3話「悪巧み」ニナ視点
――ニナ視点――
アルトレンツ侯爵だった伯父様が亡くなり、両親と私が侯爵家に移り住んだのは八年前、私が七歳の時だった。
アルトレンツ侯爵家の屋敷と、といとこのフィーネを見た感想は「ずるい」だ。
父は男爵で地方に小さな領地しか持っておらず、屋敷も豪華とは言えない。
王都にタウンハウスも持ってない。
なのに、伯父は王都にタウンハウスを構え、家族と裕福な暮らしをしていたなんて……!
長男と次男でなんでこんなに差があるのよ!
いとこのフィーネは私よりも上等なドレスを着ていた。
彼女の髪は私と同じくるみ色で、目も同じ黒檀色。
背だって同じくらい。
だけど、違う……!
彼女からは上流貴族特有の品位を感じた。
私よりも優雅な仕草でカーテシーをしたフィーネに、私は憎しみを覚えていた。
フィーネは食事の仕方も洗練されていて、私が読めない難しい本もスラスラ読めて、クローゼットには素敵なドレスがぎっしり詰まっていて、使用人にも大切にされていて……彼女の何もかもが鼻についた。
だけど、フィーネがお姫様のような暮らしも今日で終わりよ。
伯父様が死んで、お父様が侯爵家を継いだのだから。
お父様が侯爵になった今、侯爵令嬢はこの私。
フィーネはただの居候。
広くて日当たりの良い部屋も、クローゼットにぎっしり詰まった豪華なドレスもアクセサリーも、居候のフィーネにはもったいないわ。
全部、私が貰ってあげる。
フィーネをスラム街に捨ててきてもよかったんだけど、可愛そうだから成人するまでは屋根部屋に住まわせてあげることにした。
フィーネが成人したら、こっそり外国に売ってしまおうとお父様とお母様が話していた。
それまでは、私が使用人としてこき使ってあげる。
フィーネを気に掛ける使用人も邪魔だから全員首にし、新しい使用人を雇った。
使用人は私を女王のように扱い、フィーネをゴミのように扱うので気分がよかった。
◇◇◇◇◇
――八年後――
私は美しさに磨きがかかり、フィーネは薄汚れた貧相な女へと成長した。
だけど、希望を失っていないのか、輝くような目をしていた。
それが気に入らなくて、私はフィーネに時々物を投げつけていた。
フィーネは屋根部屋で過ごすうちに、おかしなものに取り憑かれたらしい。
時々、屋根部屋からフィーネの独り言が聞こえるようになった。
可哀想に……。
誰にもまともに相手にされないから、ノミやダニと会話するようになったんだわ。
ある日の夕方、王女様のお誕生会の招待状が届いた。
ウキウキして宛名を確認すると、私ではなくフィーネの名前が書いてあった。
侯爵令嬢はフィーネではなく、私よ!
親なしの居候の分際で、王女様のお茶会に招待されるなんて生意気よ!
私は、招待状を破いて暖炉にくべた。
それだけでは怒りがおさまらないから、フィーネを殴る為に屋根部屋へと向かった。
屋根部屋の階段を登ろうとしたとき、屋根部屋から話し声が聞こえた。
「フィーネったら、またノミ相手に話してるのね。キモっ!」
気を取り直して、階段を上ろうとしたとき……とんでもない内容が飛び込んできた。
「ええ!
これなら叔父様達を追い出せるわ!!
叔父様達が、お父様が残した財産を無駄遣いするのを見ているのは、耐えられなかったの!」
フィーネの声は弾んでいた。
お父様は侯爵なのよ! 居候のフィーネが追い出せるわけがないじゃない。
ノミ相手にそんな会話をしてるなんて気色悪いわ。
「叔父と叔母様とニナを追い出して、私がこの家の後を継ぐわ!
私が女侯爵になったら、アレクさんの封印を解く方法を探る為に、沢山本を買うわ!
