幼馴染みの悪役令嬢と悪役令息は婚約破棄を所望してハッピーエンドを目指すことにした
お読み下さりありがとうございます。
ありきたりな婚約破棄をチョイスして
サクッとスッキリ系にしてみました。
出来立てほやほやそのまま投稿。
★☆お伝えしたいこと☆★
作品の内容や用語、言い回しなどにおかしな点や矛盾点が沢山あるかと思われます。
そんなときは、サラリと軽く読み流していただけると幸です。
m(´-﹏-`)m宜しくお願いいたします。
★誤字脱字報告。ありがとうございました。
m(◍•ᴗ•◍)m☆*
綺羅びやかに彩られた王立パスフリィット学院の大広間では、これから催される卒業式を前に着飾った令息令嬢達が集い始めた。
煌めくシャンデリアの下では、楽団により奏でられる柔らかな音色に卒学生らは耳を傾け、式が始まる前のひと時を優雅に楽しんでいるようだ。
そして、その一角では私も学院生活の名残り惜しさと共に卒業という晴れやかな心持ちで友人達と会話を弾ませていた。
話の途中、喉が渇いたことで飲み物を取りに一度その場から離れる。その様子に、一緒に居たハルディンが壁際で給仕をしている男性に声を掛けた。
「ヴィオレッタ。桃の果実水が美味しかったぞ」
突然名を呼ばれ、声のした方へ振り返ると、そこには幼馴染みのアルベインの姿があった。
「あら、アルベイン。今来たの? 今日は早目に来るようにって言ったのに」
「でも、式までまだ時間はたっぷりある。……だよな、ハルディン」
「あぁ、そうだな。じゃぁ俺は、アルベインが来たから、一旦離れるぞ」
「分かった。でも、近くにいろよ」
約束の時間より遅れて来たアルベインを軽く睨みつければ、彼はハルディンへにやり顔で同意を求める。
「ハルディン……。呼んだらすぐ来てくれる?」
「すぐ近くにいるよ」
微笑みを見せるとハルディンは人混みに紛れた。
その後で、給仕の男性が持つトレーからグラスを取ろうと手を伸ばすと、
「あぁ、どうも今から始まるみたいだぞ」
「えっ? 今からって――」
彼は私の後方へと視線をずらす。
「アルベイン様、ご歓談中失礼します。お話ししたいことがあります」
突然、アルベインとの会話を遮る声に私の言葉が途切れる。
給仕の男性の後ろから聞こえた声に視線を向けると、アルベインの婚約者であるマリーア様が含みのある笑みを浮かべていた。
――子爵家の令嬢である彼女が、アルベインの
隣にいる侯爵家の令嬢である私を
スルーするとは……
少し複雑な表情をすると、アルベインは小さく頷いてからマリーア様へとにこやかに笑い掛ける。
すると、彼女は首を傾け口角を上げた後で、周囲にも聞こえるくらいの大きな声を張り上げた。
「……私は、アルベイン・サフィア様との婚約を破棄させていただきます!」
彼女の発言で、その場の雰囲気が一瞬にしてガラリと変わる。ザワザワとしていた会場の一角が、一瞬にして静まり返った。
その様子に、アルベインは「ククッ」小さく笑いを抑えたかのように喉を鳴らす。
彼をチラリと見れば、嬉しそうに瞳を輝かせている。
――婚約破棄を言い渡されたというのに……
アルベインの表情に小さくため息を吐いた後で次にマリーア様へと視線を戻す。原因が私だと言わんばかりの蔑んだ目がこちらに向けられている。
彼女の視線に息苦しさを感じると心の中で息を吐き出す。私は気持ちを切り替えて彼女に淑やかな笑みを見せた。
◇◇
子爵家の令嬢に軽蔑した扱いをされた私はヴィオレッタ。艷やかな金色の髪とペリドット石のような透き通ったオリーブ色の瞳が自慢の侯爵家の長女である。
ちなみに、小馬鹿にされた私を見て隣で笑いを堪えているのがアルベイン。紺色の夜空のような美しい髪の隙間から空色の瞳を細め笑いを堪えている彼は、サフィア侯爵家の長男でとても仲の良い幼馴染みだ。
それというのも、私の母であるターリック侯爵夫人と彼の母親サフィア侯爵夫人が仲の良い友人だからだ。
二人は昔、王妃様付きの侍女をしていた。
姉妹のように仲の良かった二人は婚姻後も、お茶会でも、旅行でも、いつも子連れで出掛けていたのだ。
その為、必然的に一緒に居るのが当たり前になった私達。
お互いの両親は、将来の私達は結ばれるだろうと温かい目で見守っていたころもあったほどだ。
確かに普通の友人達とは違い、それ以上に仲が良いことは言わずもがなだ。
そんな中、学院入学後に私の婚約が突然決まった。相手はこの国の第一王子であるレックウィザード殿下だ。
