一葉知秋
夜、こはるが眠った後。陽一は一人、リビングのソファに座っていた。テレビの音はつけていたが、内容はまったく頭に入ってこなかった。
テーブルの上には、今月分の光熱費の通知書が並んでいる。ふと視線を移すと、隣にはこはるのスリッパがちょこんと揃えて置かれていた。
「……変なんだよな、やっぱり」
小さく呟いて、深く息をつく。
こはるが来てからというもの、生活は確かに彩りを取り戻した。笑うことが増え、食卓が賑やかになった。職場での成績も上向き、街では思いがけない幸運にも恵まれている。
けれど、それが“偶然”にしては、出来すぎている気がしてならない。
「……こはるって、いったい何者なんだ?」
考えれば考えるほど、不思議なことが多すぎた。
あの日、突然リビングに現れたこと。どこから来たのかもわからない。家の中にしかいない。外に連れ出そうとすると、決まって「ここにいたいの」と言ってはぐらかされる。
彼女の記憶には曖昧な部分が多く、自分の名前さえ「わかんない」と言った。
普通の子供ならばあり得ない。だが、不思議と恐怖はなかった。ただ、ふとした拍子に胸の奥がひんやりとする感覚がある。
——もしかして、幽霊……?
そんな言葉を頭に浮かべかけて、首を振った。
「……ないない、そんなの。こはるには実体があるし、ただ変わった子なんだ」
けれど、心のどこかでは、すでに答えに近づいている気がしていた。
翌朝、台所で湯気を立てる味噌汁をよそいながら、こはるが言った。
「おじさん、昨日のカレー、おいしかったね。なんかね、昔も誰かと食べた気がする」
「……誰か?」
「うん。でも、思い出せない。変だよね、思い出したいのに、名前も顔も出てこないの」
陽一は、お椀を置いた手を止めた。
その横顔は、寂しさをたたえているようにも、ただ遠くを見ているようにも見えた。
「こはる……君は、何かを忘れてるのか?」
「うん。たぶん、そう。でも、ここにいると、ちょっとだけあったかい気がするんだ」
その言葉に、陽一の胸が締めつけられた。
——この子は、本当はどこから来て、何を抱えてここにいるんだろう。
答えの見えない問いが、静かに彼の胸の中に根を張っていった。




