第8話 二人
計画の実行者に任命されてから、アヤは半年に一度、
アトムとロボット越しに面会をする機会が設けられた。
訪問者のいないアトムは、アヤを友人として扱った。
アトムが現れた。
9歳になった彼女は、すでにアヤの身長を超えていた。
アヤ:「あら、前よりもずっと大きくなって!
元気にしていた?」
アトム:「うん。」
その日、彼女はアヤを自身のお気に入りの場所へと連れて行った。
アトムはロボットと共に、森へ向かう。
アトム:「ほら、あそこ。」
アヤは驚いた。
アヤだけでなく、モニターを眺めていた周囲の研究員も。
ドームは森や草原などを再現した、一見すれば自然豊かな場所である。
ドーム内で害がないように、動物はおろか、
虫さえ一つも入らないよう徹底された、人工的な自然だ。
そのはずだった。
そこでは植物が独自の生態系を形成していた。
植物を食む動物がいなければ、花粉を届ける虫もいない。
それらの機能をそれぞれで補うように、植物が管で接続されている。
ドームの中で植物は身を寄せ合い、小さな自然のドームを形成していた。
アトムとアヤはその中にいた。
管が複雑に絡み合う様子は、まるで…
アヤ:「生きているみたい。」
アトム:「きれいでしょう。」
アヤ:「ええ。」
生命体の内部のようだ。
異様な光景だった。
アトムはしばらく黙って、そこに座り込んでいた。
メーターが基準値を下回る。
予定より順調に、すべての項目が確認された。
アトムがアヤと心のつながりを得ていること。
神経が安定状態を維持していること。
アヤに対して、警戒心を解いたこと。
そして、アトムにすべての状況をゆだねたこと。
研究者S:「チェック完了。アヤ、ドームの中へ。
ロボットの帰還操縦はこちらで行います。」
アヤ:「了解。」
アヤのロボットは何も言わずに、アトムのそばから遠ざかった。
アトムは黙って、植物を眺めていた。
研究者N:『聞こえますか、アヤ。応答願います。』
アヤ:「聞こえています。」
研究者N:『成功を祈ります。』
アヤ:「了解。」
アヤはドームの中を歩く。
画面越しに見ていた光景とは、ずいぶん印象が違った。
ドーム状の天井におおわれた空。
人工的に作られた草原や川。
端からたった数分歩けば、すぐに中心部へとたどり着いた。
驚くほど静かで、心細かった。
途中で帰還するロボットとすれ違う。
森の入り口に差し掛かった。
森は小さかった、けれどもこのドームの中では、とても広大に感じられる。
アトムの背中が木々の隙間から見えた。
アヤは遠くから呼びかけた。
アヤ:「…おーい!」
アトムがゆっくりと振り返った。
美しい顔立ちをしていた。
その日、ドームの中で初めて、二人の人間が顔を合わせた。