王家からの打診に断る事など出来るはずもなかった。
私は、レックウィザード殿下と婚姻などしたくはない。
確かに見目麗しい王子ではある。それに、王族特有の金髪碧眼の彼は温厚篤実な人柄であり令息令嬢達にも人気がある。
でも、私にはずっと好きな人がいた。幼い頃から好きだった彼。ずっと一緒に居られると思っていたのに。
そして、その後を追うかのようにアルベインもマリーア様と婚約が決まった。
彼もまた、マリーア様との婚約を望まなかった。
彼のお祖父様の遠縁となるデルタ子爵家。
一家を乗せた子爵家の馬車が、山道を移動中に盗賊に襲われ崖から転落した。奇跡的に一人娘のマリーア様は生きていたという。
家族を亡くし一時記憶を無くした少女。
馬車で移動中のアルベインのお祖父様とお祖母様が山道で発見した。彼女をサフィア侯爵家の領地へと連れ帰り一時保護していたのだ。
そのあと、デルタ子爵家の持つ領地を国から頼まれ、マリーア様が成人するまで我が家ターリック侯爵が管理しているのだ。
若い彼女では、まだ爵位も継ぐことが出来ない。その為、彼女を保護しているサフィア侯爵家のアルベインと婚姻させることで、デルタ領をサフィア侯爵家の管理下にすると話が進んでいたらしい。
貴族の婚姻は、政治的なものが大半だ。
アルベインも、婚約が決まった当時は何も言わなかった。しかし、マリーア様と会話をする度に、彼は彼女の不思議な言動に首を傾げるようになっていった。
今まで楽しかったアルベインとのお茶の時間は、婚約者の愚痴り合いの場に変化する。
彼から聞く彼女の奇妙な話に、私も彼同様に首を傾げた。
「会話中に、たまに訳が分からないことを呟くんだ。彼女の名前はマリーアなのに、私はヒロインだと言うのだが」
「マリーア様は、2つの名前があるの?」
「さぁね。……それと、ルートを選ぶ前だったとか、レックウィザード殿下の婚約者になってハッピーエンドを迎えるはずだったのに、とか言っていたな」
「レックウィザード殿下の婚約者? 私の代わりに? どうやって?」
「分からん。それと、ヴィオレッタは悪役令嬢だとも言っていたし、俺も悪役令息になればいいのに? とか呟いていたんだが、それって何だ?」
「私にも分からないわ。……悪…役?
……悪役かー。それ、いいわね!」
「何がいいんだ? ヴィオレッタも頭が可怪しい女の仲間入りか?」
「違うわよ! いいことを思いついたの! 彼女の言うように私は悪い役をする令嬢で、アルベインは悪い役をする令息になるのよ。そのあとで……ハッピーエンドを迎えるの!」
「それが、悪役令嬢ってやつ?」
「そう。悪役令嬢と悪役令息よ!」
そうして私達は、婚約者に対して悪い事。つまり、やってはいけない事を考えた。
◇◇
その日、王立パスフリィット学院の大広間は、前代未聞の婚約破棄の場となった。
「アルベイン様。やはり、噂は本当だったのですね。私という婚約者がいるにもかかわらず、他の女性をエスコートしているなんて。
……もう、これ以上は耐えられません。私は、アルベイン・サフィア様との婚約を破棄させていただきます!」
私が給仕をしている男性から果実水を受け取ろうとしたところで、隣にいたアルベインはマリーア様から婚約破棄を言い渡された。
会話を弾ませていた令息令嬢達の声はピタリと止まり、視線が一瞬にして私達に向けられる。
彼女に背を向けていた給仕の男性が一度後ろを振り返る。彼が目を見開いたまま顔を戻すと、私はトレーの上にある果実水の入ったグラスに手を伸ばす。
その後で、彼は顔を引き攣らせながら素早くその場から去って行った。
――可哀想に……突然、災難だったわね
去って行く後ろ姿を憐れみの表情で見送る。
視界に入るのは、ピンクゴールドの長い髪をリボンで留め、碧色のフワリとした華やかなドレスを身に纏ったマリーア様。彼女は大きな蜂蜜色の瞳を潤ませている。
周囲の人達は訳がわからずだ。右へ左へと顔を動かし様子を見守っている。
「噂とは? 何のことだか分からないのだが。それに、他の女性をエスコートとは? 彼女とは、今ここで会ったばかりだが」
「そうだったとしても、アルベイン様はいつもヴィオレッタ様と二人で一緒にいるではありませんか?」
そう言って、マリーア様が蔑むような表情で私を見る。
近い内に、こうなることを予想はしていた。今日だろうとも思っていた。でも、卒業式が終わってからでもいいでしょう? まさかの卒業式を迎える直前?
