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全盲の魔女  作者: 誠ノ士郎
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第三話 現実を受け止めて

 魔獣との戦闘のあと、ウィルは十日ほど昏々と眠り続けた。

 ようやく体を動かせるようになったのは、それからさらに二日が過ぎた頃だった。


「やはり……前のようには動きませんか?」


 主治医の問いに、ウィルは右腕をさすりながら小さく頷いた。


「ええ。かなりの重傷でしたからね。切断も考えましたが――。ウィル軍曹の将来を思い、どうにかつなぎ合わせたのです。奇跡と呼んでもいいでしょう」


 右腕は昔のようには動かない。

 感覚はあるが、どこか自分の腕ではないような、浮ついた感覚が残っていた。

 あれほどの怪我を負ってなお、こうして腕がある。それだけで十分だった。医師を責める理由など、どこにもない。


「……とりあえずは退院、ということでいいのか?」


「ええ。一応は。ただ、もう少し休んでもいいのですよ」


「ありがたいが、元気な俺が病床を占領しているのは気が引ける。それに――帝都の空気を吸いたくなった」


 軽く笑い、ウィルは軍服の上着を羽織って病院をあとにした。


 ――エルデンハイム帝国。

 五百年の歴史を持つ大国であり、人口は約二千万。アトラス大陸でも二番目の勢力を誇る。

 近年は軍閥色を強め、現帝王ロフトフ・シュピーゲルのもと、実権は軍人たちが握っていた。

 古くから帝王の寵愛を受けてきた貴族たちにとって、この状況は屈辱以外の何ものでもない。彼らから見れば、軍人など下賤の身。

 いかに勲章を持とうと、彼らの誇りを脅かす存在でしかなかった。

 帝都の中央にそびえる帝城――アイゼンリッター。

 天を貫くかのようにそびえ立ち、見下ろせるほど高かった。

 ロフトフ帝王とその一門が住まう、帝国の心臓部でもある。

 ウィルは城下のパン屋で買ったパンをかじりながら、その巨大な城を見上げた。


「……どこまで、高くそびえるんだろうな」


 翌日、ウィルは帝城へ呼ばれていた。

 魔獣討伐の功績を称えるための――いわば論功行賞である。

 帝城アイゼンリッター。その最奥、玉座の間。


「此度の任務、よくぞ成し遂げた。――ゴットハルト中将」


「はっ、ありがたきお言葉にございます!」


 ゴットハルト・ヘインズ中将。

 先の魔獣討伐戦の最大の功労者であり、帝国でも数少ない大魔法の使い手だ。

 整った容姿と冷静な統率力で、男女を問わず憧れを抱く者が多いという。

 帝国の論功行賞は、武功を上げた者、あるいは任務において特筆すべき働きをした者のみが呼ばれる。

 今回の討伐は、帝王自らの勅命によって行われ、ゴットハルト中将が三千の兵を率いて出陣した。

 だが、生還した者はわずか百名――ウィルもその中のひとりである。

 そして、今回は中将の推薦によって、この場に列せられていた。


「ウィル・アークライン軍曹、前へ!」


 宰相の声が玉座の間に響く。

 ウィルは列を抜け出し、膝を折って帝王の御前にひざまずいた。


「今回の顛末、ゴットハルト中将より詳しく聞き及んでおる。初陣にして、よくぞあれほどの戦果を上げた」


「はっ!」


「若き兵の奮励、まこと頼もしい限りである。――宰相、続けよ」


「はっ。ウィル・アークライン軍曹、今回の働きにより――異例ながら、二階級昇進とする!」


 その言葉に、広間がざわめいた。

 ウィル自身、思わず顔を上げそうになった。

 二階級昇進――それは通常、命を賭しても滅多に下らぬ恩賞だ。

 一体、何が起きている……?


「おめでとっさん」


 薄暗いライトのバーで一人グラスを傾けていたところへ、同期のバーナード・リンデル軍曹が腰を下ろした。


「まさか同期の中で、一番早く昇進したのがお前だとはな」


「珍しいな。お前がこんな薄暗い場所に来るなんて」


「さっきまで同じ部隊の連中と飲んでてさ。店を出たら、ちょうどバーに入っていくお前が見えたんだ」


 バーナードは第八分隊所属。任地は帝都内の警備だったはずだ。

 訓練兵の頃から苦楽を共にしてきた、数少ない“友”と呼べる存在でもある。


「それより……第三分隊の話、聞いたよ。残念だったな」


「ああ。全くだ」


 コップの中で氷が小さく音を立てた。


「そういえば、お前の新しい所属は?」


「少尉に昇進したからな。小隊を一つ預かることになった」


「大出世じゃないか! まさか小隊まで。――もうメンバーは決めたのか?」


「いや、これからだ。書類を取り寄せて、慎重に選ぶつもりだ。俺自身、もう先陣を切って戦えるわけじゃない。考えなきゃな」


 ウィルは右腕にそっと視線を落とした。

 バーナードも、その事情を知っている。――右手半壊。奇跡的に繋がってはいるが、もう剣は握れない。

 それでも、彼はあの地獄の中で二分もの時間を稼いだ。

 ウィルの才覚と胆力は、バーナード自身が誰よりも認めていた。

 幼い頃の話も、少しだけ聞いたことがある。

 もし、この世界に神がいるのなら――なぜ彼に、これほどの試練を与えるのだろうか。

 バーナードは無言のまま、コップの蒸留酒を一気に飲み干した。

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