4話「放たれた炎」
――フィーネ視点――
パチパチ……という音とアレクさんの声が聞こえる。
『起きろ! フィーネ!!
目を覚ますんだ!!』
穏やかなアレクさんがこんなに声を荒げるなんて……何かあったのかしら?
ぼんやりとした頭を押さえ、なんとか上半身を起こす。
部屋に漂う焦げ臭い匂いに、私は鼻を覆った。
「何、この匂い……?」
『フィーネ、目を覚ましたんだね!
良かった!』
アレクさんがホッとした表情を見せる。
しかし彼の顔はすぐに険しい顔に戻った。
『屋敷が燃えている!
今すぐここから逃げるんだ!』
「ええ……!?」
パチパチという音という音は、屋敷が燃えている音だったようだ。
黒ずんだ煙が、壁やドアの隙間から入ってくる。
鼻をハンカチで押さえ、屋根部屋の窓を開けた。
新鮮な空気が入ってきて、少しだけ息をすることができた。
しかし、窓は小さくそこからの脱出は不可能だ。
第一ここは、屋敷の四階。
外に出たところで、地上まで安全に降りられない。
『窓は駄目だ!
ドアから出よう!
ドアノブが熱くなっているはずだから、触る時はハンカチなどで手を守って!』
アレクさんに言われるままに扉に駆け寄り、ハンカチで手を覆いドアノブに手をかける。
ガチャガチャと音を立てるだけで、一向に開きそうにない。
「駄目!
外から鍵がかかっているみたい!」
『どうやら、フィーネの叔父は君を焼き殺すつもりらしい』
「そんな……!」
叔父様に邪魔にされているのは知っていたけど、まさか私を殺そうとしていたなんて……!
私が真っ先に思ったのは、アレクさんのことだ。
本が燃えてしまったら、アレクさんの封印は永遠に解けない!
私は本棚へと走り、本棚からアレクさんが封印されている本を取り出した。
『フィーネ、何をするつもりだ?』
「アレクさんが封印されている本を窓から投げるの!
運が良ければきっと誰かが拾ってくれるわ!」
本を持って窓に向かう。
窓は小さいがアレクさんの本だけなら外に出せる。
『フィーネ、僕のことはいい!
自分が生きのびることを考えるんだ!』
アレクさんがとても心配してくれているのがわかる。
それだけで十分だ。
「アレクさん、あなただけでも逃げて。
この本を魔法の知識がある人が拾ってくれることを願うわ」
それはほんの小さな可能性にすぎない。
アレクさんが二百年呼びかけ、声が聞こえたのは私だけ。
だけど、その部屋に本を置いておけば確実に燃えてしまう。
僅かな可能性でも、かけるしかないのだ!
でも、最後に一つだけ伝えておきたいことがある。
それは、私の気持ち。
「アレクさんあのね……。
私、アレクさんのことが……好きだよ」
死ぬ間際でないと言えなかった私の想い。
私を見つめるアレクさんは苦しそうだった。
そんな表情をさせてごめんなさい。
最後にアレクさんの笑顔が見たかったけど、それはきっと叶わないよね。
私の頬にいつの間にか涙が伝っていた。
きっと、煙のせいだわ。
そう、自分に言い聞かせないと大泣きしてしまいそうだった。
涙がぽたりと本に落ちた。
アレクさんの大切な本を汚してしまった。
そう思ったとき、本からまばゆい光が溢れ出した。
何が起きたの……?
そんなことより、本を外に出さないと……!
燃えちゃう……!
そう考えたんだけど……煙をいっぱい吸いすぎたみたい。
本を外に投げる力は残ってなくて……。
私は床に膝をつき、そのまま意識を失ってしまった。
ごめんなさいアレクさん。
あなただけは守るって誓ったのに……。
結局、何もできなかった……。
◇◇◇◇◇
私、死んだのかな……?
誰かに抱きしめられているような温もりと、そんなふわふわした感触がある。
天国にいるお父様とお母様が迎えに来てくれたのかしら……?
目を開けると、美しい顔があって……その人と私の唇が触れ合っていた。
「フィーネ、良かった!
気がついたんだね!!」
「アレクさん……?」
私にキスしてたのはアレクさんだった。
私は両手で唇を覆った。
アレクさんとキスしちゃった……!
嬉しいけど、どういう状況……?!
彼は幽霊みたいな存在で実態がなかったから、触れられないはずなのに……!
どうして触れられるの??
「アレクさん、それより火事は……?」
私がいるのは屋根部屋で、だけど部屋全体が真っ黒く煤けていた。
それから、雨が室内で降ったみたいに、天井や床が濡れている。
「僕が魔法で水を出して消したよ」
「そうだったんですね」
ホッと息をつく。
アレクさん、魔法が使えるようになったのね。
「それより、封印が解けたんだ!
きっと、フィーネの涙のおかげだ!」
アレクさんがふわりと笑う。
幽霊だったときも素敵だけど、実態があるとさらに男前だわ。
「そうなんですか?」
「フィーネの愛のお陰だね。
呪いを解く方法はきっと真実の愛だったんだ」
「真実の愛?」
「フィーネが自分の命より僕を優先してくれたから、呪いが解けたんだよ」
私は自分が死んでも、アレクさんだけは助けたかった。
アレクさんもきっと、本が燃えてもいいから私を助けたかったはず。
あれが愛だったのかな?
「フィーネが好きって言ってくれたこと、とっても嬉しかったよ」
アレクさんははにかむように笑う。
アレクさんに告白したことを思い出し、顔に熱が集まる。
最後だと思ったから告白したけど……まさか生き残ってしまうのは……!
いえ、助かってよかったんだけど……!
「じゃあ……さっき、キ、キ……スしてたのは……?」
アレクさんのことは大好きだけど、眠っている間にキスされるとは思わなかった……!
こ、心の準備が……!
「封印が解けたあと、すぐに水魔法を使って屋敷の火を消したんだ。
だけどフィーネは目を覚まさなくて……」
アレクさんが悲しげに眉を下げる。
また、彼にそんな表情をさせてしまった。
「君に回復魔法をかけたんだけど、それでも目を覚まさなくて……。
だから、口移しで僕の生命力をフィーネに送ったんだ」
そう言ったアレクさんの顔はほんのり色づいていた。
「そ、そうだったんですね。
ごめんなさい。
ご迷惑をかけてしまって……」
私はアレクさんが好きだからキ……スするのも嫌じゃないけど、アレクさんは嫌だったよね。
「迷惑なんかじゃないよ。
僕も……フィーネのことが好き、だから」
「…………っ!」
アレクさんの顔は耳まで赤くて、つられてこっちまで照れくさくなってしまう。
しばらく、目を合わせられないし、声もかけられなかった。
「フィーネ、好きだよ。
僕の封印を解いてくれてありがとう」
「私の方こそ、助けてくださりありがとうございます!
私も……アレクさんのことが大好きです!」
「フィーネ、回復の為じゃなく、今度はちゃんと口づけしたい」
アレクさんが真剣な表情でそんなことを言うから、心臓がドクンとしてしまった!
私は無言でコクリと頷いた。
アレクさんの顔が近づいてきて、二度目のキスをした。




