艱難辛苦
こはるは陽一の前で、少しの間黙っていた。彼の手が微かに震えているのが見えたが、こはるはそのことに気づかないふりをした。彼女はいつものように、陽一の隣で座り込んでいた。
陽一は、少し前の出来事を思い返していた。あの全額寄付を決めた事をこはるに伝えた時の反応を、今でも忘れられなかった。彼女はただ静かに、そして少しだけ驚いたように見つめていた。その表情の中に、陽一が求めていた何かがあった。
しかし、その後こはるが言った言葉が、陽一の胸に強く響いた。
「おじさんは他の人たちと違うね。みんなお金を手に入れたら、自分のために使ってた。でも、おじさんは違った。それを他人の為に使おうとしてる。そしておじさんは本当に寄付しちゃった。」
その言葉が陽一の胸に強く響き、彼の心に何かを確信させるものがあった。こはるはただ驚いているわけではない。それは、彼女が陽一の行動を深く理解し、その思いに共鳴している証だった。
陽一は少し息を飲んだ後、ゆっくりと答えた。
「俺が何かをしたからって、君にとってそれがどんな意味を持つかなんて、分からないかもしれない。でも、君がこうして心から思ってくれることが、俺には一番大切だ。」
その後しばらく、静かな時間が流れた。こはるはその言葉を聞きながら、少しずつ自分の中で変化を感じていた。
やがて、こはるはゆっくりと口を開いた。
「おじさん…私、ずっと考えてたことがあるんだ。」
陽一はその言葉に少し驚き、身を乗り出してこはるを見つめた。こはるは、ほんの少しだけ顔を伏せてから、目を合わせて言った。
「どうして、私はずっと、いろんな家を渡り歩いてきたんだろうって。」
陽一はその言葉を受け止め、ゆっくりと聞く態度で頷いた。
こはるは続けた。
「なぜその家に行くのか、なぜまた別の家に行かなきゃならないのか、私にはわからなかった。ただ、何かが決まっていて、そこに行くのが当たり前のように感じていた。でも、家の人たちが幸せそうな顔になるにつれて、私の事を『座敷童子様』ってお菓子やおもちゃをくれるの。」
こはるの声はどこか寂しげだった。
「もっと幸せを、もっとお金を、って…。みんな目つきが怖かったよ。」
陽一は言葉を失い、こはるの話を聞いていた。こはるは続けた。
「そういう事に疲れきって願ったんだ。『自分の幸せって何だろう?幸せになって見たい』って…。そうしたら、ここに居た。おじさんの家に居たんだ。」
こはるは少し声を震わせながら言った。
「それでね。今は毎日がすごい楽しい。幸せってこういう事なのかな?これからもずっとおじさんといたいって思ってるんだ。」
陽一は無言でこはるを見つめていた。彼女の過去に何があったのか、彼は今、少しずつ理解し始めていた。
「だから、私はここにいることが、すごく特別だと思う。ずっと望んでいた温かい家族を、ようやく見つけた気がする。でも、それでも私は…」
こはるは目を伏せ、深く息をついた。
「もうどこにも行きたくない!おじさんとずっと一緒がいい!」
陽一はその言葉を聞いて、心の中で何かが大きく動いた。こはるの言葉が、まるで彼の胸を強く打つように響いた。
「こはる…君がそう思ってくれるなら、俺は本当に嬉しいよ。」陽一は優しく、そして真摯に言った。
こはるの目は、陽一を見つめるその瞳の奥に、希望と未来への強い意志を宿していた。




