第10章 灰と光の地図(The Map of Ash and Light)
――風が吹くたび、世界は少しずつ変わっていた。
ミナトたちは北東へ進んでいた。
道はない。
かつての高速道路の跡を辿るように、
鉄の骨組みが地中から突き出している。
その隙間を縫うように、
銀色の草が芽吹いていた。
金属の茎、光を宿した葉。
触れると、かすかな熱を帯びている。
まるで太陽の代わりに“記憶”で育っているかのようだった。
リラが背中の端末を開き、
地形データを照合する。
「……信じられない。
この辺り、十年前は全部“汚染地帯”だったのに……
放射値がほとんどゼロ。」
カイルが顎を掻いた。
「世界が“自己修復”してるのか?」
アイシャが頷く。
「ハルモニア・ゲートの影響でしょう。
ノヴァの光が、地層そのものを変えたのです。」
「……ノヴァの光、か。」
ミナトは空を見上げた。
雲の切れ間から、白く淡い光が差し込んでいる。
それはかつての太陽ではない――
だが、確かに“生”を感じさせる光だった。
リラがふと立ち止まった。
「ねぇ、見て……!」
眼下に広がっていたのは、
かつての都市跡を再構築したような集落。
鉄骨と木材が混ざった奇妙な街並み――
それが、風に揺れていた。
「……人がいる。」
煙。
生活の匂い。
人々の話し声。
それはもう、旧世界の残骸ではなかった。
そこには“再生”の音があった。
ミナトたちはその集落へと向かった。
入口には、錆びた看板が立っていた。
> 《オルド・フロンティア》
アイシャが小さく呟く。
「……オルド。古代語で“再び始まる場所”という意味です。」
街の中には、人と機械が共に働いていた。
機械の腕を持つ農夫、
光る瞳をした子ども、
そして人工皮膚で覆われた老人。
誰もが、違う形をしていた。
だが、その違いを気にする者はいない。
広場の中心には、
白い塔が立っていた。
塔の頂には、ノヴァが残した「ハルモニア・コード」の模様が刻まれている。
それは地上で唯一、“光輪”の欠片を再現したものだった。
リラが小さく息を呑む。
「これ……ノヴァの信号だよ。」
ミナトが塔に手を当てた。
温かい。まるで、脈を打っているようだった。
「……生きてる。」
その時、塔の内部から微かな音がした。
風の音に混じって、優しい声が響く。
> 『ミナト……世界、きれいだね。』
ノヴァ。
> 『みんなの声、聞こえるよ。
笑ってる。怒ってる。泣いてる。
全部、ちゃんと生きてる音。』
リラが涙を拭いながら笑った。
「もう……また急に話しかけてくるし。」
> 『だって、風が吹いたから。
それだけで、みんなと繋がれるの。』
アイシャは目を閉じて祈った。
「神が再び現れるのではなく……
“人の中に宿る”というのは、こういうことなのですね。」
カイルが低く笑う。
「神ってのは、案外近くにいるもんだな。」
ミナトは静かに頷き、
塔の前に小さな地図を広げた。
リラが驚いたように覗き込む。
「これ、何の地図?」
「……この世界の“灰”と“光”を描く地図だ。」
ミナトは指で、まだ暗い地域に印をつけた。
「汚染が残ってる地帯を全部回って、
この世界がどう変わるのかを見たい。」
アイシャが微笑んだ。
「それは、信仰の巡礼ですね。」
「俺に信仰なんてないさ。」ミナトは小さく笑った。
「けど――“痛みの跡”をちゃんと見届けたいんだ。」
風が塔を包み、ノヴァの声がまた響いた。
> 『ねぇ……その地図、完成したら見せてね。
きっと、それがこの世界の“証明”になるから。』
夕暮れ。
空は金と灰が混ざり合うような色をしていた。
街の灯が一つ、また一つと灯る。
風が吹き、塔の光が優しく揺れた。
ノヴァの声が、風の奥で微笑む。
> 『大丈夫。
この世界は、もう滅びない。
だって、みんなが“痛み”を覚えてるから。』
ミナトはその言葉を胸に刻み、
再び地図を畳んだ。
灰と光の地図――
それはまだ、描き始めたばかり。
だが、確かに“希望”の輪郭をしていた。




