第8話 嘘から始まる英雄譚
嘘をつくのは、生き延びるため。
けれどその嘘が、英雄の仮面に化けたとき——
これは、ある転生者が“無能力”を隠すために演技をした結果、
誰よりも強いと誤解されていく皮肉な物語。
第八話は、「ハッタリ」が現実を捻じ曲げ、運命をも捻じ曲げ始める、その第一歩。
……例年ならかしこで魔法、あるいはチートスキルが発動されている時間だった。
今年は、ソーラ・レイといい、クレイヴ・デュセプといい、厄介な生徒が多い。
その上、この静けさ。
生徒たちの制服の胸元についた紋章は、バイタルデータや、魔法、チートスキルの使用情報を私の端末に送る。
瀕死になった時も、通知が来る仕様だ。
それなのに、一切の音沙汰がない。
……嫌な、予感がした。
その時、端末が反応する。クレイヴが、魔法を使った。
……。
チートスキルの発動は確認できない。
「全く、この期に及んで……」
思わずつぶやく。
「——っ!!」
私の言葉に呼応するように、大きな物音がした
音の発信地は——
クレイヴがいる場所だった。
私は、その場に向かうことにした。
森の静けさの正体が、その場所にある気がしたから。
***
女の影は近づいてくる。
ワイバーンたちを使役していたやつかもしれない。
僕は、腰に据えた剣に手をかける。
……。
その影の主は、イシュティア先生だった。
「さっきの音は?」
そういえばこれ、言ったほうがいいのかな?
今日、ソーラさんが竜哭の森にやってくることを知っているのは、基本的に学校関係者だろう。
そして、アイツは多分、学園の生徒ではない。
つまり、おそらく、本当に多分だけど、学内にアイツと繋がっている奴がいるんじゃないか?
それが、先生じゃない可能性はないだろう? もちろん、僕の同室の子達かもしれないんだけどさ。
「見ての通りですよ」
僕はそう言って、肩をすくめる。
僕の周りには、ざっと20頭のワイバーンの死骸。
「……お前、これを一人で?」
先生は絶句していた。
いいえ、僕ではありません。
でも、僕が彼の攻撃を逸らしたわけだから、僕がやったって言ってもいいのかな?
……。
「しかも、チートスキルを使わずとはな……」
え、なんで知ってるの、この人。
「いや、僕の周りには誰もいなかった。僕が使ったかもしれないでしょう?」
「……お前らの制服。それには少し、細工がしてある。お前らが魔法やスキルを使った際、あるいは——命の危機に陥った際、私の端末に通知が来る仕組みなんだ」
さいですか。それって、すこーし、具合が悪いな。
「だから、お前はこの死体の量を、魔法だけで作り出した、ということになる」
イシュティア先生は、こちらをまっすぐ見て質問してきた。
「これは、ディセプ家の口伝魔法によるものか?」
……なんだそれ?
……一旦情報を整理しよう。
先生に、僕がチートスキルを使っていないことはバレている。そして、おそらく魔法を使ったこともバレている。
だから、先生はこの数の死体を、僕が魔法によって築いたと考えている。
多分、、制服のタカの意匠が、僕の使った魔法の種類もわかる代物なら、僕がこの数のワイバーンを倒したと言った時点で、嘘だと見抜かれていただろう。
そして、先生の真面目な表情。更には、この学園は、転生者以外は厳正な入試試験を行われているのにも関わらず、上流貴族の子供が多いこと。
また、戦争の英雄には大物貴族と転生者が多いこと。
このことから類推するに……。
貴族の家庭には、口伝魔法なる代物がある場合が多い。
と結論づけられる。
……よく吟味したら穴はありそうだが、即興の演繹だ。それにしては、悪くないだろう。だから僕は、自分の頭脳が弾き出した結論に賭ける事にした。
「ええ、しかし、仔細は教えられません。先生が、我が家に嫁いでくださるのなら、話は別ですが」
「……質の悪い冗談だな。しかし、詳細は、いいよ。私は、何を使ったかさえわかればよかった」
「それにしても、お前、本当にチートスキルは使わないつもりなんだな」
そう言って、先生はこっちを見て少し微笑んだんだ。
「そこまでの心意気ならば、教育者としてお前の姿勢を認めざるを得ないかもしれない」
……?