そう思うと、呆れ顔になりそうになるが、淑女らしく凛とした姿勢を保ち彼女の視線を受け止める。
「お互いに生徒会の役員をしていたし専攻学科も同じで、学院の帰りは王城へと王子妃になるための教養に通っている彼女の護衛を任されていた。なので、一緒にいることが必然的に多くなっていたのは確かだな。でも、噂とは? どんな噂が流れているんだ?」
「ヴィオレッタ様との不貞です。噂だけではありません。証人もいます」
彼女はそう言った後で、友人だという3人の令嬢の名前を呼んだ。
名を呼ばれた令嬢達が彼女の後ろから現れると、私とアルベインを目撃したという情報が話される。
「王都の宝石店にて、二人は仲良くお揃いのブレスレットを選んでいるのを見ましたわ」
「建国祭のときに、二人で露店を回って買い物をしていました」
「長期休暇のときに行った湖の畔で、ピクニックを楽しんでいらっしゃいました」
彼女達がそう告げると、マリーア様はアルベインに今にも泣き出しそうな表情を向ける。
「アルベイン様。残念です。私は、私自身を愛してくれる方との婚姻を望んでいます。婚姻前から不貞されるような方とは婚約を続けることは出来ません」
「分かった。婚約破棄を受け入れよう」
そう言って、アルベインは隣で「ククッ」小さく笑いを抑えたかのように喉を鳴らす。
チラリと見れば彼は瞳を輝かせ口角を上げている。婚約破棄されたのが、よほど嬉しかったのだろう。
その後で、人だかりの中を掻き分けて私達の方へ向かって来たのは私の婚約者であるレックウィザード殿下だ。
いつものゆるふわな金色の髪をオールバックにセットした彼は、碧眼を光らせ私に鋭く睨むかのような視線を向けながらの登場だ。
卒業式を迎えるに当たって正装で現れた見目麗しい彼の登場に、周囲はざわめき立つ。
それもそのはず、私の婚約者様は私の隣ではなく、マリーア様の隣に立ったのだ。
「ヴィオレッタ・ターリック嬢。私も貴女との婚約を破棄することを言い渡す」
――あらまぁ、こちらも気が早いことっ
続けて、婚約破棄だなんて……
「理由をお聞かせ下さいませんか」
冷静な口調でそう返すと、彼は眉尻をピクリと上げる。
「君は、マリーアが気に入らないからと、彼女を虐めていたね」
……えぇ? 虐めてた?
予想外の理由に当惑する。まったく以て意味が分からない。
いつ、どこで、どんなふうに?
頭の中をフル回転させるも要因すら見当もつかない。
「いいえ。虐めたことなどありませんわ」
「マリーアのノートを破いたり筆箱を壊しただろう? それに、彼女を呼び出しては毎回暴言を吐いていたよね。私が知らなかったと思っているのかな?」
「いいえ。私は破いてもいないし、壊してもいません。彼女を呼び出したことは何度かありますが、暴言を吐くだなんてしておりませんわ」
――ノート? 筆箱? 暴言?
何のことだかサッパリ分からない。
誰か他の人と間違えているのかも?
