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第6話 森はすでに始まっている

チートだらけの学園生活、ついに“実戦”の時が来ました。

クレイヴに課されたのは、まさかの単独任務。

討伐対象は、ワイバーン。

スキルがない? そんなの関係ない。なくっても、あるフリをするだけです。


今回は、食堂での腹の探り合いと、森の中の緊迫感をお楽しみください。

 周りからの視線が痛い。

 「聞いた? アイツ、鉄血令嬢からの尋問を躱したらしいぞ」

 「え、すごい! そういう能力なのかな」

 「というかあの女、初日から担当生徒の一年イビって何がしたいんだよ」

 噂が広がるのは早い。

 僕が無能力であることをバレたくない理由。が、この食堂の中に詰まっている。

 多分、自らの無能がバレた時、僕は自殺するね。……二度目の。

 1回目は前世。みんな、自分の死に様は覚えているのかな?

 そんなことを考えていると、ふと、女性に話しかけられた。

 「一緒にいいかしら。私、同じクラスのソーラ・レイ」

 ……存じ上げておりますとも。

 断ったら消し炭にされそうなので、笑って承諾。

 彼女は座るや否や、今朝の話を始めた。

 「……僕の昨日の振る舞い、それは、誰が見ているかわからないからですよ。先生。現に、あの場にいなかった先生も見ておられた。あんな場所で、馬鹿正直に戦っては、自らの手の内を晒すようなものです……それは、この世界において死を意味する。少なくとも、僕が前いた世界では、()()()()()()()()()()()()()でした……まあ、転生者ではない先生にはわかりませんか」


 彼女は僕の口調を真似てそう言って、笑った。その笑顔は——少し可愛い。少しね。本当に、少し。

 「あなた、上手ね。先生との立場の違いを持ち出して、論点をずらしているわ。それに対する先生の返しへのカウンターも最高」

 そう言って、今度はイシュティア先生の真似をする。

 「ほう、ならば見せかけの戦いが通じるほど、戦場は甘いとでも?」

 今度は、僕の真似。

 「甘いですよ、僕ら、転生者にとってはね」

 咳払いをして、彼女は微笑む。

 「本当に、昨日の試合といい、()()()()()()()()を見せてもらったわ」

 「けど、嘘つきね。私たち転生者が前世の記憶を持っているのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()それに、昨日のあなたの相手も、転生者だった。甘い戦いじゃなかったわ」

 「嘘をつくのが、僕の能力なのさ」

 本当にそうなら、どんなに楽か!!

 そう言って、笑って見せる。相手に怖がっていることを悟られてはいけない。

 あくまで、対等。そのスタンスを見せなければ。

 「それも、嘘ね。まあいいわ。期待してる。あなたなら、私のルールを打ち破ってくれる気がするから。……そういうやつを、昔一人知っていたのよ」

 そう言って、彼女は去っていった。

 上手く逸らしたけど、転生者、ほとんど前世の記憶がないのってマジなの?

 ええ、知らなかった。周りに転生者がいなかったから、僕のスタンダードがみんなのスタンダードだと思ってた。

 いや待て、そもそも彼女が嘘をついている可能性だったあるだろう? 嘘つきは何も、僕だけの固有スキルではない。

 でも、もしかして僕は記憶を持ち過ぎている? いやいや、そんなのはおかしい。だって、そうだとしたら、

 

 僕って一体、なんなの?



 休憩後の予定はグループワークだった。同室のメンバーで、ワイバーンの討伐。

 そう言えばこの世界、剣と魔法の世界なんですよ。みなさん、覚えてましたか?


 学園からワイバーンの出る森までは、転移魔法を使って移動する。

 森の名前はラギュリスの原生林と言う。別名、竜哭の森——昔、大きなドラゴンがいた、らしい。

 

 転移の光が収まった時、そこはもう、戦場だった。


 濃密な緑。だが、清らかさの気配はどこにもない。

 生い茂る枝葉は陽光を拒絶し、地表に落ちるのは、煤けたような陰影ばかり。

 耳に届くのは鳥の囀りではなく、木々の軋みと、遠くで響く「何かの叫び」──まるで、生き物の声が森そのものに染み込んでいるかのようだった。


 空気が重い。呼吸に混じって、焼けた金属のような匂いが鼻腔を刺す。

 枯葉の絨毯に、時おり混じる黒く焦げた痕。それが、“竜哭”と呼ばれる所以だ。


 「ここって……本当に魔物の巣かよ」


 誰かがそう呟いた。だが、その声もすぐに沈黙する。

 

 沈黙の中、担任のイシュティア先生が、何の気なしに告げる。

 「知っていると思うが、この学園では、成績順に就職先が決まる。上位は後方司令部や魔導開発部、あるいは官僚。下位は最前線——敵の前に立たされる。つまりお前らの“成績”が命を決めるってこった」

 ええ、知らなかった。僕は、絶対に前線はごめんだ。

 てことは……ただ生き残るのではなく、成績も優秀でなきゃいけないってこと?


 「前線は地獄だぞ? 気まぐれでやってきた転生者に殲滅させられるのもザラだ。現実、気まぐれで前線に配置されようとしている、転生者もいるようだがな?」

 そう言って、先生は僕の方を見た。その目は冷たかった。

 先生、誤解ですよ。やめてください、本当に。

 「ワイバーンの討伐は、同室のメンバーごとにグループで行う。ただし、特例もある。次に評価軸についてだ。今回、討伐のタイムで評価する。死力を尽くして、できる限り早くワイバーンを討伐するように」

 まるで文章を読むかのような口調で先生は告げた。

 特例? 少し引っかかる。というか、嫌な予感だ。

 そして、僕の方を向いて、

 「それと、クレイヴ・デュセプ。お前は転生者だが下級貴族の出だな。故に一人部屋でないはずだ。しかし、お前は一人でワイバーンを討伐するように。特別扱いは好きだろう? それに、上からお前の力を正確に測るように言われているのでな」

 ……()()()……。後ろで適当に援助して、同室のみんなに頑張ってもらう方針は取れなくなってしまったじゃないか!

