権力の指輪
チャメルロ国には遥か昔から伝わる黄金でできた指輪があり、通称「権力の指輪」と呼ばれている。この指輪を持っていることが権力の証であり、権力者たちはそれを人々に見せつけることで権力の象徴としてきた。
同時にこの指輪は「呪いの指輪」とも呼ばれている。この指輪とともに権力を得た者の中には非業の死を遂げた者が多く、指輪は権力ともに悲劇を呼び寄せるとも噂されている。
大臣のノキはこの指輪を手に入れ、その後ライバルたちを蹴落として国の最高権力者へと登りつめた。ある日そんな彼への祝いの儀式が執り行われることが決まった。それは大臣や有力な官僚たちがこぞって参加する大規模な儀式であった。
その儀式の前日、ノキの右腕ともいうべき実力者で主に軍事を担当しているライサスが彼のもとへ訪れた。
「あくまで噂に過ぎませんが、明日の儀式でノキ様を殺害して指輪を奪い権力を簒奪しようという動きがあるとのことです」
「何だと!?一体どこの誰だ?」
「それが分からないのです。しかしそのような密議を聞いた者がいるとかいないとかで、曖昧なままで噂だけが広まっています」
ノキにすれば心当たりはいくらでもあった。自分に仲間や家族を殺されたか、あるいは蹴落とされた者、また自分の今の立場を狙う者がこの国には星の数ほどいるのである。「疑わしきは罰する」が信条の彼だが、噂の対象が誰であるか分からない限りはそういうわけにもいかない。自分の座を狙う可能性が少しでもある人間を全て処罰してしまえば、この国の政治は立ち行かなくなる。
「こうなれば儀式は中止とするか」
「それはいけません。すでに国中から人を集めております。今になって取りやめとしたらノキ様の名声にかかわります」
「ではどうすればよいのだ?」
「護衛の数を増やします。また敵はノキ様の命とともに権力の指輪を狙うはずです。それも死守しなければなりません」
「あの指輪は巨大倉庫の中に閉まってある。私以外はあそこを開けることはできないし奪えるはずがない」
「この国の歴史で何度あの指輪が奪われて権力が移っていったとお考えですか?すでに敵は倉庫の開け方まで知っていて、儀式中に警備が手薄になった倉庫を狙おうとするかもしれません」
「それはならん。あの指輪だけは命より大事なものだ。たとえ私が死んでも指輪だけは私の一族の人間以外には手も触れさせん」
「ではいっそのこと指輪を今のうちに取り替えてしまいましょう。倉庫には偽物を閉まっておき、本物は軍の機密資料の倉庫に閉まっておくのです。あの倉庫なら開け方を知るのは私一人です」
「よし指輪に関してはお前に任せる。あとは私の命だ。やっとここまで登りつめたのだ。どこの誰にもこの命も地位もくれてはやらんぞ」
儀式当日、装飾品に身を固めたノキは宮殿へと向かっていた。国の指導者たる者、外へ向けて弱みや緊張を見せるわけにはいかないが、それでも彼は内心怯えきっていた。今日自分を殺して指輪を盗もうとする者がいるかもしれない。もちろん噂に過ぎないかもしれないのだが、火のないところに煙は立たないともいう。
宮殿では大臣や官僚をはじめとした有力者たちがノキのもとへと挨拶へ来た。ノキはその対応に追われることになった。
「ノキ様、お久しぶりです。ミヒタでございます。」
「おう随分と久しぶりだな。元気にしておったか?」
ノキは笑顔で応じだが、内心は動悸を抑えるのでやっとだった。かつてノキはミヒタの出世を妨害し、その地位を事実上剥奪したことがある。昔のこととはいえ、根に持っていないはずがない。
この男なら私の命を狙っても全く不思議ではない、そう思い始めるとノキは正気を保つのがやっとであった。こう話している間にも背後から誰かが狙ってはいるのではないか、そんな気がしてならないのだ。
次にデームという男が挨拶に来た。この男は人柄が良く、ノキの無茶な命令にも嫌な顔一つせず従い、周りからも人格者として讃えられる男である。だが今の状況では、ノキはそんな男でさえ怪しく見えて仕方がない。
