往古来今
翌日、陽一は休日を使って図書館へ足を運んだ。
こはるが来てからというもの、明らかに“幸運”としか思えない出来事が続いている。商店街のくじ引きで一等、仕事の契約も順調、昼食に立ち寄った店で偶然記念サービスにあたり無料……。
そして何より、あの穏やかな笑顔。
本当に、彼女は何者なのか――。
民俗学や郷土伝承に関する書籍を開きながら、陽一はあるキーワードに辿り着いた。
「“子どもの姿をした不思議な存在”」
それは、どの書物にも似たような記述があった。
“現れるとその家に繁栄が訪れ、去ると衰退する”
“東北地方を中心に伝承される霊的存在。家の中で子供の姿をしたまま静かに暮らす”
“現代では都市伝説として語られることも多く、目撃例は少ないが、確かに記録が残されている”
――どれも、まるで“こはる”そのものだった。
まさか。でも、もしかして。
そんな思いで郷土資料のコーナーを訪れた陽一は、そこでさらに奇妙な資料を見つけた。
「もしこの地域に関するものをお探しでしたら、古い住宅の記録もありますよ」と案内された一角。
そこにあったのは、取り壊された旧家の記録帳だった。
“旧・西川邸 明治41年建築 昭和初期に焼失”
その記録の横に、手書きのメモが添えられていた。
“かつてこの家には、幼い少女が住んでいたとされる。両親からの虐待が日常的にあり、近隣住民もたびたび悲鳴を聞いていたという。ある日を境に少女の姿は見られなくなり、警察による調査の結果、両親による殺害の疑いが持たれたが、証拠不十分のまま事件は迷宮入りとなった。”
陽一はその場で新聞のマイクロフィルムのコピーを依頼し、静かな閲覧室でその記事を読んだ。
「……遺体は発見されず、事件は証拠不十分で不起訴に。村では“神隠し”に見せかけた隠蔽ではないかとの噂も……家はその後、原因不明の火災で全焼した……」
ページの端に震える指を置きながら、陽一は黙って目を閉じた。
こはるという名は、自分が勝手に付けた名前だった。
けれど、彼女の正体は――もっとずっと昔から、この土地に現れては、家々を渡り歩いてきた存在。
それが、彼女の正体なら。
彼女が何も言わないのは、話せないのか、それとも――思い出したくないからか。
「……ごめんな、勝手に探って……」
独り言のように呟いたあと、陽一はそっと資料を閉じた。
その夜、玄関のドアを開けた瞬間、家の中から元気な声が響いた。
「おかえりー! 今日は早かったね!」
「うん、ちょっと調べ物をしててな」
「ふーん?」
こはるはいつものように、玄関のたたきにちょこんと座って陽一を出迎えていた。ドアの向こうまでは来ない。その境界線を、まるで意識しているかのように。
陽一は、その様子を見ながら、ふっと目を細めた。
――正体なんて、本当はどうでもいいのかもしれない。
大切なのは、今ここで一緒に笑ってくれているということ。それだけで、もう十分だった。