図書館にも行くし、学者も雇うつもりよ!」
アレクって誰?
ノミの名前? フィーネったらノミに名前まで付けてるの??
「待っててお父様、この家を伯父様達から守ってみせる!
だって私が本当の後継者なんですもの!」
フィーネがこの家の本当の後継者?!
そんなはずはない!
伯父様が亡くなった後、お父様が侯爵家を継いだはずよ。
家に来た貴族が、お父様を「侯爵閣下」と呼んでいるのを聞いたことがない。
ある貴族がお父様を「クノー男爵」と呼んでいるのを聞いて、「いつの話をしているの? お父様はアルトレンツ侯爵になったのよ!」と憤ったことがある。
でも……フィーネの言う通り彼女が後継者だったら?
お父様が後継者を継いでいなかったら……?
フィーネがお父様を失脚させる証拠を掴んでいたとしたら……?
血の気が一気に引いていくのを感じた。
大変だわ! お父様に知らせなくちゃ!!
私は踵を返し、執務室へと向かった。
◇◇◇◇◇
執務室に乱入し、お父様に今までのことを話した。
お父様は私の話を聞いて顔を真っ青にしていた。
「お父様が侯爵家を継いだのよね?
フィーネが後継者なんて嘘よね?」
お父様は疲れた表情でソファーに背を預けた。
「……フィーネが跡取りなのは本当だ。
わしはフィーネの後見人としてこの家に来た。
まさかフィーネがそのことに気づいていたとはな」
まさか……フィーネの言ったことが本当だったなんて……!
「しかしなぁ……。
誰も成長したフィーネの顔を知らん。
兄に仕えていた使用人は八年前に全員首にした」
そうよ! フィーネのことなんか誰も覚えていないわ!
「幸い、ニナとフィーネの髪と瞳の色は同じ。
年も同じ十五歳。
ニナをフィーネとして社交界デビューさせ、ニナに後を継がせても誰にもわかるまい。
わしは後見人としてそのまま屋敷に残る」
お父様はそう言って目を細め、口の端を上げた。
悪い顔だわ。
私もきっと同じような顔をしていたと思う。
「全て片付いたら、フィーネは山奥に閉じ込めてしまおう。
いや、生ぬるい!
我々を失脚させる証拠をこっそりと集めているような女だ!
生かしてはおけん!」
お父様は眉根を寄せ、手を強く握りしめた。
「こうなっては仕方ない。
証拠を屋敷ごと燃やしてしまおう。
フィーネには屋敷と一緒に死んで貰おう」
「お父様、屋敷を燃やすの?
住む家がなくなるわ!」
「心配するな、ニナ。
この屋敷には保険がかけてある。
まず、家財道具を離れに移す」
良かった! ドレスまで真っ黒焦げなんて嫌だもの。
「次に、フィーネを屋根部屋に閉じ込め、屋敷に火をかける。
念の為に食事に睡眠薬も混ぜて置こう。
準備が整ったら、わしらは屋敷を離れる。
遺体はメイドのものだということにしてしまえばいい。
丸焦げになってしまえば、誰の遺体かなんてわからんさ」
さすがお父様だわ!
すぐにそんな作戦を思いつくなんて!
◇◇◇◇◇
それから、お父様の行動は早かった。
お父様は使用人に命じて、貴重な家具やアクセサリーや宝石を離れに移した。
フィーネには睡眠薬入りのご飯を食べさせた。
そして、屋根部屋に鍵をかけ彼女を閉じ込めた。
最後に、屋根部屋の前に時間が来ると燃える仕掛けを設置し、使用人と共に外出した。
こうすれば、家に一人残ったフィーネが、火をつけたと装うことができる。
「さよなら、フィーネ。
これからは私がフィーネとして生きていくわ。
フィーネは二人いらないの。
苦しんで死んでね」
馬車の窓から屋敷を振り返り、私はそう呟いた。
口角は自然に上がっていた。
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