身に覚えはない……けれども……マリーア様は誰にも見えない位置で口角を上げている。
ということは、やっぱり間違いではなく私が彼女を虐めたということなのね。
幾ら何でもこれはない。
この様子から察するに、有りもしないことを捏造されたらしい。
レックウィザード殿下を見ると、それが真実だと言わんばかりの表情をしている。
と、なると……
これは、彼女が一人で考えたことなのだろう。
酷すぎる。
こんなの許せない。
レックウィザード殿下が後ろに控えている側近候補者の二人を振り返る。
合図をされた二人は、文具を破壊したことを調査した結果、数人から情報が得られたと告げる。そして、数人とはまたしても彼女の友人だという3人の令嬢だ。
彼女達にレックウィザード殿下が声を掛けると、3人は次々と口を開く。
「マリーア様は、ヴィオレッタ様に壊された筆箱を抱えて泣いていらっしゃいました」
「いつもヴィオレッタ様から待ち合わせの時間と場所を書かれた書面が届くと、マリーア様は重い表情で向かわれました」
「ヴィオレッタ様とお会いした後は、暴言を吐かれたと涙を溜めて戻ってきたのです」
3人がここぞとばかりにそう告げている間、レックウィザード殿下は瞬きするのも忘れているかのように私をジッと見る。
「マリーアは、毎回我慢していたんだよ。私と仲良くしているから、ヴィオレッタが嫉妬してそのような振る舞いをしていたのではないかと。それに君は、アルベイン・サフィアの婚約者である彼女が気に入らなかった。婚約者の私がいながらアルベイン・サフィアとも……だ。どちらにせよ、私との婚約は破棄してもらうよ。仕方が無いよね、王子妃となる女性がしていい言動ではなかった。自分を制御出来ないような貴女を王子妃にするわけにはいかないからね。それと、貴女はマリーアに謝罪をしなければならない」
王子たるもの精査が生ぬるい。
――こんな濡れ衣を着せられたら
……私にだって考えがある
悔しくて拳を握り震わせると、すぐ近くからこの状況を見ていたハルディンと視線が合う。彼は私を安心させるかのようにコクリと頷いた。準備は万端だというように。
レックウィザード殿下に視線を戻した私は淑女らしい微笑みを見せる。
「わたくしは、レックウィザード殿下から告げられた婚約破棄を受け入れます」
すんなり婚約破棄を受け入れた為か、彼は目を丸くして固まった。
「……ですが、身に覚えが無い事の謝罪はいたしませんわ」
涼しい顔でそう言うと、彼は眉間にしわを寄せ私を見据える。
そして、暫くの沈黙の後で何も無かったかのように彼は優雅な表情を見せ、声のトーンを少し上げて明るく言葉を発した。
「謝罪も出来ないような人が私の婚約者だったとは……残念に思う。貴女には、この後で相応の罰を与えよう。――となると、私の隣に立つ女性を選ばなくてはならないな」
レックウィザード殿下はそう言って、マリーア様に向き直る。
「マリーア。今までの君との会話の中で感じていたのだが、君のような世を俯瞰して見ることの出来る女性でないと王子妃にはふさわしくないと思う。どうだろうか、私の妃となってほしい」
「……はい……喜んでお受けいたしますわ」
何なんだろうか、この茶番劇のような展開は。二人で盛り上がっているなか申し訳ないが、まだ話は終わっていない。
このままハッピーライフに突入させてやる義理は、私を小馬鹿にした時点で無くなったのだ。このままなら、私は冤罪を被ることになる。それを承知で、この場で婚約をどうにかしようとして来たのが許せない。
――こうなったら……
落ちるところまで落ちたらいい
ここからは、反撃させていただくわ
「レックウィザード殿下。わたくしからもお伝えしたい事がありますわ」
私は扇を開くと表情を隠す。
何も読み取ることの出来ない目の下に隠された口は、自然と口角が上がってしまうからだ。
「伝えたいこと?……何の話だ?」
――王子様には、お花畑の脳内を
どうにかしてもらいましょう。
精査とは? を、
臣下として教えて差し上げますわ
「ハルディン。書面を持って来て下さいますか」
やっと出番が回ってきたとでも言いたそうに、黒に近い焦茶色の短髪をした青年が少し厚みのある封書を片手にカツカツと早足でやって来る。
メガネの下にある深緑色の瞳がライトに照らされ輝くと澄んだグリーン色に変わる。
彼は、今日共に学院を卒業する我が家の執事であるマッティニア伯爵の長男、次期執事となるハルディン・マッティニアだ。
ハルディンから封書を預かると、それをそのままレックウィザード殿下に渡す。
