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大願成就

陽一はまぶたを開いた。窓から差し込む春の光が、カーテン越しに部屋を柔らかく照らしている。静かな朝だった。だが、胸の奥に何かが残っていた。夢の中での対話、白く光る空間、姿なき声。現実とは思えないのに、言葉の余韻だけが確かに残っている。


隣を見ると、こはるも目を覚ましていた。彼女はしばらく天井を見つめていたが、ぽつりと呟いた。


「……おじさん」


「おはよう、こはる」


「ねえ、おじさん。夢、見たよ。なんだか……変な夢」


「俺もだ。誰かの声がしてさ。顔は見えなかったけど、いろんなことを聞かれた」


「うん、わたしも。その声に、『どうしたいのか』って聞かれて……それでね、『もう大丈夫だよ』って、言われた気がするの。……試練は終わったって」


「試練……?」


「よくわかんないけど、すごく安心したの。もう、どこにも行かなくていい気がした」


こはるは布団の中で小さく丸くなりながら、静かに微笑んだ。


「おじさんがいるから、って思ったらね、不思議と、胸がぽかぽかしてきて……。もうここにいていいんだって、そんな気がしたの」


陽一はそれを聞きながら、昨夜の夢の記憶と重ねていた。自分もまた、声に問われたのだ。「君が心から望むなら」と。


「こはる……おまえ、なんだか……いつもと違うな。うまく言えないけど、何かが変わったっていうか」


「うん、自分でもそう思う。ねえ、おじさん……今日は、外に出てみてもいい?」


「本当に? 怖くないか?」


「うん、大丈夫な気がする。今なら、もう……歩いていける」


陽一はしばらくこはるを見つめていたが、やがてうなずいた。


「よし、行ってみよう」


ふたりは玄関に向かい、ゆっくりとドアを開けた。外の世界は明るく、暖かかった。春の風が頬を撫で、花の香りがふわりと漂ってくる。


こはるは一歩、また一歩と外へ踏み出す。かつては恐れ、足をすくませた世界。その地面を、今は自分の足で、確かに踏みしめていた。


「……あったかいね、おじさん」


「そうだな。春だもんな」


数日後、陽一宛てに一通の郵便が届いた。差出人は役所。中身を確認すると、そこには信じがたい内容が記されていた。


こはるが、正式に「陽一の娘」として登録されていたのだ。出生証明、住民票――どれも自然すぎるほど完璧だった。まるで最初から、そうだったかのように。


「……これって……どういうことだ?」


こはるもまた、それを見て目を丸くした。


「夢の中の……あの人の仕業、かな」


「……かもしれないな」


商店街の人々も、違和感など一切ない様子で声をかけてくる。


「娘さん、ほんとにそっくりだなあ。お父さん似だ」


「いやぁ、仲のいい親子っていいねえ」


陽一は照れたように笑いながら、そっとこはるの肩に手を置いた。


「なあ、こはる」


「うん?」


「……ありがとうな」


こはるはにっこりと笑って、陽一の手を握り返した。


「わたしのほうこそ、ありがとう。夢の中の、あのひとにも……ありがとう、だね」


そして少し照れながら、こはるは言った。


「ねえ……これからは、ちゃんと呼んでもいい?」


「ん? なにを?」


「……パパ、って」


陽一は一瞬驚いたあと、少し笑ってうなずいた。


「もちろんさ。おまえの“パパ”だからな」


春の光の中、ふたりは手をつないで帰路につく。その背中を、穏やかな風がやさしく包んでいた。

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