なんかよくわからないけど、まあ、よかったのかな?
「ところで、どうしてここにそんな数のワイバーンが? 道中の他の魔物はどうし——」
その時、先生の端末が大きな音を立てて鳴った。
「……クレイヴ、話は後だ。お前のルームメイトのバイタルが急激に下がってる」
ほんの一瞬、先生の手が震えた。
「私の手を握れ、飛ぶぞ《﹅﹅﹅》」
握られた瞬間、思ったよりも細くて冷たい指だった。
けれどその握力には、確かな覚悟が宿っていた。
——ああ、この人は今、教師として“戦う”と決めたんだ。
そして、先生が端末のボタンを押した瞬間僕たちは、彼らの前にいたんだ。
焦げた匂い。血の味。誰かの絶叫が空に溶けていた。
「ああ、クレイヴくん、それに先生、来てくれたんですか?」
リュカが血まみれの顔でこちらを見て、安心し切った様子で地面に臥した。
「……おい、リュカ、死ぬな、立て。まだやれる。そうだろう?」
そう言っているミハラちゃんも、剣を杖代わりにしてギリギリ立っている様子だ。
イリーナさんは……ああ、後ろでくたばってるね。
うーん、まずいか。一旦。
「なになになになに? 前に来たお前ら、一人は先生かな? もう一人は? 転生者?
貴族のやつかしら?」
そう言って、マチェットを持った黒いフードの女は、僕らに聞いてきた。
フードの奥からのぞいた瞳は、僕たちを見ていなかった。
あれは、“自分の世界の中”にいる人間の目だった。
「私の可愛いワイバーンちゃんたちを倒したガキは、この中にいる?」
……多分、君のお仲間だけどね。
……いや、僕って事になってるのか。
「おい、貴様、何者だ。我々が何者だと思って、その刃を向けている?」
「……アストリア学園の、一年生の皆さん!! 合ってる? ねえ、合ってる?」
「……どうかな、けど、君のワイバーンをやったのは僕だよ。軽く、一捻り」
「へえ! そいつはよかった。じゃあ、死——」
爆ぜるような光が、暗闇を裂いた。
刹那、目が焼けるかと思うほどの閃光。その中心から、ソーラ・レイは現れた。
ああ、時間稼ぎをする必要もなかったね。
「あら、お話中だった? ごめんなさいね、クレイヴ」
「……ソーラさんか、別に構わないよ。むしろ、手間が減ってよかった……ところで、アイツ生きてる? 聞きたいことがあったんだけど」
「……ごめんなさいね、私、手加減苦手なの。こんなに、クラスメイトをいじめてくれたわけだし」
そう言って彼女は、悲しそうに笑った。
もしかしたら、強すぎるだけで、いい人なのかもしれないね。
……もしかしたら。
「ところで、ワイバーンは倒せた?」
「いいえ、ワイバーンどころか、他の魔物すら見当たらなくて」
「……そっか、そうだよね。じゃあ、競争は僕の勝ちだ」
ソーラさんは大きく目を見開いて、そして嬉しそうに笑った。
「聞いたか? クレイヴ・デュセプって一年、たった一人で20頭近くのワイバーンを倒したらしいぞ?」
「いやいや、流石に嘘だろ。いくら転生者といえど、それはあり得ない」
「いや、まじなんだって、そのせいで、アストリアの成績は、アイツだけ頭抜けてて、他は横ばいらしい」
……。
どうも、時の人。クレイヴ・デュセプです。
黒いフードの女ことは、緘口令が敷かれたせいで、僕がワイバーンをたくさん倒したという噂だけが一人歩きしてしまった。
ルームメイトのみんなは無事で、それは本当に良かったんだけどね。
でも、元は僕がつき始めた嘘といえど、ここまで大ごとになってしまうのは少しまずいか。
嘘から始まる英雄譚、僕はいつまでその演者でいられるんだろう?
黒フードの彼らの目的は一体なんなんだろう?
嘘が生き残るための手段であるうちは、まだいい。
だがそれが賞賛の対象になったとき——
クレイヴはまだ知らない。
「嘘から始まる英雄譚」が、どれほど自分を追い詰めていくかを。