかえていたことを聞いてみる。


「おじさん、ひょっとして未婚なの?」


「いや、結婚はしていた。今は離婚してバツイチだけどな」


「それで指輪をはめてないんだ」


「ああ。離職してお金がなくなってな。子供の将来とかを考えると、離ればなれになるしかなかった」


 おじさんは一瞬だけ切ない顔をしていたが、すぐに私に笑いかける。


「さあ、帰りなよ。もう22時過ぎだ。子供が遊んでいい時間じゃない」


「うん、おじさん」


「あのな、おじさんじゃなくて、辰巳たつみという、きちんとした名前があるんだけどな」


「うん、分かった。辰巳さん」


「ちなみに私の名前は奏だよ」


「ああ、奏ちゃんだね」


 辰巳さんの自己紹介を、自分の紹介で丁寧に返す。


「明日も会いに来ていい?」


「別に構わないさ、明日は昼からならここにいるし。それから緑のたぬきありがとな」


「うん、じゃあね」


 私が手を大きく振りながら、バイバイとさよならをすると、辰巳さんも笑って返してくれた。

 相手がどうであれ、これが二十歳を迎えた私の初めての恋だった。


****


「ルンルン♪」


「随分とご機嫌ね、奏ちゃん」


「あっ、お母さん。おはよう」


「こんな朝早くからお洒落して、もしかしてデートかしら?」


「お母さんの想像にお任せしまーす」


 まさか職無しの男とお出かけなんて、親に言えるはずがない。

 私はお母さんからの言葉を上手にかわしながら、晴天の冬空へと飛び出した。


「まずは買い物かな。あの人、緑のたぬきが好きそうだったし」


 まだ昼まで時間はある。

 私は新聞のチラシで見た緑のたぬきの安売りを目当てに、最寄りのスーパーへと徒歩で進んだ。


****


「つい買いすぎちゃったなあ」


 一個半額という驚きの価格で売られていた、緑のたぬきが入った袋を抱えて、辰巳さんのいる野外テントへと行く。

 でも、テントの中には人がいる気配がしない。


「不意の事故だったらしいわね」


「まあ、最悪、ひき逃げよりはマシよ」


 近くの二人組の主婦がこちらに向かい、何かをコソコソと話している。

 私は勇気を持って、その主婦の会話に加わった。


「あの、ここの人に何かあったのですか?」


「あなたは?」


「ここのおじさんの知り合いです」


「えっ、援交とかじゃないよね?」


「義妹みたいなものです」


 よし、援助交際という不安材料は向こうには与えてない。

 それから、半分は嘘を言ってない。


「実は朝方に車の事故にあってね、都内の総合病院に運ばれたのって……あっ、どこ行くの……!?」


「えっ、それはおおごとですね!?

あっ、ありがとうございました」


 私はスマホでタクシーを呼んで、急いで車に飛び乗った。

 彼の無事を祈りながら……。


****


「だから大袈裟おおげさだって」


「だって、あなたに何かあったのか不安で」


 総合病院の二階にある一人部屋で、親密な話をする男女。

 二人ともいい大人で、何もかも理解できてるかのような会話だった。


「いい加減、俺から離れてくれよ。俺らは離婚しただろ」


「でもあの子にとっては大切な父親なんですよ。それなのに、身を隠すように駅の下で住んで」


「まあ、住めば都だけどな」


 そこへドアのノックと共に、女性看護士が入ってくる。


門画かどが辰巳さん、面会室にて、お客さんがお待ちです。すぐにおいでください」


「はいはい。何だろうな」


 辰巳は心配そうな元妻を励まし、ベッドから起き上がり、別の相手の面会をしに行った。


****


「あっ、君は!」


 右足に包帯を巻き、松葉杖をついた辰巳さんが面会室で会う際に驚きの声を出す。


「車の事故にあったと聞いて、飛んできました」


「まさに飛ぶ鳥の勢いというか。若いっていいねえ」


「はぐらかさないで下さい。私は本当に心配して」


「大丈夫、骨にも異常はないし、ただの軽い打撲さ。心配してくれてありがとう」


「無事で良かった……」


 ヘナヘナと脱力しながら、()()()()とした床に座り込む。

 そんな私に辰巳さんは自分に言い聞かせるかのように、何度も謝っていた。


****


「あの子が新しい恋人か。身なりからして大学生かしら。まあ、しっかりしていそうだし、悪くはないわね」


 辰巳のいる面会室のドアのガラスから、相手の素性を覗きこむ。


「ママ、パパは平気なの?」


「ええ、パパにも彼女さんがいるからね」


「彼女はママじゃないの?」


「はいはい。その話はいいからもう帰ろうか。今日の夕ご飯はカレーでも作るわよ」


「わーい、ヤッター♪」


 バンザイと両手をあげる小学生の息子。

 まだ幼い子供ゆえによくは理解していないようだが、ワンパクには違いない。


(辰巳、彼女さんを幸せにしなさいよ……)


 しばらくして、廊下の親子は何ごともなかったように、静かにその病院を立ち去った……。


****


 12月31日、大晦日。

 辰巳さんと初めて食べたものは緑のたぬきでした。


 思えばこのカップ麺との出会いがなければ、私は他の人と交際していたかも知れません。


 まさに年越しそばを食べる曰く、細く長く生きるように。


 相手が辰巳さんで、本当に良かった……。


 Fin……。

この物語の続きはありませんが、個人的にもお気に入りの作品でもあります。

もしよろしければ、作品の評価などを下さると幸いです。

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