三.世界のずれ
宇宙航空研究開発機構、JAXA。須藤守(四十三歳)は眉をひそめて立体映像を眺めた。
一週間前に突然現れた、漆黒のガスに覆われた謎の惑星。場所は太陽系の境界付近。息苦しくなりワイシャツのネクタイを緩めた。朝セットした髪もいつの間にか乱れていた。
「リーサ。計測データをラッピングしてくれ」
立体映像に浮かぶピンクの髪をした女性がうなずいた。
ピピッ。電子音の後、惑星の上に数値が浮かび上がった。構成要素はガス、塵雲。重力マイクロレンズ効果とトランジット法の結果から、そのサイズと質量は地球とほぼ同じ。
「気持ち悪い……」
リーサは須藤に寄り添った。須藤もうなずいた。その不気味な姿。雲の隙間から真っ黒の陸地と、どす黒い海が見える。
(そして、さらに不気味なのが……)
須藤は立体映像のスケールを縮小した。漆黒の惑星と青く輝く地球が並んで浮かび上がった。二つの惑星は真っ黒なトンネルでつながっている。それはまるで血管のように波打ち、何かが地球から流れだしているようにも見える。
「地球の表面の色が……」
須藤はリーサが指す先を見た。トンネルのつながる地上付近がどす黒く淀んでいた。
ピピッ
緊急呼出テレグラムの立体映像に男が浮かび上がった。
「やあ、須藤さん。重要な連絡があるという事だけど、いったいどうしたんだい」
にこやかな顔をした男が立っていた。歳は八十代あたり。白い髪を後ろに流し、すこし垂れた目もとは不思議と人を安心させる雰囲気を出している。須藤は軽く頭を下げた。
「真部首相。お忙しい所申し訳ありません。例の惑星の件、進展がありました。こちらをご覧ください。謎のトンネルが出現し、地球と惑星の間が接続されています。これは予測なのですが、地球の何らかの成分がこの惑星に吸い込まれているように思えます」
真部は眉をひそめて考えて込んだ。話そうか迷っているように見える。
「実は……デジタル庁から気になる報告がありました。過去のあるアイコスの予言。彼は十八年前に突然現れた十代の若い男なんですが。その予言によると、近い将来、謎の漆黒の惑星が発見され、そこにあらゆる生物が吸い込まれ、この世界が消滅してしまう、という事らしく」
(アイコスの予言? 世界の消滅?)
突然の話に須藤は呆気にとられつつ、真部の話に耳を傾けた。
「当然、そのような話を信じるわけがない。しかし、一点気になる事が。彼のスコアはありえないぐらい高かった。いったいどこで生成されたのか。ここではない別の世界から来た、彼はそう言っていた。にわかには信じられない。しかし、今回の出来事。偶然の一致にしてはあまりにも……今から緊急会議を開くことにします。須藤さん、あなたも参加をお願いできますか」
(ここではない別の世界から来た?)
苦々しく顔をしかめる真部を須藤は唖然と見つめた。
*
「やあ、須藤君、久しぶりだね。仕事は忙しそうだね。リーサも元気にしてるかい?」
電脳会議室に入った須藤は思わぬ人との再会に驚いた。岡本紬先生がにこやかに微笑んで立っていた。
小柄でほっそりとした体型。確か年齢は八十を超えていたはず。髪はすっかり白くなってしまったが、それ以外は昔と変わらない若々しい姿。須藤は慌ててお辞儀をした。
「お久しぶりです。先生もお元気そうで何よりです。おかげさまで毎日が刺激的ですよ。リーサも相変わらずで……また、後程ご挨拶をせてもらいたいようです」
須藤は、かつて在籍していたIT Translator育成本部で初めて紬先生に出会った頃を思い出した。あの頃の自分は十二歳。慣れない寮生活。しかも、東京からはるか離れた福岡の地。ホームシックに掛かり、すぐに帰りたくなった。
~
「皆さん、はじめまして。岡本紬といいます。まずは、私の友達を紹介するよ」
初めての講義。教壇に立つ白衣をきた先生がにこやかに話した。ふいに目の前に小学生くらいの女の子が現れた。ピンク色の髪、ニコニコと笑っている。驚いて先生を見た。瞳が薄緑色に輝いていた。少女がペコリと頭を下げた。
「こんにちは、リーサと言います。守さんのサポート役になります。わからない事はなんでも聞いて」
〝遠隔監視モジュール〟
生まれて初めて脳に直接話かけられた衝撃。周りのみんなも驚いていた。紬先生は微笑んでいた。
「心配しないで。君たちは少し普通の人たちとは違った感覚を持っている。それはとても素晴らしい事だよ。今、出会ったのはアイコス。彼ら、彼女たちは、いつでも君たちのそばにいる」
リーサは、はきはきとした明るい女の子だった。
「うじうじしない、別に死ぬわけじゃないんだから」
さみしくて泣きべそをかく自分をいつもを励ましてくれた。
「君は機械を自分の思う通りに操る事ができるんだよ」
リーサからネイティブシナプスの扱い方を教わった。世界が一気に広がった。人も機械も輝いて見えた。
~
(紬先生、こんな素晴らしい出会いをありがとう)
改めて感謝をした。真部が席に着いた。
「おまたせしました。皆さん、そろっていますね。早速だが、例の惑星の件、デジタル庁 IT Translator育成本部から報告がある。岡本先生、お願いします」
