四.反逆
漆黒の空間。巨大な渦巻き状の光り輝く銀河がゆっくりと回転している。
その前に大柄で筋肉質な男が目を輝かせて座っていた。
「岡本プロフェッサー、準備は順調か」
その後方に、栗色の髪をした色白のすらりとした氷のように冷静な眼差しの若い男が現れた。
岡本と呼ばれた男は大きく背伸びをして振り返った。
「まあ、これぐらいが妥当な線だろう。しかし、考えただけでもワクワクするな。やつらの驚く顔。さすがの岡本紬プレジデントの頭脳には到底かなわないってとこか」
岡本はニヤリとして紬を見た。そうか。紬は軽く笑みを浮かべ銀河に声を上げた。
「秋山アシスタント。状況を報告しろ」
銀河にある一つの惑星が光り、男が浮かび上がった。黒い髪と目つきの鋭い青年。
「はい。全グランマへニューロウィルスの配置が完了しました。クリエイターたちには気づかれていません。いつでもワームゲートへの侵入は可能です」
銀河全域に数百もの赤い点が浮かび上がった。銀河中央に向けて放射線状に線が伸びている。秋山が続けた。
「現在の中央政府の平均ソウル容力は二十ギガジュエル。近々、数か所から魂の搬入を予定しているため、一時的に容力が百二十ギガジェルに達します。そのタイミングで銀河中の全ワームゲートから中央に向けてランダムにアクセスを発生。最大容力をオーバーさせ、過容力トリップで数ミリシーク機能停止状態に落とします」
赤い点からエネルギーのような塊が断続的に送出され、銀河の中央が膨れ上がった。
「このタイミングで配備したニューロウィルスを一斉送信。量子バリアを回避して、システムに侵入し、ステルス・ゲートを配備。ディープスリープ状態に移行してガードシステムを無効化させます」
銀河の中心が真っ赤に染まりあがったが、すぐに何も無かったかのように元の姿に戻った。その様子に紬はうなずいた。岡本は手を挙げて満足そうに声をあげた。
「さすが秋山アシスタント。しかし、中央政府もずさんだな。無停止ソウル容力装置もないとは。よっぽど人で不足と見える。たしか、たった六人で回しているとか。まあ、無能なやつらには中央は任せてられねえな」
岡本は首をすくめて大笑いした。紬は厳しい顔をした。
「まだ油断はできない。ここからが正念場だ。気を緩めるな」
「そりゃそうだ」
岡本は真剣な顔をして袖をただした。紬は顎に手をかけて考えこんだ。
(確かに中央政府は穴が多い。システムとしてはあまりにも脆弱。しかし、妙な噂を聞いている。新しいマスターの出現。銀色の髪をした青い瞳の少年と聞く。今回、銀河内のすべてのゲートを掌握できた。数パーセントは不可能と想定していたのだがあまりにも出来すぎている。もしかして……)
黙り込む紬に岡本と秋山は心配そうに息を飲んだ。
*
(いつみても美しい……)
トリノは宇宙空間に浮かんでいた。銀色の髪、青い瞳。少年の姿にもかかわらず大人びた表情。
前方の天の川銀河をぼんやりと眺めた。ゆっくりと渦巻きながら動く無数の輝く星々。その向かう中央は、ブラックホールの強力な重力場で破壊された星々のエネルギーでまぶしい光を放っている。トリノは銀河の中央に近づいた。光の中央にぽつんと浮かぶ小さな黒点。一度入れば二度と出れない底なしの穴。平行世界へつながるゲート。ためらいもなく飛び込んだユージさんの後姿が思い浮かんだ。
~
「何か私にできることはないでしょうか? どんなことでも、どんなところにでも行きます。お願いします」
アースとグランマに平和が訪れてから、程なくして突然に彼は私の前に現れた。
「地球に未練はありません」
そう語る彼に驚いた。グランマの新しい管理者が裏で手を引いているようだった。アースの状況は前から気にはなっていた。達也の記憶の消失。彼にとってはつかの間のハッピーエンド。
ちょうど当時は、シンの他力本願の後処理で手がいっぱいだった。そして平行世界。進捗の確認が必要だった。そろそろ候補を絞らないといけない。このことは他の仲間には秘密にしていた。もしかして、彼は適任かもしれない。私は業務を一部委任することにした。
「ユージさん、私もあなたのような優秀な人材が来てくれることは大歓迎です。お言葉に甘えて仕事をお願いさせてもらいます。今から話すことは超極秘事項です。他の仲間たちは知りません。くれぐれも内密にお願いします。大丈夫。あなたなら必ず成功します」
私の話に彼は食い入るように耳を傾けていた。普段の冷静な彼とは思えない、すべてを失ったその悲痛な状況に私は深く同情した。
「ある世界の状況を調査して報告をしてほしい。その世界は地球によく似た、しかし別の世界です。平行世界という言葉を知っていると思います。あの概念に近いですが、本質的には異なります。暗黒物質によるこの世界とは独立した、しかし同じ条件化で作成された世界。
さすが、もう理解されたようですね。これは宇宙の理です。精錬した魂を効率よく生成する為の生存競争。もし、片方のアースの状況か芳しくない場合、残念ですが運用を中止してその魂を開放する必要があります」
私の話す内容に呆然とする彼の顔を思い出した。
「なぜ……到底承諾できない」
彼は声を震わせて憤っていた。私は彼がそう反応することはわかっていた。
「この宇宙には絶対は無い。もし君が両方のアースを救う方法を見つけたのであれば、それが次の理になるかもしれませんね」
それがかけられる精一杯の言葉だった。そして、漆黒のブラックホール。
「いってきます」
小さくつぶやいて飛び込んだユージさんの後姿を複雑な思いで見守った。自暴自棄になった彼を利用した、そう思われても仕方がなかった。だが、私は懸けてみたかった。アースの理を変えた彼であれば、きっとこの宇宙の理も変えてくれると。
~
(あれからアース歴で十八年が経過した。彼からの連絡は未だない。おそらく二つのアースのずれを解消するために、必死に奔走しているのだろう。それも予測済みだった。彼ですら解消できないのであれば、第二のアースに生きる理由はない。そして……)
トリノはブラックホールから離れ、再び銀河を見渡せる場所に戻った。不穏な動きを感じた。第三のアース。三人兄弟の長兄。彼の管理するアースは驚異的な発展を遂げていた。次男の慎重さと三男の大胆さ、そして時に非情な判断も行える冷静さ、長兄はすべてを兼ね備え、そのアースの魂もそれを受け継いでいた。