4章 蓴羹鱸膾
陽一は物置の奥から、少しほこりをかぶった段ボール箱を一つ引っ張り出した。
ガムテープの端には、かすれかけたマジックで子供たちの名前が書かれている。
「これね、うちの子たちが小さい頃に遊んでたおもちゃなんだ」
「えっ、見ていいの?」
「もちろん。思い出が詰まってる箱だからなぁ、ちょっと懐かしくてな」
こはるはワクワクした様子で箱のふたを開けた。
中には、色あせたぬいぐるみやブロック、カードゲームにボードゲーム、そして壊れかけのミニカーやパズルがぎっしりと詰まっていた。
「わあ、いっぱいある……!」
「これは、息子が幼稚園のときに毎晩のように遊んでたやつ。これなんか、娘のお気に入りだったな。こっそり寝るときも持って行ってさ」
陽一はひとつひとつ手に取りながら、当時の思い出をぽつぽつと語った。
それを聞くこはるは、まるでそれを自分の記憶のように、楽しそうに笑ったり、驚いたりして見せた。
「これやってみたい! 一緒にやろ!」
そう言ってこはるが選んだのは、すごろくのボードゲームだった。
ダイスを振って、マスを進めながら、ふたりはあっという間に時間を忘れて遊んだ。
「おじさん、つよーい!」
「はは、運が良かっただけだよ。……って、あー! 罰ゲームマスに止まった!」
「うわー、変顔してー!」
「ええっ……そこはスルーしてもいいんじゃない?」
「ダメー!」
ふたりの笑い声が部屋に響く。
まるで、かつての家に戻ったかのような、あたたかい空気が部屋いっぱいに広がっていた。
「……ほんとに、似てるな」
「ん?」
「いや、うちの娘にさ。遊びながら、こんなふうに笑ってたんだ」
こはるはふと手を止めて、陽一の横顔をじっと見つめた。
そして、小さな声でつぶやく。
「……その子、いまは?」
「もう中学生だよ。離れて暮らしてる。……ちょっと事情があってね」
陽一はそれ以上語らず、こはるも何も聞かなかった。
ただ、小さく「そっか」とだけ言って、ダイスを手に取った。
日が傾き始めても、ふたりはおもちゃを囲んで笑い続けた。
その姿は、まるで長年一緒に暮らしてきた親子のようだった。
「……なんだろうな。まるで、本当の家族みたいだ」
陽一のその言葉に、こはるは少しだけ照れくさそうに笑って、ぽつりと言った。
「……本当にね。そうなれたら、すごくいいなって思うんだ」