妹との婚約を破棄した王子と婚約するハメになった件
「……は?」
レシナンテ公爵家の長女――セシリアは、父親であるレシナンテ公爵から言い渡された言葉に、思わず間の抜けた声を漏らしてしまう。
その反応を半ば予想していたのか、レシナンテ公爵は先程セシリアに告げた言葉を、言い含めるようにして繰り返した。
「お前とロドリー様との婚約が決定したと言っておるのだ」
次の瞬間、公爵令嬢にあるまじき「はぁ~~~~っ!?」が館中に響き渡った。
「正気ですの、お父様!? ロドリー様はつい先日、妹との……エミリアとの婚約を一方的に破棄したお相手ですのよ!?」
その反論すらも半ば予想していたのか、レシナンテ公爵は諦めを吐き出すようにため息をついてからセシリアに応じた。
「私とて思うところがないわけではない。だが、相手はこのカルナブン王国の第三王子なのだぞ? おまけに今回の婚約は、ロドリー様の意向のみならず、このままではレシナンテ公爵家としても世間体が悪いだろうと慮った国王陛下の意向も含まれている」
最後の言葉を聞いて、今度はセシリアが諦め混じりのため息をつく。
「要するに、わたくしに拒否権はないということですのね?」
「有り体に言えば、そうなるな」
「……お父様。不敬を承知で、今ここで国王陛下に文句を言ってもよろしいかしら?」
レシナンテ公爵は了承も不承もしなかった。が、無言の肯定だと勝手に解釈したセシリアは、公爵令嬢にあるまじき大音声で国王への文句を吐き出した。
「妹を婚約破棄した相手と婚約させられる方が、よっっっっっぽど世間体が悪いですわよ~~~~~~~~~~~っ!!」
その夜、セシリアは妹のエミリアの部屋を訪れていた。
「あなたがロドリー様に婚約破棄された当初は、あまり触れない方がいいと思って聞かなかったけど、こうなってしまったからにはもう聞かせてもらいますわよ。どうしてあなたが、ロドリー様に一方的に婚約を破棄されたのかを」
凄まじい剣幕で詰め寄る姉を前に、エミリアは「むむむ……」と眉根を寄せ、散々考え込んだ末にのほほんと答える。
「さっぱりわからないです~」
「つまりは、あなたが粗相をやらかしたわけでもなければ、ロドリー様に弄ばれた末に捨てられたわけでもありませんのね?」
「ありませんです~」
ニコニコと笑って答える妹に、セシリアは胡乱な目を向ける。
エミリアは良く言えばおおらか、悪く言えば脳天気な性格の持ち主。
婚約破棄が決まった直後も、気落ちするどころか逆にいつも以上にニコニコと笑っている始末だった。
初めの内はそのニコニコ笑いも、ロドリーに婚約を破棄されたショックを隠すための仮面だと思っていたセシリアだったが……こうして話をしていると、エミリアはただ本当に何も気にせずにニコニコ笑っていただけなのかもしれないと勘ぐりたくなってくる。
「……まあいいですわ。姉としては、婚約破棄の件であなたが傷ついたわけではないことがわかっただけでも良しとしましょう」
「ふふふ、お姉様って本当に優しい人ですよね~」
途端、セシリアの頬が朱に染まる。
「う、うっさいわね! そ、それより! この際だから聞かせてもらうけど、ロドリー様ってどういう御方なの? わたくしロドリー様のこと、外見以外は何も知らないのだけど」
その外見に関して言えば、王子と呼ぶにはあまりにも目つきが鋭すぎるせいで、実はちょっとだけ恐いと思っていることはさておき。
エミリアは「そうですね~……」と、顎に人差し指を当てて考え込んでから答えた。
「お姉様と同じくらい、優しい御方……ですね~」
「それは、他に褒めるところがなかったからとりあえず言っているとかではなく?」
「お姉様って、たまに物凄く不敬ですよね~」
「失礼ね。さすがに『物凄く』は付かないですわよ」
「不敬であることは否定しないなんて……さすがです、お姉様~」
「ほ、褒めても何もでませんわよっ」
などという、ツッコみ不在のやり取りはさておき。
「優しいって、どう優しいんですの?」
エミリアは再び「そうですね~……」と考え込んでから答える。
「婚約を破棄される少し前くらいに、わたし、ロドリー様のこと異性として全く魅力を感じないって言ったら、笑って許してくれたんですよ~」
「それは随分とお優しいですわね……って、あなた特大の粗相やらかしてるじゃない!?」
思わずノリツッコみを入れるセシリアに対し、エミリアは「そうなんですか~?」と小首を傾げる。
これにはセシリアも、頭を抱えるばかりだった。
「たぶんっていうか間違いなく、それが婚約破棄の理由だって言い切れるくらいの粗相ですわよ」
「そうなんですか~」
先程と同じ返事を、疑問符なしでのほほんと返す。
段々頭が痛くなってきたセシリアは、ますます重そうに頭を抱えた。
「……よし。今のは聞かなかったことにしますわ。ですからエミリア、この話、他の人間には勿論、お父様にも絶対にしないようにしなさい。いいですわね?」
「は~い」
と、やはりのほほんと返す妹に、不安を覚えずにはいられないセシリアだった。
一週間後。
セシリアはとうとう、ロドリーと顔合わせをする日を迎える。
ロドリーは王族であるにもかかわらずこちらから窺うと言って聞かなかったため、顔合わせはレシナンテ公爵邸で行われることとなった。
実のところ王族とまともに接する機会がなかったセシリアは、内心ビクビクしながらもロドリーを出迎え、その目つきの鋭さにますますビクビクしながらも、レシナンテ公爵ともにロドリーを賓客用の応接間へ案内する。
そこでレシナンテ公爵は、ロドリーと社交辞令じみたやり取りを交わすと、後は主役の二人に任せることにして従者たちとともに部屋を辞し、セシリアはロドリーと二人きりになった。
そこからだった。
王子らしく泰然と振る舞っていたロドリーに異変が起きたのは。
(……なんか、ロドリー様がモジモジしてわたくしと目を合わせてくれないんですけど)
父たちが部屋を辞して以降、ロドリーは鋭かった視線を情けなく彷徨わせるだけで、一向にこちらに言葉をかけようとはしなかった。
(なんというか、反応が生娘じみているというか……いえ、殿方の場合は生息子になりますの? それとも、ロドリー様のお立場を考慮して生王子?)
