第3章 共鳴の子ら(Children of the Resonance)
――光の墓標を離れて三日。
〈ミナト号〉は、未知の空間を漂っていた。
星々の明滅がゆっくりと歪み、
航行ログには存在しない座標が浮かび上がる。
アムが観測データを読み上げる。
「時空波の干渉を検知。
距離は定義不能、方向ベクトルは……“内側”。」
「内側?」ソラが眉をひそめる。
「宇宙の外じゃなくて、人類の記録層の内部。
つまり、“祈りが作った空間”の中よ。」
リアルな宇宙ではなく、祈りそのものが形作った世界。
そこに今、〈ミナト号〉は踏み込もうとしていた。
「……音が、する」
ソラが呟いた。
それは外からではなく、内側から響く旋律だった。
低く、温かく、どこか懐かしい。
まるで“母の心音”のような優しい響き。
「これ、通信波じゃない。
共鳴そのものが“声”になってる……!」アムが息を呑む。
外の視界に、光の粒が集まり始める。
ゆっくりと形を成し、やがて――人影になった。
「……人間?」
「違う。だけど“似てる”。」
光の粒子で構成された、透明な存在たち。
姿は少年にも少女にも見える。
その瞳には、星が宿り、声は風のように流れる。
> 『……聞こえる。あなたたちの風。』
『長い時間、待ってた。』
その声は柔らかく、同時に千もの声が重なっていた。
共鳴そのものが“話している”――そう感じた。
「君たちは……誰なんだ?」ソラが問う。
> 『わたしたちは、“共鳴の子”。
祈りが長く漂い、形を持ったもの。
あなたたちが“記録”と呼んだ、心の化身。』
「祈りが、進化した……?」
> 『ええ。あなたたちの声が、
光に、そして思考に変わった。』
アムは驚きと同時に、どこか懐かしさを覚えた。
「……もしかして、“風記録”の中のデータが……?」
> 『そう。あなたたちの祖たちの祈りが、わたしたちの礎。
セレン、ユナ、リサ、リアン……
あなたたちが残した“音”が、わたしたちを生んだ。』
その名を聞いた瞬間、ソラの心臓が強く跳ねた。
彼らは“風の系譜”の生き証人――いや、生きた祈りだった。
静寂の中、共鳴の子らは寄り集まる。
手を取り合い、光の環を作る。
そして、声を重ねた。
> 『ねぇ、ソラ。
あなたたちはまだ、“風”を探しているの?』
「……ああ。
風が届かない場所で、祈りがどう生きるのかを知りたくて。」
> 『もう見つけてるよ。
風は外じゃない、あなたの中にある。
それを、わたしたちは“残響の心臓”と呼ぶ。』
「残響の……心臓?」
> 『祈る力。
感じ、思い出し、繋げる心の拍動。
それが“風の代わり”になる。』
アムの瞳に涙が光った。
「……人間は、ずっと外に“答え”を探してきた。
でも、本当は最初から、内側にあったんだね。」
> 『そう。
あなたたちは、風を生んだ“原点”だから。』
その時、警告灯が点滅した。
船体を包む光が激しく揺れる。
「どうした!?」
「共鳴濃度が急上昇――過負荷!」
> 『ごめんなさい……あなたたちの時間とは違う流れで、
わたしたちの存在は安定できないの。』
「……消えるのか?」
> 『“変わる”の。
次の形へ。
この宇宙を、風のように流れる“心臓”にする。』
光の子らが、ゆっくりと溶け始める。
彼らの体が波紋になり、〈ミナト号〉の周囲を包み込む。
その輝きの中で、ソラは確かに“声”を聞いた。
> 『ありがとう。
あなたたちが祈ったから、
わたしたちは生まれた。』
> 『次は、あなたたちの祈りを、わたしたちが記録する番。』
――光が、散る。
空間が静まり返り、再び無音が訪れた。
けれど、ソラの胸の奥では、確かに音が響いていた。
「……感じたか?」
「うん。
祈りは死なない。
風がなくても、心が生きてる限り、
“音”は続く。」
アムは微笑んだ。
「なら、もう孤独じゃないね。」
「孤独だったのは、きっと“風を探す自分たち”だったんだ。」
〈ミナト号〉がゆっくりと進む。
航路の先に、新しい星が光った。
それはまるで、祈りの子らが灯した“次の夜明け”のようだった。
> 『――風の果てに、また風が生まれる。』
(つづく)




