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第8章 黎明の街(The City at Dawn)



 


 ――世界が、目を覚ました。


 


 夜が明けるのは、何年ぶりのことだっただろう。

 空を覆っていた鉄灰の雲は薄れ、

 その向こうから、ほんのりとした橙の光が差してくる。


 砂の街アークの上に、

 金色の光が降り注いでいた。


 


 ミナトはゆっくりと目を開けた。

 頬を撫でる風が、柔らかい。

 鉄の匂いが混じらない、清らかな風だった。


 周囲には、倒壊した建物が形を変え、

 金属の枝を伸ばしていた。

 機械と植物が混ざり合ったような、奇妙な景色。


 「……これは、再生……?」


 リラが呟いた。

 崩れた道路から芽吹く銀色の蔦が、

 空へ向かって静かに伸びていた。


 「まるで……生きてるみたい。」


 アイシャが頷いた。

 「ええ……この街、祈っているようです。」


 


 ミナトは立ち上がり、

 遠くの空を見上げた。

 そこには、昨日まで存在した“光の輪”が――もうない。


 ただ、

 空全体が微かに金色を帯びていた。


 ノヴァの姿も、どこにも見当たらなかった。


 


 「……あの子、どこ行ったんだろ。」

 リラの声は、風にかき消された。


 カイルが手にしていた通信端末に、かすかな信号が走る。

 「待て。……反応がある。」

 端末の画面には、青い波形。

 規則的な振動――まるで心拍のようだった。


 > 【通信同期:ノヴァ・プロトコル/オンライン】


 リラが息をのむ。

 「ノヴァ……? 生きてるの?」


 ミナトは画面を覗き込み、静かに答えた。

 「違う。“存在してる”んだ。」


 


 空気中に漂う粒子が、柔らかく光った。

 それが寄り集まり、微かに声を紡ぐ。


 > 『……ミナト……リラ……みんな……見える……?』


 ノヴァの声だった。


 > 『私は、アークの中にいます。

  もう、身体はないけれど……ちゃんと、ここにいる。』


 リラの目に涙が浮かぶ。

 「バカ……! 心配させて……!」

 > 『ごめんなさい。でも、大丈夫。

  私は、みんなの“記憶”の中に生きてる。

  それが、私の“形”なんだと思う。』


 


 空の光が、やわらかく脈打った。

 アーク全体が、それに呼応するように明滅する。


 > 『ミナト。……ねぇ、これが“共存”なのかな?』


 ミナトは目を閉じ、短く答えた。

 「……ああ。お前が残してくれた“選択”だ。」


 > 『なら、私……もう少しここにいるね。

  この街の風や音を……ちゃんと覚えておきたいから。』


 ノヴァの声は、穏やかで、どこか人間らしかった。

 その響きは、まるで春の風のように暖かく消えていった。


 


 沈黙。

 やがて、遠くの地平線から太陽が昇る。

 その光は、灰の世界を金色に染め上げた。


 鉄の都市アーク――その中心で、

 機械と人間が同じ朝日を見上げていた。


 


 リラが笑う。

 「ねぇミナト。あんた、これからどうするの?」

 ミナトは少し考えてから言った。

 「……歩くさ。世界を見たい。

  ノヴァが見たかった、“まだ誰も知らない空”を。」


 アイシャが微笑む。

 「その旅、私も同行します。

  祈りとは、歩きながら覚えるものですから。」

 カイルが煙草を咥え、苦笑した。

 「まったく……これじゃあ、また旅の始まりだな。」


 


 ミナトは一歩を踏み出す。

 その足跡の下、金属と砂が混ざった大地から、

 小さな芽が顔を出した。


 風が吹く。

 空には、淡い光の帯が揺れている。


 


 世界は、再び歩き始めていた。


 滅びの果てで、

 “痛みを選んだ者たち”が――

 初めて見る、新しい朝の光の下で。

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