中を確認して欲しいと話せば、彼は綴じ紐を外し封を開いた。
「ヴィオレッタ、これはなんだ?」
「その書面は、マリーア様の継ぐことになるデルタ子爵領の毎月の領地経営状況の書類とでもいいましょうか」
「あぁ、そう言えば……デルタの領地はターリック侯爵家が代理管理をしてくれているのだったな」
「はい、そうですわ。完成された書面は国へと提出されていますが、彼女の家のことですのでマリーア様に分かり易いようにハルディンが書き直した内容にしております。そして、毎月その書類をマリーア様に報せていたのはわたくしです」
口頭では語れない為に、何度も彼女を呼び出した理由だ。
呼び出すときには必ず封書を渡していた。
デルタ子爵家当主が不在の為、子爵家の管理を任されていたのはターリック侯爵家である我が家だった。
学院入学後、学院寮に入った彼女は馬車を手配して毎月我が家へ足を運ぶことができなかった。その為に、私が彼女に報せていた。
初めてマリーア様に書面を確認してもらったときに、アルベインとの会話の中で知らされた彼女の不思議な言動を目の当たりにし衝撃を覚えた。それに、私を罵るような知らない言葉を使っていたのだ。
そして、『レックウィザード殿下の婚約者になるはずだった』と言う言葉に、私は今後起こり得るかも知れない未来を想定する。と、自衛手段として国王陛下へ王家の影を付けて欲しいとお願いをしたのだ。
私とアルベインが悪役の令息令嬢となるには、悪い事をしていないと証明してくれる人物が必要だ。
それは、私とアルベインが計画している婚約の取り消しにも繋がってくる。
そう考えると、レックウィザード殿下よりも位が高い人物。そう、両陛下しかいなかった。
予め王家の影から国王陛下へ報告された、私がマリーア様を呼び出した日時と会話した記録をまとめたものも用意はしてあるが、今の段階では出さずに済みそうだ。
暴言を吐いたなどと、まさかマリーア様が言うとは思わなかったが、これも事前準備のお陰で切り抜けらる。
次に、その暴言に対しての無実の証拠。証人を立てる。
「シャーリアン卿。証言をお願い出来ますでしょうか」
本来ならば、先ほど婚約を破棄されたことで彼は任を解かれたはずだが。今もずっと私の視界に入る位置でこちらの様子を見て下さっていた、王家が婚約と同時に付けてくれた護衛騎士様であるシャーリアン卿に証言をお願いする。
「はい。ターリック侯爵家のご令嬢であるヴィオレッタ様が暴言を吐いたところを見たことは一度もございません」
「あの人は、嘘をついています! ターリック侯爵家が雇っている人ですよ! 信じないで下さい」
彼の証言に顔色を悪くしたのはマリーア様だ。彼女はレックウィザード殿下の腕に抱きつくようにすると、声を荒らげた。
しかし、殿下はシャーリアン卿が王家の騎士だと知っている。それに、周囲の皆も気づいているはずだ。……彼の着ている騎士服で。
「では、暴言はなかったということか?」
「はい。暴言と言えるのかは分かりかねますが、礼儀を欠く言葉をおっしゃっていたのはデルタ子爵のご令嬢でした」
「……では、マリーアの文具を壊したところは見ているのだな」
「いいえ。見ておりません」
「何故だ? シャーリアン卿は彼女の護衛を怠っていたのかな?」
殿下が、眉をひそめ彼に不服そうな表情を浮かべる。
会話の途中で無礼になるが、その様子に私は殿下に了承を得るとマリーア様の友人だという3人に声を掛けた。
「貴女達は、マリーア様の私物を私が壊したところを見たのでしょうか?」
「えっ? いいえ。壊されたと聞きましたが……見てはいません」
「わたくしも、見てはいません。でも、マリーア様が、そう言っておりました」
「マリーア様が泣いていたので、どうしたのかと聞いたのです。壊したところは見ていません」
彼女達の顔色は、みるみる蒼白へと変わる。
苦々しい表情で彼女達の話を聞いていた彼は腕を胸の前で組むと、私に一瞬余裕の笑みを見せ、シャーリアン卿に視線を戻す。
「そうか。では、彼女とアルベイン・サフィアの不貞の現場には居たのだろう? 詳しく話してくれるかな」
「いいえ。ターリック侯爵家のご令嬢であるヴィオレッタ様は不貞をしてはおりません」
「な、何だと?」
「先ほど、話に挙がった内容については誤解があるかと。宝石店でブレスレットを選んでいたときは一緒にサフィア侯爵家当主もいらっしゃいましたし、建国祭のときは、他家の令息令嬢を合わせ5人で露店を回っていました。それと、湖でのピクニックにはターリック侯爵家のご長男のサージェス様と、その奥様。御子息の二人もご一緒でしたし、ハルディン様もいました。勿論のことですが、全て私もおりました」
