第2話 約束
ぽつぽつと点在する雲の下、
無機質な建物がずらりと並んでいる。
建物の一室で、アヤは電話機を片手に持ち、アトムに関する資料を読んでいた。
友人:『状況がひと段落したら、少し遠くまで羽を伸ばしに行こうと思っているんだ。』
アヤ:「それはいい。どこへ行くかもう決めてあるの?」
友人:『それこそ日本だよ。日本に行ってみたい。』
アヤ:「あら。本当。」
友人の話を聞きながら、
頭では自身に課せられた、あるミッションについて考えこんでいた。
ここはドームから数キロ離れた場所にある研究拠点だ。
当初は小規模なものだったが、
アトムの眼の有用性が明らかになってから、規模の拡大が進められた。
友人:『もしよかったら、日本を案内してもらえたらうれしい。』
アトムは小さな村で生まれた。
故郷で発生した事故が原因で、政府はアトムとその周辺住民の保護を行った。
それから様々な施設の建設が進み、アトムはドームで暮らすようになった。
アヤ:「そう、考えておく。」
友人:『どうも、助かるよ。』
アトムの眼から放たれるビームは、あらゆるものを蒸発させる。
触れた先からエネルギーが拡散し、さらなる連鎖を呼び起こす。
加えてエネルギーが原子から取り出される際に、未知の物質が大気中に放出された。
友人:『…』
アトムを取り囲むドーム状の構造物は、ビームを遮蔽するために最初に考案されたものだ。
内側で発生したエネルギーは巨大なドームの表面全体に分散され、
少しずつ侵食されるものの直ちに穴が空くことはない。
設備を整えながら、アトムは今もそこで暮らしている。
友人:『なんだか忙しいみたいだ。それじゃあ、また今度…』
アヤ:「うん、また今度話しましょう。」
友人:『それじゃあまた。気を付けて。』
プツン。
アヤはドームに関連したミッションを担う、研究チームの一人として勤務していた。
デスクに置かれたファイルには、これまでの活動の記録が残されている。
「アトムの眼をコントロールし、
彼女とその周りで人々が普通の生活を送れるようにする。」
それが目的だったはずだ。
それが今では、彼女の眼を利用するための研究があちこちで進んでいる。
「ドームが吸収したエネルギーを効率よく取り出す技術の開発に成功。」
なんて、当初の目的とはずいぶんかけ離れている。
一研究員であるアヤには明かされないことが数多くあったが、
大勢の職員が同じように施設の方針に懐疑的であった。
アヤは自身に課せられたミッションに頭を悩ませた。
「より多くのエネルギーをドームに蓄える技術」
ではなく、
「アトムが自身の眼を制御し、世界を見て回れるようになること」、
それがアトムとの約束だった。