などと極めてどうでもいいことを考えていると、ロドリーが突然立ち上がり、折り目正しく頭を下げてくる。
「本当にすまなかった! セシリア嬢!」
突然すぎる謝罪だけでも驚きだというのに、それをやっているのがこの国の第三王子だという事実に口から心臓が飛び出そうなほどに吃驚したセシリアは、すぐさま立ち上がって懇願した。
「あああああ頭を上げてくださいませ、ロドリー様! ていうかなんでわたくしに謝罪!? 謝るなら婚約を破棄した妹に対してではありませんの!?」
「勿論彼女にも何度も謝った! だが、私が本当に謝らなければならないのは君なんだ! セシリア嬢!」
「そ、それはどういう意味ですの!?」
「先の婚約はエミリア嬢にではなくて、セシリア嬢……君に申し込むはずだったものなんだ!」
「……はい?」
何をわけのわからないことを――そう言わんばかりの「はい?」だった。
「こう言っては何だが、セシリア嬢とエミリア嬢は名前が少々似ているだろう」
「え、ええ……わたくし自身、お父様とお母様は何を考えてわたくしたちの名前を似たような語感にしたのか疑問に思ったことがあるくらいですもの」
まあ、お父様とお母様に訊ねたら、特に何も考えてなかったことがわかりましたけど――と呆れ混じりに愚痴るセシリアに苦笑してから、ロドリーは話を続ける。
「セシリア嬢。レシナンテ公爵邸にエミリア嬢との婚約の話を伝えに来た、老執事のことは憶えているか?」
「それは勿論。アポなしで王族の使者が来たものだから、慌てて家族総出でお出迎えするハメになりましたもの」
当のセシリアは気づいていないが、物言いが段々歯に衣着せないものになっていることはさておき。
「その老執事が……間違えてしまったのだ。君とエミリア嬢の名前を。しかもなまじ仕事が速いせいで、私と父が気づいた時にはもう取り返しのつかないところまで話が進んでしまっていたのだ」
だから、今回は私から直接君の父君に婚約の話を伝えた――と付け加えるロドリーをよそに、セシリアは目が点になってしまう。
「第三王子の婚約相手を間違えてしまった挙句、そのまま話を進めてしまうなんて……この国がもっと殺伐していたら、文字どおりの意味で首になってるレベルのやらかしですわね」
「気持ちはわかるが、どうか責めないでやってくれ。老執事は今回の件に責任を感じて、すでにもう自ら職を辞しているからな。それに、長年我々を仕えてくれた忠義者を無下にはしたくない」
特大のやらかしを犯した執事に対してこれだから、確かに妹の言うとおり、ロドリーは優しい御方なのかもしれないとセシリアは思う。
ついでに、老執事が職を辞したのは、そうやって責任をとった体を装うことで厳罰から逃れただけなのではないかとも思ったが、老執事の人となりも知らずに言うことでもないので黙っておくことにする。
「しかし……それなら、世間体を悪くしてまでわざわざ妹との婚約を破棄なんてせずに、間違いであったことを認めてわたくしとの婚約をやり直せばよかったのではありませんの?」
と言い切ったところで、さらなる疑問が湧いたセシリアは、ロドリーが返事に困っていることにも気づかずに質問を重ねる。
「ていうか、ロドリー様はどうしてわたくしに婚約を申し込む気になったんですか? こう言っては何ですけど、わたくし、王族相手でも鼻で笑うことがあるような女ですわよ?」
妹と話していた時、不敬は不敬でも「物凄く」はつかないと言っていたことが、どの口がとツッコみたくなることはさておき。
歯に衣着せないどころの騒ぎではないセシリアの発言に、ロドリーは心底嬉しそうな笑みを返した。
「そういうところが、だ。セシリア嬢」
「そういうところがって……ロドリー様、その発言はさすがに物好きがすぎるのでは?」
いよいよ噴き出してしまったロドリーは、「君は本当に変わらないな」と言ってから語り出す。
「まだ君も私も子供だった頃の話だ。あの頃の私は、体を動かすのは大好きだったが、勉強はどうにも好きではなくてな。ある時私は、専属の教師の目を盗んで城を抜け出したのだ。そして、そこで偶然出会ったのが君だったというわけだ」
