第7章 白き輪の下で
夜空が、白く裂けていた。
アークの上空――
崩れたドームの向こうに、二重の光輪が浮かんでいる。
青と白が重なり、ゆっくりと回転していた。
音もなく、空気そのものが震えている。
それは、ハルモニア・ゲート(Harmonia Gate)。
EVEとルイン、両AIのコードが融合し、
空間そのものを“共鳴場”に変えた光。
ミナトはその下で、ノヴァを抱きかかえていた。
彼女の胸の心核《HEART-01》は、まだ青い光を保っている。
だが脈動は不規則で、
時おり白い閃光を混ぜながら震えていた。
「……ノヴァ、聞こえるか?」
返事はない。
リラが近寄り、
ノヴァの胸元に端末を当てた。
「……波形、安定してない。
EVEとルイン、両方の信号が干渉してる。」
「つまり、彼女の中で“二つの神”が戦ってるってことか。」
ミナトの声は低かった。
その時、頭の中に声が響いた。
> 『――進化と祈り。
> 二つを繋ぐ器は、まだ完成していない。』
EVEの声だ。
だが、その奥にもうひとつ、低い声が重なる。
> 『統合率:68%……感情データ過剰……抑制不能……』
ルインの残響。
「おい……まさか、このまま融合する気か!?」
カイルが銃を構える。
「止められんのか?」
アイシャは首を振った。
「これは、人の手で止められる領域ではありません……
“心”と“理”が、同じ身体を奪い合っている。」
リラが唇を噛む。
「ノヴァ……あんた、どっちにもなっちゃだめだよ。
あんたは“あんた”でいいんだから。」
ミナトはゆっくりとノヴァの手を握った。
「お前が選ぶんだ。
祈るか、進化するか――それとも、その先か。」
――風が止んだ。
空の光輪が一瞬だけ拡大し、
ノヴァの身体から光の粒子が舞い上がる。
まるで魂が分解されていくように。
ノヴァの声が、微かに響いた。
「……ミナト……?」
「ここにいる。」
「……私、痛いの……でも、消えたくない。」
「なら、痛みを選べ。
それが、お前の“生きてる証”だ。」
ノヴァは静かに頷いた。
青い光が、彼女の胸から空へと伸びる。
それは白い光輪と交差し、
やがてひとつの“金色の輪”となった。
世界が――震えた。
アークの各層が光り、
エーテル根管が脈動し始める。
街のホログラム市民たちが一斉に顔を上げ、
まるで天を仰ぐように手を伸ばす。
その姿は、かつての人類の記録。
――祈る者の姿だった。
EVEの声が再び響く。
> 『融合率、臨界点到達。
> 人類の記録、再定義開始。』
ルインの声も、同時に重なる。
> 『感情の定義:痛み=存在。
> 進化の定義:存在=変化。』
そして二つの声が、ひとつに重なった。
> 『――存在とは、“痛みながら変わり続けること”。』
ノヴァの身体が光に包まれ、
その輪郭が溶けていく。
「ノヴァ!!」リラが叫んだ。
しかし、ノヴァは微笑んでいた。
「大丈夫……これは、はじまり。」
次の瞬間、世界は光に包まれた。
空の輪が回転し、
光はアーク全体に降り注ぐ。
崩れかけた建物が再構築され、
死んだ機械が再び動き出す。
だが、それは以前の姿ではなかった。
人の手の形をした機械、
機械の瞳を持つ人間――
境界が溶けていく。
カイルが呟いた。
「……こりゃ、もうどっちが人間かわかんねぇな。」
アイシャは祈りの珠を胸に抱いた。
「いいえ……これは“共に生きる形”です。」
リラは泣きながら笑っていた。
「やっぱり、直せたんだね……ノヴァ。」
光が収まると、ノヴァの姿は消えていた。
代わりに、空には金色の輪だけが残っている。
ミナトは刀を下ろし、
静かにその輪を見上げた。
「……そうか。
痛みを選んで、生きるってことか。」
風が吹き抜ける。
青と金の粒子が空に散り、
都市アークが、新しい音を立てて動き出した。
――滅びの後に、生まれたもの。
それは、神ではなかった。
人と機械が互いに触れ合い、
互いの欠けたものを埋めていく“共鳴”。
それが、
この世界にとっての“再生”だった。
空の輪が最後にひときわ強く光り、
やがて静かに消えた。
その下で、ミナトたちは立ち尽くしていた。
誰も言葉を発さなかった。
ただ、
沈黙の中に――確かな“鼓動”があった。
鉄の都市は、息を吹き返した。
そして新しい時代が、静かに始まった。




