1章 嚆矢濫觴
四月の風がカーテンを揺らす。春の陽射しが差し込む部屋の中、陽一はぼんやりと天井を見上げていた。
離婚して三年。元妻との間にもうけた二人の子供は、今は中学生になっているはずだ。新年度が始まったと聞いても、実感はない。自分の暮らしとは、もう関係のない世界の話のようだった。
その日、陽一は久しぶりに休みを取っていた。朝から部屋を片付け、古い段ボールの中から、子供たちが遊んでいたゲーム機「Swatch」を見つけた。懐かしさに思わず手が止まり、コントローラーを握る。テレビに映る起動画面は、まるであの頃に戻ったような気分にさせてくれた。
「……よし、ちょっとだけ」
そんなふうに、久々のゲームに夢中になっていたときだった。
ふと気づくと、隣に見知らぬ女の子が座っていた。
「うわっ!」
陽一は椅子から飛び上がった。目を疑う。確かに、誰かがそこにいる。
小さな女の子だった。肩にかかるくらいの髪に、古風な模様の着物。ふわりとした存在感がある。
「……ど、どちら様ですか?」
陽一は震える声で聞いた。幽霊、という言葉が頭をよぎるが、怖くはなかった。ただ、驚いたのだ。
女の子はのんびりとした口調で、首をかしげる。
「んー……あたし?ちょっとここにいたくなっただけ」
「いたくなったって……いや、え? 家、間違えてない?」
「ううん。ちゃんと、ここだよ」
にっこりと笑うその顔に、悪意のようなものは一切なかった。ただの人懐っこい子供、そんなふうに見えた。
「おじさんち、居心地よさそうだもん」
「お、おじさん……って、まあ、確かにおじさんだけど……。いや、そうじゃなくて……」
戸惑いの中で、ぐぅ〜と音が鳴った。女の子のお腹だ。
「おなか、すいた……」
陽一は思わず笑ってしまった。
「……わかったよ。何か作ろうか?何が食べたい?」
「なんでもいいよ!」
なぜか追い出そうという気にはなれず、受け入れてしまっている自分がいる
これはそんな小さな来訪者とおじさんの奇妙なお話