第34話 ダンジョン演習後半(第五週)
今なら余裕をもって撤退できると思うんだ。ちらっとテルキナを見る。
「うおおおおおおおっ!」
回復も追い付いていないから怪我も結構負っているし、疲労も溜まっているはずだ。でも戦意は全く衰えておらず、テルキナには撤退のての字もなさそうだ。そしてこのパーティーのリーダーは彼だ。
全体的にみんなもまだまだ戦意は旺盛のようだ。
後衛のシズカさんならどうかと思い、シズカさんをちらっと見る。額に汗して何度も火の矢を撃っている。そんな長い黒髪が乱れている姿もステキである。え、いちいち表現がキモイって?しょうがないじゃない。
シズカさんはそんな僕の視線に気づいたのか
「何?集中しなさい、クミコにもいつも言われてるでしょ!?」
シズカさんも案外のめり込んでいるようだ。シズカさんも魔法オタクだからなぁ。オタクって周りが見えないところがあるよね。でも、
「シズカさん、これはもう撤退した方が良くないかな?」
シズカさんは魔法攻撃に熱中していたのか反応が無かったが、しばらくしてシズカさんの目に理性が戻る。
「…確かにそうかもしれないわね。ただ、彼らがそれを受け入れるかしら?」
「無理かもね。とりあえずアンを説得してみようと思うんだ。彼女は戦場全体が見えていると思うから。」
「そうね。まずは賛同者を増やしましょう。頼んでいい?」
「任せて。アンに回復魔法をかけたときにでも話してみるよ。」
「よろしくね。でもアキラ君ったら案外冷静なのね。ほんの少しだけ見直したわ。」
「いや、ただ臆病なだけですよ。」
アンも結構手傷を負っているので、回復魔法の対象者ではあるのだが、それ以上に前線3人の被弾が多く、アンのところに向かう暇がなかなかできなかった。
だけど時期を窺っているうちにその時は来てしまった。
テルキナがハイオークの攻撃を捌き損ねて利き腕に大怪我を負ってしまったのだ。
「ぐうううぅっ!」
武器を取り落とすテルキナ。
―――回復!
そこに僕の回復が飛ぶが、盾でなんとかハイオークの攻撃を防ぐのがせいぜいで武器を取る暇もない。攻撃できない以上はハイオークが更に畳みかけるように攻撃していく。
「テルキナ様っ!ぐぅっ。」
なんとキャサリンが交戦中のオークを放り出して、テルキナに向かおうとする。案の定背中をオークにばっさりと斬られる。ズレータがなんとかキャサリンのオークの気を引き、それ以上のキャサリンのダメージを防ぐが、ズレータも急な1対2で苦しい。僕もただでさえ苦戦しているオーク相手にテルキナやキャサリンへの回復魔法を撃たないといけないのはかなり苦しい。
アンも怪我を負ったままで戦っているので、頑張ってはいるもののハイオークに満足な攻撃を仕掛ける事が出来ていない。
シズカさんは、僕が回復魔法をかける暇を作りながらオークを排除すべく魔法を撃っている。
キャサリンはハイオークと正対し、正面から打ち合っている。槍は距離をとって戦う方がいいのに、焦っているのか前へ前へと攻撃を仕掛けている。背中に大きな傷を負ったままで、テルキナを庇うようにして。
しかしそれは長くは続かない。コンビネーション攻撃を出し尽くし、キャサリンの動きが一瞬止まる。ハイオークは攻撃の雨が止むのを待って、その隙を見計らって余裕でキャサリンにカウンターを返そうとする。
しかしテルキナはその隙に武器を拾っており、キャサリンにカウンターを返そうとするハイオークに仕掛ける。が、怪我で握力が十分ではないのかハイオークと打ち合うも一合で剣を弾き飛ばされ、逆に斬られてしまった。膝をつくテルキナ。まずい!