シャーリアン卿から返ってきた言葉に殿下の表情から笑みが消える。
殿下はそのまま、先ほどマリーア様の証人としていた3人の友人達にもう一度問いかけた。
「宝石店でブレスレットを選んでいたとき、露店を回っていたとき、ピクニックをしていたときのことだが、二人だけでは無かったのか?」
すると3人は、他にも何人か人が居たことを殿下に告げた。
――当たり前すぎだろう
王子妃となる私には、王家からの護衛が常に付いているのだ。それ以前の問題でもあるが、マリーア様が言うようにそんな大々的にアルベインと逢瀬を重ねていたら、今ごろ二家の侯爵家が取り潰されていたかも知れないわ。
「お揃いのブレスレットは、わたくしとアルベインのお母様にプレゼントをしたもので、サフィア侯爵様と3人で選びました。露店での買い物も友人達とみんなで一緒に見て回りましたわ。ピクニックへは、兄夫婦が一家で遊びに行くときに子供達から誘われて、この場にいるハルディンを含め幼馴染みの4人で行きましたし。このとき以外も、護衛のシャーリアン卿は常に一緒でしたわ」
殿下がマリーア様を見る瞳が揺れている。
殿下は、マリーア様の手のひらの上で踊らされていたのかも知れない。仮にそうだとしても、思慮分別に欠け、高を括って詳しく調べることもせずにこんな結果をもたらすとは……。未だ王太子となれない理由が手に取るように分かる。
私が話し終えると、隣にいるアルベインが「次は俺の番だな」小声でそう言って、肩を落としたレックウィザード殿下とそれに寄り添っているマリーア様へと向き直る。
「俺とヴィオレッタとの不貞説は解消されましたので、それとは別のことになりますが。ヴィオレッタがノートを破いたことと筆入れを壊したことについて話をさせていただくと。まずは、このことに関して彼女は何もしていません。釈明させていただきますが、それは以前マリーア様と寮室が同じである令嬢から相談を受けたことがあるからです」
その令嬢が言うには、その日入浴前に机に出されていた文具が入浴後に壊れていたらしく、マリーア様にどうしたのかと尋ねたところ彼女は元々壊れていたと言った。
しかし、手には小さな傷から血が出ていたので、その令嬢が治療しようとしたが『触らないで、何でもないわ』とマリーア様は手を引っ込めたということだ。
癇癪を起こしたかのようなマリーア様の表情と言葉に、その令嬢は彼女が両親を亡くしたことに深い傷があるのかと心配して、次の日の登校時に婚約者であるアルベインに相談しにきたのだという。
なのに、だ。
今、この場でレックウィザード殿下から告げられたのは、「ヴィオレッタが壊した」という内容だし。友人達の話では「泣いていた彼女から、そう聞いた」だ。
「明らかに可怪しいです。信じる信じないでは無く、きちんと調査をしていれば……ヴィオレッタを疑うことは無かったかと思われます」
アルベインは一度私を見ると小さく頷き話を続ける。
「今度はこちらから、言わせていただきますが。不貞をしていたのはレックウィザード殿下とマリーア様の方ですよね。第一に、マリーア様が着ているドレスについてですが、私が彼女に贈ったドレスではありません」
1年前の事になるが、卒業式のドレスを作るに当たり、王家から依頼され王家御用達の仕立て屋がターリック侯爵家へと訪れた。
アルベインからマリーア様の卒業式のドレスを仕立てる相談を受けていた私は、採寸をしに訪れた針子達に尋ねた。
『わたくしの友人も卒業式での婚約者様のドレスを仕立てるのですが、素敵なデザインのドレスを作る仕立て屋を紹介していただきたいと言われているのです……』
すると彼女達は、今からなら私の紹介として一着だけなら自分達の仕立て屋で作ってくれると言ってくれた。
しかし、だ。
学院寮まで採寸を頼むと、昨日の休日に行ってきたばかりだと彼女達は言う。
王家御用達の仕立て屋の彼女達が、だ。
まさかと思ったが、一応マリーア様の名前を出してお願いすれば、やはり昨日採寸したという令嬢は彼女だったのだ。
王家から依頼されたのではなく、レックウィザード殿下からお願いされたのだと彼女達はちょっと気不味そうに言う。
なるほど、彼女達も不思議に思っていたのだろう。
レックウィザード殿下の婚約者である私のドレスは王家から依頼され、マリーア様のドレスは殿下から依頼されたのだ。
両陛下が遣わせてくれている影がきちんと仕事をしているのが有り難い。息子の仕出かしに先手を打ったようだ。