 というか僕、いつの間に上から目をつけられちゃったの? ……ああ、面接か。

 

 「……わかりました」

 できるだけ穏やかに笑う。けれど、唇の端は少し引きつっていたかもしれない。

 「しかし先生、特定の生徒を贔屓にするのは、あまり褒められたことではありませんよ。軍属上がりですから、ご存じないかもしれませんが」

 


 大見栄を切ってしまった。いやあ、これ、僕の悪い癖だね。

 さて、どうするか。

 「クレイヴくん、良かったら私と競争しないかしら?」

 思案を巡らせようとしたところに、ソーラさんがイタズラっぽく笑いながら話しかけてきた。

 ……全く、この()もそうか。


 「競争……ですか?」

 「ワイバーンを、どちらが先に討伐できるか。タイムで勝負よ。勝った方が、負けた方に一つ命令できる、ってルールでどう?」


 命令。物騒な単語に、僕の背筋が自然と強張った。


 「……たとえばどんな?」

 「そうね。負けたら、昼休みに一緒にご飯を食べる、とか、あなたの能力を教えてもらえる、とか」

 彼女の瞳は本気だった。

 「もし仮に、受けなかったらどうなるんだい?」

 「……それは、悲しいわね。あそこまで先生を挑発してた人も、この程度なんだって、私がっかりしちゃうわ。そしたら——、私あなたに、何をしでかすかわからない。あなたは既存のルールに縛られていないわ。そんな転生者、私は初めてみた。だから、あなたは私の期待に応えてほしい。私、わがままなのよ。だって、強いから」

 

 ……。

 

 もしかしてこれは、試されている——僕の実力じゃなくて、「僕がどんなやつか」ってことを。

 逃げるわけにはいかない。ここで引けば、“自分自身の正体”からも逃げることになる気がしていた。

 それに、彼女の脅し文句、流石に怖すぎる。あんな風に言われたら、要求は受けざるを得ない。

 

 「……いいね。受けて立つよ。ソーラさん、じゃあ君が負けたら、さっき言ってた、"そういう奴”を詳しく教えてよね」

 「そう来なくっちゃ、クレイヴ。ちなみに、過去には討伐に三日以上かかった人や、結局倒せずにリタイアした人もいたようだけど、あなたは大丈夫よね?」



 この世界の魔物は、無能力の象徴とされている。高度な知性を持たず、本能で動き、ただその力を発散するだけ。

 ……この空気。息をするたびに、肺の奥が焼ける。

 けれど、こんな本能のままに暴れる連中の方が、転生者よりずっとましなのかもしれない。

 与えられた力で世界を蹂躙しながら、それを当然だと思っている連中——あれこそ、本当の魔物だ。

 誰もが“人間”の仮面を被っている怪物。ただ、魔物たちは、最初から“獣”であることを隠してなどいないのだ。

 じゃあ僕は? 怪物の仮面を被る、ただの人間……なんだか、泣けてくるね。



 生い茂る木々の隙間から射し込む光は、ほとんど地表に届かない。代わりに地面を覆っていたのは、乾きかけた黒い染み——焼け焦げたような痕。よく見ると、その周囲の樹皮も、何かにひっかかれたように深く裂けていた。


 ワイバーン——そう名付けられているけれど、どれほどの強さなのかはわからない。

 セーラさんはああ言ってたし、確かに学園には、生徒の追悼プレートが置いてあった気がする。——竜哭の森で眠る。みたいな。

 あんまり覚えてないけど、本当だったら冗談じゃない、不確定要素だ。

 けど、ただ一つ、確実に言えるのは。

 この森は、すでに奴の縄張りだということだ。


 そこかしこに爪痕がある。大木の幹が途中から折れ、鋭く裂けている。地表に落ちた腐葉土は、ところどころ溶けたように崩れ、焦げた骨の破片が混じっている場所すらある。


 ああ、なるほど——この空気の重さは、死の匂いだったんだ。


 呼吸をすれば、鼻腔の奥が痺れる。吐く息は白くもないのに、やけに冷たく感じる。


 ふと、風が吹いた。枝葉のざわめきが、まるで囁きのように耳元で揺れる。


 「……見ているのか?」


 誰にともなく呟く。返事はない。けれど、確かに“気配”があった。空間の、どこかがおかしい。音が、光が、肌を刺す空気が、わずかに歪んでいる。


 次の瞬間。


 遠くの枝に、深く食い込んだ爪の跡が見えた。


 それは明らかに「何かがこちらを睨んでいた」証拠であり——そして今は、もうどこかに移動した痕跡。


 足元の土が、微かに揺れた気がした。心臓が一拍、速くなる。


 「……来るか」


 右手が自然と、剣の柄に伸びた。


 誰もいない森。だけど、もう戦いは“始まっている”。


ご覧いただきありがとうございます。

第六話では、「成績が命を分ける」世界観を本格的に描き始めました。


クレイヴの“無能力”は変わらないままですが、演技と頭脳で戦場に立ちます。

単独討伐任務、しかも相手はワイバーン——普通なら死にます。

でも彼は、転生者ではなく、“転生世界を生き抜くための知恵”を持った人間です。


次回、第七話は「仮面の中で牙を剥け」。

クレイヴの初戦闘(?)です。

ぜひご期待ください。

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