そもそもこの男はなぜいつも嫌な顔もせず自分に従うのであろうか。そんな素直な人間がこの世にいるだろうか、もしや恐ろしい本性を隠してはいないか、むしろこのような男こそ最も自分に恨みを抱いているかもしれない。疑惑の念は留まることを知らずに、ノキの頭の中を反芻し続けた。
それからもあらゆる人間が挨拶に来たが、もはやノキにはその全てが疑わしく見えて仕方がない。笑顔でさえ、その裏に秘めているものを想像すると背筋が凍るようであった。
しかしそんな心配は杞憂に終わり、儀式は無事に終了した。ノキは逃げるように宮殿から離れ、ライサスのもとへと向かった。
「指輪は無事か?」
ノキは一刻も早くそれを確認しようとした。
「もちろんこの通り、無事にここにあります」
ライサスは手に持った指輪をかざしてこちらに見せてきた。
「良かった。よしそれを返してくれ、急いで元の場所に戻してしまおう」
「それはどうでしょうね」
と言った途端ライサスは不敵な笑みを浮かべ、突然銃を取り出してノキの方へと向けた。
「何の真似だ?」
「悪いがあなたには消えてもらう。これまであなたに黙って従っていたのも全て今日の日のためだったんだ。私は誰かに従うような男ではない。一番上にいなければ気が済まないんですよ」
ノキはあまりのことに震えが止まらなかったが、冷静さを装いつつ
「馬鹿なことはやめろ。ここには私の部下がいるんだ。そんなことをしても無駄だ」
と告げた。
「自惚れましたね。彼らはあなたの部下ではない」
ライサスがそう言うと、部屋に兵士が5人ほど入ってきて銃口をノキに向けた。
「あなたを狙う者がいるという噂についても私の作り話です。そう言えば臆病なあなたは指輪を移動させるという私の案をのむに違いない。それによりこの通り、私は指輪を手中に収めることができるというわけだ」
「ライサス、頼むからやめてくれ。死にたくない。分かった。私の地位も指輪もお前にやる。だから命だけは助けてくれ」
「これまでそう言った宿敵たちをあなたは殺してきたんだ。私はそのやり方を十分学びましたよ。反逆の種は摘んでおくというあなたの主義を私も受け継いでいるんです」
何発かの銃声とともにあっけなくノキは息絶えた。絶大な権力を得た男のあまりにも哀れな最期であった。
ライサスは翌日に声明を発表し、この国の権力は自分が握ることを全国民に向けて宣言した。
その日の夜のことであった。ライサスは手に入れたばかりの指輪を空にかざしながら眺めていた。こんなに綺麗なものがこの世にあるだろうか、彼は今この世の春を謳歌していたのである。
「ライサス様、よろしいでしょうか?」
と言って1人の兵士が部屋に入ってきた。
「どうした?」
その瞬間、兵士は銃を取り出しライサスへと向けた。
「何の真似だ?」
ライサスは事態がのみこめなかった。
「私の両親はかつてノキとあなたの2人の謀略により殺された。そのかたきを討つために僕は兵士になったんです」
「馬鹿なことを。今すぐにでも他の兵士を呼んでやる。そうすればお前は終わりだぞ。冷静になるんだ」
「今他の兵士たちは休みに行っています。だからこの場には私しかいない。私はずっとこの時を待っていたんだ」
「待て。俺はノキに従っていただけだ。俺を憎むのは見当違いというものだろう」
「ノキもあなたも同じ穴のむじなだ。権力に取り憑かれてそのためなら人殺しも躊躇しない。しかし私は権力には全く興味がない。ただ両親のかたきをここで討つんだ」
そう語る彼の目からは涙が溢れていた。
「待ってくれ、頼む。見逃してくれ。全てノキにやらされていただけなんだ」
しかしそんな命乞いも虚しく、ライサスの身体は銃弾に貫かれた。彼はその場で息絶えた。
血に染まった地面に彼の手元から離れた指輪が横たわっていた。それは妖しくも悲しい光を放ち、夜の闇と同化していた。