であれば、内緒で彼女にプレゼントをしたいと針子達に話し、後日に2人分のドレスのデザイン画を持って来ていただいたのだ。
その中からアルベインが選んだドレスは、彼女の瞳の色に近い落ち着きのある黄色のドレスだ。そして、そのドレスは先日学院寮にアルベインの封書と共に贈られた。
「書面に、仕立て屋に全て任せた為にどんなドレスだか見ていない為、当日の着飾ったマリーア様を見るのを楽しみにしていると……そう書きました。が、デザインとドレスの色は私が選んだので覚えています。何故マリーア様は、レックウィザード殿下の色を纏っているのでしょうか?」
すると彼女は、今着ているドレスがアルベインから贈られたものだと言った。しかし、隣にいるレックウィザード殿下が驚きの表情でマリーア様に「私が贈ったドレスだろう。嘘をついてはいけない」と告げた。
マリーア様は、殿下を睨み見ると黙っているように伝えたが、目の前の私達や周囲の皆にはもう聞こえてしまっている。
返答の必要はない滑稽な二人のやり取りに私は苦笑いをすると、そろそろ終盤とさせていただくことにする。
「わたくしからも一つ言わせていただきますわ。最高学年になってからは、毎日のように談話室にて二人でお茶を嗜んでいらっしゃいましたわよね。生徒会室の窓から談話室は丸見えなのですが、わざと私達に見えるように一つのソファーに二人で座っていらしたのでしょうか?」
実は、私とアルベインが悪役の令息令嬢となるために、婚約者に対してやってはいけない事と考えたのは『不貞』という事だけだった。恥ずかしながら、それしか思いつかなかった。
先に、私とアルベインが不貞をしていると思わせようと考えた。
その為に、アルベインは騎士団へと入団した。貴族枠の入団は、実質己の身や家を護る為の訓練を目的とするものであり、3年くらい期間騎士団訓練場へ通って体を鍛え習得する。
私が毎日学院帰りに王宮へと通う馬車内の護衛を建前とし、彼も王城内にある訓練場へ通うため一緒の馬車に同乗していた。だからといって、馬車内で二人きりになることはない。シャーリアン卿が常に一緒に居るからだ。
そして2学年になるときに、同じ領地経営学を専攻することにした。元々、専攻したい学科が同じだっただけでもあるのだが。
最後に生徒会役員になることで、二人が共有する時間だらけにしたのだ。
生徒会役員にレックウィザード殿下も立候補すると思っていたのだが。彼はそうしなかった。生徒会室では私とアルベインの似非ラブを披露するはずだったのに残念だったと思う。
そうして、私達がたくさん一緒に居られる時間を作ることが出来た。
それと同時に進行させようとしたのが、レックウィザード殿下とマリーア様を恋仲にする作戦だった。
というのも、レックウィザード殿下にマリーア様を紹介すると、彼女は毎回のように私と殿下の学食ランチタイムのテーブルに訪れていたのが切っ掛けだ。
仲良く話す姿が見られるようになると、私は生徒会の用があるからと言い、素早く食事を終え先に席を立つようにしたのだ。
次第に忙しくて一緒に食事をする事が出来ないという日を多くする。
すると、マリーア様は上手に庇護欲を掻き立てているようで、レックウィザード殿下は彼女を蕩けるような甘い瞳で見つめるようになっていった。
作戦というよりは、勝手に二人で進展していっただけだが。
学食では人の目があるからだろう、次第に二人は生徒会室の窓から丸見えの談話室を使用するようになった。
室内に護衛の姿はない。
そりゃそうだ。
談話室の扉前の廊下で護衛達は立たされているのだ。
室内では、毎回二人きりでイチャイチャとしていて、シャーリアン卿は目に良くないですと言い、私とアルベインが覗いている後ろで呆れていたっけ。
「だ、談話室?……何事も無い。ただ、勉強を教え合っていただけだが」
「マリーア様を膝の上に乗せてですか?」
一瞬にして顔面蒼白になった殿下は、同時に私を見つめ大きく目を見開き瞳を揺らす。後に続く言葉を発することが出来ないようだ。
更に、私は続けて畳み掛ける。
「そもそも、わたくしとアルベインは恋仲ではありません。付け加えてお話しすると、殿下とマリーア様の関係にも興味ございません。きちんと調べもせずに一方的に事を進める殿下こそ、王族に相応しいとお思いですか? 婚約破棄を受け入れましたが、レックウィザード殿下の有責として改めて受け入れさせていただきますわ。殿下では、公平な判断も出来ないのでは? と思いますので、ここから先は国王陛下とのお話し合いにて決めさせていただきます」
先ほどまでの威勢のいい殿下の姿はどこへやら?
