第2章 光の墓標(Grave of Resonance)
――宇宙に、墓はない。
けれど、祈りが消えた場所には、
必ず“光”が残る。
それを人類は“光の墓標”と呼んだ。
エコー計画によって放たれた数多の祈り波が、
宇宙を漂い、星々に反射し、
やがて残響として凝固したもの。
風の代わりに光が祈る、無音の墓地。
そこに、〈ミナト号〉は辿り着いた。
「……ここが、光の墓標領域か」ソラが呟く。
「観測値、ゼロ近似。重力も、風も、音もない。
まるで世界の“終端”みたいね」アムが答える。
船外カメラに映るのは、漂う光の欠片たち。
ひとつひとつが、誰かの祈りの形。
円環、波紋、涙。
数百年前の“声”が、静かに眠っていた。
「……感じる?」アムが訊く。
「音はない。でも……胸が重い。
まるで、“誰かが待ってる”みたいだ」
「それが“残響”よ。
まだ届かなかった祈りたち。
私たちは、それを記録しに来たの。」
ソラは、ゆっくりと操縦桿を握る。
船の腹部が開き、球体の装置が姿を現した。
〈Echo Core-R2〉――地上の〈Echo Glass〉を宇宙用に再設計した記録装置。
「起動――“無音記録モード”。」
低い電子音が船内に響き、空気が振動する。
音がないはずの空間に、確かに“波”が生まれた。
「……見て」アムが息を呑む。
外の光が反応して動き出した。
まるで、呼吸を取り戻したかのように。
そして――
ひとつの光が、船の前方に寄ってきた。
人の形をしていた。
「……生命反応?」
「いいえ、物理的な質量はゼロ。
でも、確かに“意識波”がある」
「誰の……?」
> 『――風の音を……覚えているか?』
無音のはずの空間に、声が響いた。
直接、脳に届くような柔らかい音。
ソラの胸が、一瞬熱を持つ。
「……人間の声だ」
「記録データじゃない……これは“残響体”。」
アムが通信パネルを操作する。
「信号解析開始――感情波の形式:旧型ペイル素子。
これは……セレン時代の残響構造よ!」
「つまり、この声は……百年以上前の祈り?」
「そう。でも、ただの記録じゃない。
“成長してる”……進化してるの。」
> 『……音を、返して。
私たちは、まだ……歌える。』
ソラが息を呑む。
「祈りが、喋ってる……?」
「祈りそのものが、意思を持ったの。
人間の“記録”が、宇宙で生命になった……!」
〈Echo Core-R2〉が再び共鳴する。
無音の宇宙に、微かな振動が広がる。
まるで見えない風が吹いたようだった。
> 『……ありがとう。
あなたたちの風が、届いた。』
光が穏やかに分散し、船体を包み込む。
その中に、ソラは確かに“声”を聞いた。
――笑い声。
――歌声。
――そして、誰かの祈り。
「これが……“風の果て”か」
「ううん、違う」アムが微笑む。
「風の“続き”よ。
届かなかった祈りが、こうして形を変えて残ってた。」
ソラはそっと〈Echo Band〉を掲げた。
青い光が広がり、外の光群と共鳴する。
やがて空に、淡い文字が浮かんだ。
> 【記録更新:祈りは生きている】
「……これを地上に戻さなきゃな」
「うん。地球にも伝えよう。
“風は宇宙に届いた”って。」
アムが穏やかに笑った。
「きっとリアンも、あの空の向こうで聞いてる。」
「風の中で?」
「風の先で。」
〈ミナト号〉は再び航路を取る。
光の墓標を背に、静かに進む。
無音の宇宙に、一筋の残響が流れていく。
それは確かに、人類の最後の歌だった。
> 『――ここにも、風は生きている。』
(つづく)




