第7章 残響の帰還(Return of the Echo)
――宇宙は、まだ脈動していた。
黎明圏で描かれた「風の地図」は、
いま、星々を横断する光の帯となって広がっている。
その光はどこへ向かうでもなく、
世界を優しく“包む”ように漂っていた。
「……帰ろう。」
ソラが小さく呟いた。
その声は力ではなく、静かな温度を持っていた。
アムは隣で微笑み、頷く。
「地球へ?」
「うん。
風が生まれた場所へ。」
〈ミナト号〉はゆっくりと方向を変えた。
宇宙に響いていた心臓の鼓動は、次第に柔らかくなり、
やがて、彼ら自身の鼓動と同じ速度に落ち着いていく。
まるで宇宙が、呼吸をソラたちに合わせ始めたかのようだった。
「ねぇ、ソラ。」
アムが優しく尋ねる。
「この旅で、何が一番 “怖かった”?」
ソラは少し考え、そして答えた。
「……“何も聞こえないこと”だ。」
「静寂が、怖かった?」
「ううん。」
ソラはゆっくり首を振る。
「“自分だけがここにいる”って、
思ってしまうのが怖かった。」
アムはそっとソラの手を取る。
その手は温かく、確かな重みがあった。
「じゃあ、覚えていて。
静寂は、ひとりじゃない音だよ。」
「……ひとりじゃない音?」
「うん。
“あなたがそこにいる”っていう証。
それが、静寂の正体。」
ソラは目を閉じた。
胸の奥で、心臓がゆっくりと、確かに打つ。
その鼓動は――孤独ではなかった。
宇宙の景色が変わる。
青白い光の膜が遠ざかり、星々が再び個々の輝きを取り戻す。
やがて視界の中心に、小さな青い球体が見えた。
「……地球だ。」
その声は、祈りのようだった。
近づくにつれ、雲の流れが見え、海が光を返す。
かつて荒野だった大地には、再生した都市の光があった。
風が吹き、音があり、笑いがあった。
世界は、まだ生きていた。
「帰ってきたね。」
アムが微笑む。
「いや――」
ソラはゆっくりと息を吸う。
「帰ってきたのは、祈りのほうだ。」
地表へ降下する。
共鳴都市の中央の塔。
かつてセレンとユナが立ち、
リアンとリサが未来を託した場所。
人々が空を見上げている。
光の帯が帰ってきたのを見ている。
誰かが泣き、誰かが笑い、
誰かがただ、両手を胸に当てていた。
アムがソラの手をそっと握った。
「行こう。
“風の記録”を、地上に戻す。」
ソラは頷き、〈Echo Band〉を掲げた。
青い光が塔の上空へ昇る。
街に、世界に、宇宙に――共鳴が戻る。
誰かが囁いた
> 「風が……帰ってきた……」
誰かが涙を落とした
> 「聞こえる……心の音が……」
そして、世界が微かに震えた
> 「生きている……生きている……」
その祈りは、消えなかった。
風は止まっても、音は消えても、
心臓の鼓動は、ずっとそこにあった。
ソラは静かに言う。
「――俺は、記録した。
この世界が、生きた証を。」
アムが微笑む。
「じゃあ、これで終わり?」
ソラは首を横に振り、空を見上げた。
「いいや。
物語は、これから始まる。」
風が吹いた。
音が生まれた。
祈りが、また誰かの胸に宿った。
――完




