5章 日常坐臥
陽一は最近、朝の目覚めが良かった。
誰かがいるという安心感は、思っていたよりずっと心に作用するらしい。
こはるは決して手のかからない子だった。自分の居場所を邪魔することも、わがままを言うこともない。ただ、隣にいて、笑ってくれる。それだけで、家の中がずいぶんと明るくなった気がしていた。
その日も、朝ご飯を食べ終えたこはるは台所を片付けている陽一の背中に声をかけた。
「おじさん、今日は何するの?」
「んー、掃除でもしようかな。最近こはると遊んでばっかりで、部屋の隅がちょっとホコリっぽくてさ」
「ふーん、じゃあ、あたしも手伝う!」
元気よくそう言ってくれるこはるに、陽一はちょっとだけ苦笑した。
「いやいや、いいよ。君はまだ子どもなんだから遊んでなさい」
「子どもじゃないもん。お手伝いくらいできるよ」
こはるはふくれっ面をして、箒を抱えてリビングに戻っていった。掃除というより遊びの延長のようなその姿に、陽一もつい吹き出してしまう。
「分かった分かった。じゃあ、二人で大掃除な」
「うんっ!」
家中を歩き回りながら、棚の奥から古いアルバムや工作の残骸、子どもたちの描いた絵が次々と出てきた。
思わず手が止まり、写真を眺めてしまう陽一に、こはるはそっと横からのぞき込んできた。
「この子たちが、おじさんの子ども?」
「ああ、そうだよ。懐かしいなあ……。このとき、みんなでキャンプに行ったんだ」
写真の中の笑顔が、今でもはっきりと目に浮かぶ。
「たのしそうだね」
「うん、すごく楽しかった」
その声は、どこか遠くを見つめているような響きだった。こはるも、何も言わず、ただ静かに隣にいてくれた。
午後になって、掃除を終えた二人はいつものようにゲームを始めた。
とはいえ、こはるが外に出られない以上、できる遊びは限られている。けれど、それでも、陽一にとっては今が十分に楽しかった。
「ねえ、おじさん」
「ん?」
「なんで、あたしをここに置いてくれるの?」
こはるが突然そんなことを言い出して、陽一はコントローラーを置いた。
「うーん……理由なんてないかな。ただ……君がここにいるのが自然に思えたんだよ。誰かが困ってるときは、助けたいって思うだろ?」
「そっか……」
こはるは少しうつむいた。でも、すぐに顔を上げて、にこっと笑った。
「じゃあ、あたしもここで、いっぱいお手伝いするね」
「ああ、期待してるよ」
ゲームは、こはるの圧勝だった。陽一は「手加減って言葉知ってる?」とぼやきながらも、心の中は温かかった。
こうして積み重ねていく毎日が、少しずつ、確かな幸せとして陽一の心に根を下ろしていくのだった。