第11話 一人
アトムが十五才になるころ、海を挟んだ大国との戦争が始まった。
状況は劣勢を極めた。
議論の余地はない。少なくとも、政府はそう判断した。
それからドームの軍事利用は瞬く間に進んだ。
何も知らない一人の少女から、莫大なエネルギーが取り出された。
戦況は裏返る。
ドーム周辺が攻撃の危険にさらされ、多くの研究者がこの場所を去った。
一人、また一人、かつての幼いアトムを知る者が姿を消す。
アヤはそれでも研究所に残り続けた。
研究者Nがアヤのもとを訪れたとき、彼女はアトムのアルバムを眺めていた。
研究者N:「これまでお世話になりました。Nです。」
アヤ:「あら。Nさん。」
研究者N:「話をしたくて。少しいいですか。」
アヤ:「どうぞ。」
アヤはアルバムから目を離さなかった。
研究者N:「これまでいろんなことがありました。アトムのような変異人間が誕生して、
それをわが子のように育てるなんて。
大変なことばかりです。それでも今は、
あの日々がいつまでも続けばと、心から思います。」
アヤはうつむいている。
研究者N:「…アヤ。あなたがどんな選択をしようと構いません。
でも、これだけは言わせてください。
私は…。」
しばらく沈黙が続いた。
研究者N:「もう少し、あなたと共に働きたかった。あなたを尊敬している。」
アヤは返事をしなかった。
研究者N:「…もう行かなければ。ありがとうございました。健闘をお祈りします。」
バタン。
Nは去っていった。
部屋で一人きりになったアヤは呟いた。
アヤ:「それならば、ここにいてください。一人では寂しい思いをする。
アトムもきっとそう。」
アルバムには例のミッションの写真が載っている。
あの日、初めてドームで対面したあの日。
アヤはアトムに告げた。
軽薄な発言であったと、今でも悔やんでいる。
アヤ:「いつかあなたの眼が制御できるようになったら、みんなで外の世界を見て回りましょう。
大きな世界でなくてもいい、空があって、自然があって、人の営みがある場所に行きましょう。」
アトム:「…本当に。」
アヤ:「ええ、約束する。ドームの外にいつか出てみましょう。」
アトム:「うん。」
アトムはまだ、あの時の約束を覚えているだろうか。