6章 相互扶助
平日の夜、陽一は仕事から帰宅すると、いつものように玄関で「ただいま」と声をかけた。
「おかえりー!」
リビングから、こはるの元気な返事が飛んでくる。その声に、自然と顔がほころぶ。
靴を脱ぎながらふと見ると、玄関に小さなスリッパがきちんと揃えられていた。外には出られないこはるのために買った、家の中専用のかわいらしい花柄のスリッパだ。
「……偉いな、ちゃんと揃えてる」
そんな些細なことが、やけに胸に響く。
リビングに入ると、こはるは座布団の上で正座をしてテレビを見ていた。画面には、ちょっと古めのアニメの再放送が流れている。
「今日、仕事どうだった?」
「ん? まあ、普通かな。ちょっと忙しかったけど」
陽一はスーツの上着を脱ぎ、ソファに腰を下ろす。ネクタイをゆるめながら、ふと思った。
この家に帰ってきて、「おかえり」って言ってくれる誰かがいる。それだけで、毎日の疲れが少し和らぐ。
「こはるは、今日は何してた?」
「えっとね、ソファでお昼寝したり、洗濯物たたんだり……あと、おじさんの靴、綺麗に並べたよ!」
「ほんとに? ありがとう、助かるなあ」
「えへへー」
笑うこはるの声が、なんだか家の中をふわっと明るくしてくれるようだった。
夕飯を終えたあと、陽一はこはると並んでゲームをした。
すでに何度もプレイしたSwatchのソフト。今日はこはるが勝って、陽一が負けた。
「うわー、また負けた……!」
「おじさん、ほんとに弱いよね」
「うるさいなあ……」
肩をすくめて笑い合いながら、陽一は思う。
——こうして誰かと笑いながら過ごせる日々が、どれだけ貴重なものだったか。
こはるが来るまで、すっかり忘れていた。
夜、布団に入るこはるの頭をそっと撫でると、彼女は小さな声で言った。
「ねぇ、おじさん」
「ん?」
「おじさんち、すごくあったかいよ」
陽一は言葉に詰まったまま、やわらかく笑った。
「そうか……ありがとう」
誰かと暮らすということは、こういうことだったのかもしれない。
そう思いながら、陽一は明かりを消した。