私如きの言葉に困惑の表情を浮かべながら肩を落とす殿下を憐れむ気持ちはない。
「私からもマリーア様に言わせていただきます。貴女と私の婚約も貴女の有責で婚約破棄とさせていただきます」
続けてアルベインがマリーア様にそう言うと、私は殿下に最後の一言を告げた。
「……最後にレックウィザード殿下にお伝えしますが、殿下にも私にも影が付いておりました」
この言葉で、今までの全てのことが両陛下に筒抜けであったことは言うまでもない。
レックウィザード殿下が私に婚約の解消を言い渡すまで、両陛下には私達のことは黙認していてもらっていたのだ。
だからといって、両陛下は既に彼を廃嫡する動きを見せていたのだが。さて、この後でどうなることやら――。
私は扇を閉じ、アルベインと視線が合うと二人で彼らに背を向ける。
突っ込みどころは満載だが、無事婚約破棄も二人の有責となったところで卒業式の開始の演奏が始まった。
本来であれば、婚約解消する流れで話し合いを計画していただけだったのに。
ハルディンから、もしもを考えて念の為にあらゆる証人や証拠を準備しておくと言われたが、まさにその通りとなってしまった。
ましてや卒業式の直前だというのに、良き日の思い出になるはずが、ある意味人生で忘れられない日になってしまうし。
しかし、婚約解消で終わるはずが先に冤罪を吹っ掛けてくるとは想定外で。
その為、全力回避をすることになってしまったが――。
この後で、レックウィザード殿下とマリーア様の処遇がどうなるのかを心配する義理はもうない。
――わざわざ自分達を優位にさせたかったが為に、
こんな結果になったのだから
……仕方が無いわよね。
ハルディンから深い緑色をしたエメラルドのイヤリングとネックレスを差し出されると、今まで耳とデコルテを飾っていた碧色のアクセサリーを外し、彼から差し出されたものと交換する。
私には、もう必要のない色の物だから。
しかし、家の次期執事は用意周到だわ。
まさか、アクセサリーの替えまで準備していたとは。
その後で、茶色のドレスに金と深緑色の刺繍が施されたドレスを翻し、隣にある卒業式が行われるホールの扉をくぐる。
もうすでに、大広間での婚約破棄騒動を聞いたのだろう。両陛下の顔は怒りが見え隠れしているようだ。
その後で、速やかに卒業式が行われると、両陛下とレックウィザード殿下、マリーア様は閉式のことばを聞いて直ぐに会場内から姿を消した。
ザワザワとし出した会場の扉をくぐり退場すると、ハルディンが柔らかに微笑んで手を差し出す。
彼の手の上に私がそっと手を置く。
すると彼は、優しく握ると同時に私の体を引き寄せた。
彼の胸に顔を埋めると、腕を背に回し強く抱きしめる。
「お疲れ様でした」
「うん。やっと、やっと婚約破棄出来たわ」
「そうですね。頑張りましたね」
「うん。やっと、ハルディンと婚約出来るわ」
「えぇ? 婚約ですか?」
「そうよ。離してあげないからね」
「婚約じゃ我慢できません。ずっと我慢して来たんですよ」
「じゃぁ、直ぐに結婚する」
「約束ですよ」
私とハルディンを横目にアルベインは羨ましそうな表情を浮かべる。
彼もまた、ずっと想いを寄せている女性がいる。サフィア侯爵家のメイド長の娘だ。
「いいよなぁ。同じ学年で卒業式が一緒だった奴等は……。俺もサッサと帰って結婚の約束しないとな!」
「羨ましいでしょう! アルベインも早く帰って報告してあげなさいよ」
「あぁ、花屋に寄ってプレゼントを買って帰るから先に帰るよ」
そう言って、サフィア侯爵家の侍女に求婚するのだと急いで馬車に飛び乗ったアルベインの後ろ姿を、私とハルディンは笑顔で見送った。
陰ながら頑張っていたハルディンの出番がなかったので↓↓↓ちょい足し
【SS】ハルディン
小さなときから何事にも全力で突き進むお嬢様。そんな彼女を見ていると、持って生まれたその性格がとても羨ましかった。
いつだったか、アルベイン様に言われたことがある。「ヴィオレッタがハルディンに愛称で呼ばれたいって言ってたぞ」呼べるはずがないと返す。「結婚すんだろう?」予定が無いと返す。「好きなんだろう?」分からないと返す。「俺がもらっとくか?」それは遠慮すると返す。「あいつは誰に嫁げればいいんだ?」誰にも嫁がせないと返す。
そこで、お嬢様が話しに乱入してきた。
「私が誰と手を繋いでもいいの?」「私が誰と口づけしてもいいの?」「私が誰かと子供を生んでもいいの?」嫌ですと返す。「ねっ!私が手を繋いで、口づけをして、子供を生むのはハルディンだけよ」それならいいですと返す。
そして気がついた。お嬢様の事を俺だけのものだと思っていることに。
小さなときから何事にも全力で突き進むヴィオレッタ。そんな彼女は、婚約解消を絶対成功させるから安心して私達の子供の名前を考えているようにと言う。
卒業式が終わり一緒に馬車に乗って帰る。
いつも対面に座る彼女は今は俺の隣にいる。
頑張ったご褒美が欲しいと言って、ヴィオレッタは頬を染めて瞳を閉じる。
我慢したご褒美をいただくと言って、俺はゆっくり唇を重ねる。
初めての口づけは……気がつけば侯爵家に着くまで続けてしまったようだ。
「ハルディンの全力で突き進むところが大好きよ」
ヴィオレッタはそう言って肩に寄りかかってきた。同じことを考えていたのだとフッと笑う。
出来れば続きもこのまま全力で進みたいと思うのだが、今夜は頑張ったヴィオレッタの全力回復に努めさせるつもりだ。
「愛してる」眠そうに瞼を一生懸命持ち上げているヴィオレッタにそう告げると「知っている」と微笑んで、彼女の瞳がパタリと閉じた。
★誤字脱字がございましたら
申し訳ございません。m(_ _;)m