不言不語
陽一が帰宅したその日も、こはるは変わらず笑顔で迎えてくれた。
「おかえりなさい、おじさん!」
「ただいま、こはる」
陽一はこはるの元気な声を聞きながら、心の中で何度も繰り返していた。彼女の正体、そして彼女が本当に何者なのか。その謎に対する答えを、どうしても知りたくて仕方がなかった。
その日、陽一は昼休みに会社の近くにある古本屋を訪れ、民俗学や伝承に関する本をいくつか購入した。こはるが来てからというもの、自分の周囲では明らかに“幸運”が続いており、その理由が少しでも知りたくなったからだ。
特に、こはるが何者かを突き止めることが、今は最も気がかりだった。
「おじさん、今日は本を買ってきたの?」
帰宅すると、こはるがその本を見つけ、すぐに近寄ってきた。
「うん、ちょっとね」
「うわー、難しそうな本だね」
「だろうな。でも、ちょっと調べたくてね」
陽一は本を手に取り、少しの間黙ってページをめくった。民間伝承や霊的な存在について書かれた部分を読みながら、心の中でつぶやく。
(こはるが“座敷童子”だったら……どんなことがわかるんだろう?)
そう思いながら、陽一はさらに深く調べようと決意した。座敷童子に関する書籍や資料を集め、彼女の正体が確かであるなら、どうしてその存在が続いているのかも理解したかった。
その晩、食事を共にした後、陽一はこはるに思い切って尋ねてみることにした。
「こはる、ちょっと聞きたいんだけど……」
「うん?」
陽一は少し言葉を選びながら、口を開く。
「君、どこから来たんだ?」
こはるは、一瞬だけ黙って考え込むように見えたが、やがてニコリと微笑む。
「……おじさん、あんまり考えすぎない方がいいよ」
「どうして?」
こはるの言葉に、陽一は思わず息を呑んだ。
「だって、私はおじさんといるときが一番幸せなんだもん。それに、私はここにいるだけで、何も考えなくていいんだよ」
その言葉には、どこか寂しげな響きがあった。こはるが見せる笑顔と、時折垣間見えるその表情には、どこか深い悩みや記憶が隠れているのだろうと、陽一は感じ取った。
その晩、陽一は眠る前に再び座敷童子について調べ、気になる記述を見つけた。
“座敷童子は、家を渡り歩く存在。家に繁栄をもたらし、その家族を守る。しかし、去るときには家が衰退する。子供の姿をした存在として、静かに生活を共にし、家族との絆を深めるが、過去の出来事やその存在の本質は語られることはない”
「家を守る……?」
その言葉に、陽一は何かを感じ取った。
(もしかして、こはるは……)
その答えに辿り着くことはできなかった。けれど、陽一は確信していた。
こはるが、この家を守っている。家族を守り、そして、今の自分を守っている。
そのことが、何よりも大切だと感じるようになった。




