第2章 錆びた空気 ― リラ
朝が来た、らしい。
でも空の色は夜と変わらない。薄い灰の中に、太陽みたいな光がぼんやり漂ってるだけ。
あれを太陽って呼ぶのは、もう惰性だと思う。
リラは腰の工具箱を開け、手慣れた動作でスパナとケーブルを取り出した。昨夜拾った“それ”――筒状のユニットは、まるで呼吸するみたいに微かに光っている。火の明かりが反射して、まるで生き物の眼みたいだった。
「ねぇ、ミナト。これ、ほんとに日本製なの?」
焚火の灰をならしながら、リラは彼に尋ねた。
青年は無言でうなずく。灰の中に突き刺した鉄棒の先が、赤く光った。
「刻印、古いけど見覚えある?」
「……研究所の名が消えてた」
「ふうん。つまり、危ないやつね」
リラはにやりと笑い、工具の先で筒の端をこつこつ叩いた。反応音はなかったけど、空気の震えが変わった気がする。
「たぶん、起動すれば歩くタイプだな」
「やめろ」カイルが短く言う。
「なんで? 起動したら正体がわかるじゃん」
「正体がわかった瞬間に、死ぬかもしれん」
「物騒ねえ。あんたって、なんでも爆発するとか壊れるとか思ってるタイプでしょ?」
カイルは顔をしかめ、ミナトはそのやり取りを見ながら黙っていた。灰の上に手を伸ばし、残り少ない栄養バーの袋を折りたたんでポケットに押し込む。その仕草が、妙に整っていて、リラは目を細めた。
――この人、ほんとに何者なんだろ。
義手の中身も、日本語を読む口調も、まるで“昔の人”みたい。
彼の話し方はゆっくりで、無駄がない。
戦闘用アンドロイドでも、AIの残響でもない。
けど、どこか“作られた”ような、静かな違和感がある。
リラは自分の胸ポケットからケーブルを一本抜き出した。
「ちょっと貸してみなよ、その義手。調整してあげる」
ミナトが顔を上げる。
「必要ない」
「いや、見た感じ左肘の制御線、少しズレてる。放っとくと反応が遅れるわ」
「……放っとかない」
リラは軽く肩をすくめた。「はいはい、職人気質ね」
そのとき、筒の光が一瞬だけ強くなった。
ミナトとカイルが同時に動く。
リラは反射的に手を止めた。
光が波のように走り、筒の端から細い声が漏れた。
――ナンバー……認識……完了。
「い、今、喋った?」リラの声が跳ねる。
カイルが銃を構え、ミナトが一歩前に出た。
「下がれ」
「ちょ、ちょっと待って! まだ解析してない!」
「これは起動じゃない。……呼応だ」
ミナトの声は低く、確信に近かった。
彼の義手が、かすかに明滅している。筒の光と同じ周期。
「同調してる……?」
リラの胸の奥で、技師としての好奇心が爆発しそうになる。
彼女は思わず工具を握り直し、光を覗き込んだ。
「すご……。ねぇ、もしこれ、義手と同じ設計系統なら――」
「リラ!」
カイルの怒鳴り声が響く。
リラが振り返ると、崩れた高架の上に黒い影が立っていた。
ヒュウ、と風が鳴る。金属の脚音。
複数。少なくとも五体。
「“狩りの連中”だ……!」カイルの声が低く唸った。
「また? 昨日も来てたじゃん!」
「昨日のとは違う。装備が重い」
ミナトはすでに刀の柄に手をかけている。
リラの胸が、熱くも冷たくもない妙な鼓動を刻んだ。
人間でもない、機械でもない、曖昧な者たちが、朝焼けのない朝の中で向かってくる。
リラは息を吸った。
この瞬間だけは、怖がるより先に、修理する時間が欲しいと本気で思う。
「カイル、時間稼いで! このユニット、切り離せば爆縮防止回路止められる!」
「何言ってやがる、起動してるものに触る気か!」
「触らなきゃ、もっと派手に爆発するかもよ!」
ミナトの目が一瞬だけリラを見た。
言葉じゃなく、許可を渡すような一瞬。
リラは笑って、火のそばに膝をついた。
「ほんと、あんたたちって無口なクセに……ロマンチストね!」
風が吹き抜け、砂の粒が宙に舞った。
ミナトが抜刀した瞬間、空気が一度止まる。
刃の音は、雷の音より静かで、世界が一瞬だけ昔に戻った気がした。
――
そして、リラの耳には機械の心音が聞こえていた。
白い筒の光が、心臓みたいに脈打っている。
その鼓動と、自分の鼓動が、同じテンポで重なっていく。
彼女は笑った。
「ねぇ、“滅びの海”って名前、嫌いじゃないな――」
名前:リラ(Lila)
年齢:20歳
出身:旧アジア連邦の廃墟都市圏(生まれは不明)
職業:サルベージャー(旧文明の機械・資源を拾う技師)
髪:明るい金髪を肩で切りそろえ、いつも油と砂で少し汚れている。
目:琥珀色。感情がすぐ表に出るタイプ。
服装:作業服ベースのジャケットとハーネス。ポケットには工具だらけ。
小物:ゴーグル/ドライバーをペンダント代わりにしている。
雰囲気:荒廃した世界でもどこか明るく、笑って生き抜く「希望の象徴」。
■ 性格・特徴
一見軽口でお調子者だが、実は誰よりも他人想い。
何かを「直せる」ことに異常なほど執着している。
(=壊れた世界を自分の手で“元に戻せる”と信じている)
時々暴走する機械やAIにも名前をつけて話しかける癖がある。
怒ると一気に早口になる。
口癖:「はいはい、直せばいいんでしょ!」




