移木之信
日曜日の午後。仕事の疲れも少し残る中、陽一は近所のスーパーへ食材の買い出しに出かけていた。
こはるはいつものように家に残っていた。外に出たがらない……いや、出られないこはるのことを思うと、陽一の胸に少しの切なさが宿る。
スーパーからの帰り道、子供たちの笑い声が聞こえてきた。商店街の一角で、風船を配るイベントが開かれているようだ。陽一は少し立ち止まり、その光景を見つめる。
――自分にも、あんな風に無邪気に笑う子供たちがいた。
そして、こはるもあの中にいたら、どんな顔をするだろう。そう思うと、胸が少しだけ締めつけられた。
帰宅して玄関を開けると、こはるはリビングの座椅子にちょこんと座り、くまりんを抱えていた。テレビではアニメの再放送が流れている。
「おかえりー」
「ただいま。お利口にしてたか?」
「うん、ちゃんと待ってたよ」
買ってきた食材をキッチンに置き、陽一は冷たい麦茶を注いで一息つく。こはるがくまりんをぎゅっと抱きしめながら、ぽつりと呟いた。
「おじさん、明日もお仕事?」
「ああ。月曜だからな。でも、夜には帰ってくるよ」
「そっか……」
いつもと変わらない会話だったが、今日は少しだけ、こはるの声が寂しそうに聞こえた。
陽一はふと立ち上がり、テレビを消してこはるの正面に座る。
「なあ、こはる」
「うん?」
「来週の土曜日、ちょっとしたパーティーでもしようか。いつもお留守番ばっかりさせて悪いし」
「ぱーてぃー?」
「うん。特別なご飯を作って、ゲームして、君の好きなお菓子も用意して。僕とこはるの、小さなパーティー」
こはるの目がぱっと輝いた。
「やるやる! おじさん、約束だからね!」
「もちろん」
ピンク色のワンピースを揺らして、こはるは嬉しそうに飛び跳ねた。その笑顔を見て、陽一は改めて思う。
――たとえ、彼女がどんな存在であったとしても。この子の笑顔を守りたい。
小さな約束。それは、普通の幸せを願うふたりにとって、大切な儀式だった。




