先義後利
「ねえ、おじさん。今日、なんか嬉しそうだったね?」
夕食を終え、リビングのソファに座ってくつろいでいたこはるが、ふいにそう聞いた。陽一は一瞬、黙りこんだ後、柔らかく微笑んでうなずいた。
「……この前の宝くじのこと、覚えてるよな?」
「うん! 一等だったんだよね!」
「そう。手元に通知が届いてさ……数字を見たときは、夢でも見てるのかと思ったよ」
こはるはくすっと笑った。
「でも、それでどうするのか、ずっと考えてたんだ」
「うん」
陽一は姿勢を正して、こはるの目をまっすぐ見た。
「――全額寄付することにしたんだ」
こはるの目が見開かれた。声も出ないまま、彼女は陽一の言葉をじっと待っていた。
「自分のために使おうと思えば、いくらでも方法はあった。ローンを返すとか、老後のためとか。でも、どうしても……しっくりこなかったんだ。何に使っても、どこか不安な気持ちがあってさ」
「……だから?」
「だから思ったんだ。もし、君がこの家に来てくれた意味があるなら、それは“俺が変わるため”だったんじゃないかって。君の笑顔に毎日癒されて、心を動かされて……。そんな自分が得たものを、自分だけのために使いたくなかったんだ」
こはるは俯いて、手元を見つめていた。その手が少し震えているのに、陽一は気づいた。
「この世界には、困っている子どもたちがたくさんいる。俺は、そういう子どもたちのために、このお金を使いたいと思ったんだ。俺が子ども好きだから、少しでも役に立てればと思ってさ」
しばらくの沈黙のあと、こはるは顔を上げた。その顔に、少し驚いた表情が浮かんだ。
「……おじさんが、そんなに大切なものを、全部寄付しようって思った理由って?」
陽一は少し悩んだが、やがてゆっくりと答えた。
「何だろうな…でも、困っている子どもたちのために使うほうが、何か意味がある気がして。俺がもらったお金を、少しでも誰かの役に立てたら、と思ってさ。」
こはるはその言葉をじっと聞いていた。すると、しばらくの沈黙の後、こはるが口を開いた。
「……おじさんは、他の人たちのために、無償で何かをする人なんだね。」
陽一は少し驚いたが、うなずいた。
「うん、そうだな。俺には他に、特別な力なんてないけど、できることをしていきたいと思ってる。」
こはるはその言葉を聞いて、ふっと微笑んだ。そして、どこか寂しげに言った。
「でも…おじさんは、他の人のために自分を犠牲にしてるみたい。でも、それが…本当におじさんの幸せになるのかな?」
陽一はその言葉に少し戸惑ったが、こはるの目を見つめて言った。
「もちろん、他の人のためにすることが自分の幸せになるとは限らない。でも、そう思えることが幸せなんだ。だから俺は…」
その時、こはるの表情が一瞬だけ変わった。それは一瞬のことで、陽一は見逃してしまったが、こはるが何かを思い出したような目をしていた。
そして、次にこはるが言った言葉は、陽一の胸に深く刻まれた。
「おじさんが、そんなふうに他の人のために動く姿、すごく素敵だと思う。でも、私がもし…おじさんとずっと一緒にいたら、もっと幸せになれるのかな?」
その言葉に、陽一の心は大きく揺さぶられた。彼はその問いにすぐに答えられなかった。けれど、心の奥でこはるが真剣に自分に向き合っていることを感じ、胸が熱くなった。
「君は、ずっと俺と一緒にいても幸せにはなれないんじゃないかって思ってたんだろう?」
こはるは静かにうなずいた。
「でも……もし、君が俺と一緒にいたら、きっと幸せにするよ」と、陽一は言った。
その言葉に、こはるの瞳は大きく輝き、そして、ゆっくりと彼に近づいてきた。
「……ありがとう、おじさん。」
その一言に、陽一は満足げに微笑んだ。こはるの存在が、彼にとってどれだけ大切で、どれだけ意味があるものなのか、改めて感じた瞬間だった。