そこにアンが攻撃を仕掛けるが、ハイオークに軽くあしらわれ直撃は防いだものの大きく蹴り飛ばされる。
「テルキナ様っ!うわぁっ!」
更なる追撃がテルキナに加えられるところにキャサリンが身体を張ってテルキナとハイオークの間に入る。しかしそれは槍の間合いではなかった。ハイオークの剣撃を2合防ぐが、3合目に槍を飛ばされ、そしてキャサリンも大きく斬られた。
「うおおおおお、くらえっ」
オーク2体の処理が終わったズレータがハイオークに横から斧で斬りかかる。ズレータの攻撃力は魅力でハイオークにも有効だが、ハイオークに比べると技量は劣るし、斧は両手持ちで盾が無いため格上のハイオークには1対1ではいかにも苦しい。
シズカの火の矢も飛んでいるが、それでなんとかというところだろうか。
僕は自分のオークと戦いながら、隙を見てクールタイムが終わった回復魔法を前衛に飛ばしていくが、とても間に合っていないし、僕もだいぶオークの攻撃をもらっている。
テルキナが満身創痍になりながらもハイオークに斬りかかっては逆に斬られている。キャサリンは倒れたまま動かない。息はあるようだが、完全に沈黙しているようだ。
ズレータがなんとか前線をもたせているが、傷は増えていく一方だ。それに対してハイオークはまだ余裕がありそうに見える。
僕は逡巡したが意を決して叫んだ。
「テルキナ君、撤退しよう!」
こうなってしまっては撤退するのも難しそうだが、今のまま戦闘を続けるよりはマシだろう。
「ふざけるなっ!俺はこいつを倒す!」
と言って再度ハイオークに斬りかかり、ハイオークにまたもや返す刀で斬られるテルキナ。もう無理だよ。テルキナだって回復が追い付いていないから、動きも悪くなってるじゃないか、まだ戦うつもりなのか。
ハイオークに弾き飛ばされたアンがこちらに寄ってきた。
「アキラ、私も撤退するべきだと思う。」
撤退に賛成だから下がってきてくれたのかな。そして僕の戦っているオークを牽制してくれている。助かる。と思ったところに
―――ブモォォォ!
とハイオークが雄叫びを挙げ、オーク三匹がお代わりされた。
僕がまだ一匹と戦闘継続中にも関わらず…だ。おかわりされた三匹はアンのもとに一匹。シズカさんのところに一匹。そしてテルキナのところに一匹。ズレータは正真正銘ハイオークと1対1になってしまった。
僕のオークは既にかなり傷ついているので、時間をかければなんとか倒せそうだ。
しかし、それ以外はどこもオークでさえ倒せないだろう。そしてズレータが一番苦しい。今も何度もハイオークに重い攻撃をもらってしまっている。タフなズレータとはいえ長くはもたないだろう。
もうダメだ。僕は救難要請用の笛を懐から取り出すと口に咥えた。
これは演習とはいえ授業なので、教師が安全確保のためにダンジョン各地に待機しているのだ。この第十階層のボス部屋などは特に事故が多いので近くで待機している。
―――ピーッ!
と僕が笛を吹くとほぼ時を同じくして
「笛遅い!」
という声とともに教師とそのサポート役2人がハイオークやオークに斬りかかっていた。教師たちは瞬く間にハイオークとオークを処理すると倒れているキャサリンやテルキナにポーションを与えていく。
その後教師たちに僕たち生存組が笛の判断が遅い事をたっぷりと叱られた。加えてパーティーリーダーが間違っていれば、パーティーメンバーがそれを正さねばならない事をくどくどと説教された。
救難信号の笛を使ったので、パーティー全員基礎点は0点。
僕の個人評価としては、笛をただ一人吹いた事は評価するがタイミングが遅すぎた。ということで僕は加点無し。それ以外の全員が不可のマイナス1点となった。
[ダンジョン探索5/10終了:合計13点]
[個人戦5/10終了:合計12点]




