7章 慈眉善目
その日、陽一はなんとなく懐かしくなって、子供たちが使っていたものをいくつか取り出していた。
押し入れの奥から見つけたのは、少し色あせたぬいぐるみ。丸っこい体に、ちょこんとした耳。見覚えのある姿だった。
「これ……」
こはるがそっと手に取る。毛並みは少し擦れていて、片方の耳は縫い直した跡がある。でも、その丸い目には不思議なあたたかさがあった。
「くまりんだよ。うちの長男が、まだ小さい頃に毎日一緒に寝てたぬいぐるみさ」
「くまりん……」
こはるはその名前を口にして、ぽつりと笑った。
「かわいいね。ふわふわしてて……ちょっと、疲れてるけど」
「そうだな。いつも一緒だった。寝るときも、食事のときも。けど、ある日を境に、ぱったり遊ばなくなってね。子供って、急に大人びたことをするようになる」
陽一は、ほんの少しだけ寂しげに目を細めた。
「でも……ここにいるんだね、まだ」
「え?」
「ちゃんと、おじさんのところで待ってたんだと思う。誰かにまた、ぎゅってしてもらえるのを」
こはるは、くまりんをそっと胸に抱きしめた。
その仕草が、まるでぬいぐるみを懐かしい友達に再会したかのように見えて、陽一は少し驚いた。
「君のところにも、こんな子はいたの?」
陽一が尋ねると、こはるはちょっとだけ首を傾げて、首を横に振った。
「わかんない。でも……こういうの、好きだった気がする」
「そうか……」
陽一はスマホを取り出す。
「じゃあ、せっかくだから写真でも撮ろう。今の君と、くまりんと」
「えっ、写真?」
こはるは少し照れたように笑いながら、それでもちゃんとポーズをとった。
カシャ。
写真には、くまりんを抱いたこはるの優しい笑顔が残った。
「ねえ、おじさん」
「ん?」
「おじさん……今すごく、やさしい目をしてるよ」
陽一はその言葉に、少し胸の奥があたたかくなるのを感じた。