ロドリーは懐かしむように愛おしむように、当時のことを語り、
「あの時の君は、服装と立ち振る舞いだけで私を王子だと看破していながら、物言いには遠慮というものが全くなかった。それが私にとってはひどく新鮮で……忘れられないくらいに惹かれるものを感じた」
最後にこう締めくくる。
「言ってしまえば初恋の人なんだ、君は。……婚約を申し込む理由としては少々幼稚が過ぎたか?」
「……いいえ、そんなことありませんわ」
全てを受け入れる聖母のような笑みを浮かべながら、セシリアは言う。
心の内では、
(どうしましょう……まっっっっったく憶えていませんわ)
冷汗ダラダラになっているのを全力で押し隠しながら。
(子供の頃? そんなことありましたっけ? 本当に全く微塵もちっとも思い出せないんですけど?)
とは思いながらも、こういう時だけは歯に厚手の衣を着せるセシリアは、涙ぐみながらもロドリーに言う。
「まさかあの時のことを憶えていてくださったなんて……わたくし、感動を禁じ得ませんわ」
そして、しゃあしゃあと、こう締めくくった。
「すでに決定されていることですが、あえて、わたくしの口から言わせてください……あなた様との婚約、謹んでお受けさせていただきます」
感極まったロドリーが抱き締めてくる。
セシリアは愛おしげに抱き返しながら、
(正直、ロドリー様には異性として惹かれるものがあんまりありませんし、縁談すっ飛ばして婚約結んでくる王族特有の傲慢なやり方は気に入りませんけど……玉の輿は美味しいですし、こんな形から始まる愛もありますわよね!)
今からでも婚約を考え直した方がいいとロドリーに進言したくなるほどに、ろくでもない独白を心の内でかますセシリアであった。
一方その頃。
妹のエミリアは、父――レシナンテ公爵とお茶をしていた。
「国王様から聞いたぞ、エミリア。ロドリー様とお前の婚約が手違いだったとわかるや否や、すぐに自分との婚約を破棄するよう手回しをしたそうだな」
エミリアは紅茶を一口飲み、用意された焼き菓子を三つほど食べ、もう一度紅茶に口をつけてから、ようやくのほほんと答えた。
「はい~。わたし、ロドリー様のことは異性として全く魅力を感じてないですし、王族ともあろう御方が手違いでしたと公表するよりも、婚約を破棄した方が、世間体という意味ではまだマシだと思ったので~」
そう言って、サクサクと焼き菓子を食べる。
父親としても公爵家当主としても肝が冷える思いだったレシナンテ公爵は、恐れ混じりに言う。
「よくもまあ、王族を相手に裏で糸を引くような真似を……」
「裏で糸を引くなんてとんでもないです~。わたしはただ、お茶友に『こうした方が良いと思います~』ってお願いしただけですから~」
「お茶友? それは、お茶会の友達という意味か?」
冷えた肝を温めたかったレシナンテ公爵が、紅茶を飲みながら訊ねると、エミリアも紅茶を一口飲んでから「はい~」と答える。
「で、そのお茶友とは何者なのだ?」
「王妃様です~」
まさかのお茶友に、レシナンテ公爵の口から「ブ――――――ッ!!」と紅茶が噴き出してしまう。
温めたばかりの肝も、頭に「度」がつく形で抜き取られた気分だった。
「最近ではわたしのことを娘にしたいって言ってくださるんですけど、今のところ王子様の中に、異性として魅力を感じる人がいないから困ってるんですよね~」
相変わらずのほほんと言う娘に、レシナンテ公爵は頬を引きつらせるばかりだった。
姉のセシリアは第三王子と婚約し、妹のエミリアは王妃様からの覚えがめでたい。
これだけを聞けば、誰もがレシナンテ公爵家は安泰だと思うところかもしれないが。
当のレシナンテ公爵からしたら、本当に裏で糸を引くような真似をしていた娘に、戦慄を覚えずにはいられなかった。
しかし、この時レシナンテ公爵は夢にも思っていなかった。
数日後に顔を合わせたセシリアから、ロドリーとの馴れ初めを全く憶えていないにもかかわらず知ったかぶったという話を聞かされ、さらなる戦慄を覚えるハメになることを……。