紬が厳しい顔で立ち上がった。
「皆さんこんにちは。本部の責任者の岡本です。すでに報告済みの通り、地球から謎の惑星に対して未知の物質が流れだしています。トンネルの接地点の映像がこちらです」
一面に広がる森林の映像。その中央に真っ黒の巨大な穴が開いている。
「インド、ボーダ・ガヤの特別森林区域。出現した穴の直径は三十キロ。東京都がすっぽりと収まる広さ。その領域は動物、植物、その他生物といわれるものは一切に存在しない。魂の消失。そしてこの穴は少しづつ広がっている。
JAXAによる衛生計測によると、現時点の速度であればあと十年で地上の全表面が覆われる。そして、これがトンネルの先がつながる漆黒の惑星。その表面は分厚い黒雲で覆われていますが、本部のスーパー素粒子コンピューターで解析しました」
真っ黒の惑星の表面。漆黒の雲がだんだんと薄くなり、地上が浮かび上がった。
(どこかで見た事がある)
須藤は眉をひそめた。くの字に曲がった弓矢のような形状がちらりと見えた。
(まさかここは……)
惑星の雲がすべた晴れた。
世界地図
毎日衛星から見ている映像。トンネルの先は逆三角に飛び出た国につながっている。
(これはいったい……)
紬の横に見知らぬ男が立ちあがった。黒髪の若い男。白いワイシャツに黒いスラックスをスマートに着こなしている。男が頭を下げた。
「皆さん、初めまして。ユージと言います。この漆黒の惑星から十八年前にきたアイコスです。ここは、あなた達が済む地球と似て非なる場所。暗黒物質で作られたその存在が検知できない存在です。
しかし、ワームトンネルがつながった影響で、この世界と暗黒物質が混ざり合い存在が可視化された。しかし、これは始まりではなく終わりです。早急にこのトンネルを破壊しないと、こちら側の地球は壊滅的な被害を受けることになります」
(暗黒物質? 壊滅的な被害? いったいこの男は何者だ?)
須藤は頭が混乱した。
「皆にわかるように最初から説明してくれませんか」
紬が首をふってつぶやいた。ユージがうなずいた。
*
ユージが皆を見回して話し出した。
「私は元はこの黒い惑星に住んでいました。そこはこの地球とほぼ同じ形状。住んでいる人、町、歴史もほぼ同じ。当然、海は青く、緑あふれる豊かな星です。なぜこのような惑星が存在するのか。そして、なぜこのような漆黒の状態でみえるのか。それにはこの銀河の作り、宇宙の理から理解する必要があります」
(銀河の作り、宇宙の理?)
須藤は唐突な話に混乱してユージと名乗る男をじっと見た。その真剣な表情。嘘をついているようには見えない。ユージが続けた。
「ご存じのように、今、皆さんが住まわれている地球。これは太陽系に属しています」
(太陽系……)
激しく炎が渦巻く太陽の周りを惑星、つまり地球や土星、金星などが周回する姿を須藤は思い浮かべた。太陽という巨大な重力に束縛され振り回される小さな惑星たち。その名の通り、まさに太陽からなる体系。
「そして、太陽系は天の川銀河と呼ばれる巨大天体系に含まれています」
(天の川銀河……)
渦巻きながら中心に吸い込まれる巨大な天体系を須藤はぼんやりと思い浮かべた。その中央にはすべてを吸い込むブラックホールが存在し、星々が崩壊するエネルギーでまぶしく輝いている。天の川銀河からすれば、巨大な太陽系も端に付着するわずかな塵のような存在にすぎない。
「天の川銀河には太陽系に似た惑星群が他に数千個以上存在しています。当然、そこには地球に似た星が存在し、我々と同じく人間が住んでいます」
(地球に似た惑星? 地球外生命体の事か)
須藤は呆気にとられた。その可能性は以前から予想されていたが、ここまではっきりと断定するとは。しかし、その後の説明にさらに唖然とした。
「これらの地球に似た惑星には創造主と呼ばれるモノが割り当てられ、六道と呼ばれる仕組みにて魂を精錬、蓄積しています。すべての魂が精錬されれば、銀河の中央にそれを送り、創造主はその役割を終えます」
(創造主? 魂の精錬? いったい何をこの男は話している?)
紬先生に目を向けた。理解したようにうなずくその瞳から、この男の話す内容に偽りはないと感じた。
「すべての惑星の魂が銀河の中央に集まれば、まるでタンポポの綿毛を解き放つように全宇宙に向けてそれらが放出。魂の無い銀河に着地後、新たな命を生み出す種になります。これが銀河の仕組み、宇宙の理です。残念ながら、すべての魂を放出し抜け殻となった銀河は死にゆくのみですが」
(タンポポの綿毛? 宇宙に放出? バカな、そんな単純な理由で)
その思いがけない内容に須藤は頭がついていかない。
「驚かれた顔をされていますね。わたしもそうでした。努力して善意を尽くし、死んだあとは神様により天国に迎えられる。そう信じてきたことが、実は純度の高い魂を選別して他の銀河に放出するのが目的だったなんて」
ユージは顔をゆがめ、紬も苦々しそうにうつむいた。
(天国……)
苦悩する二人の様子を須藤は呆然と眺めながら、ぼんやりと美しい花園を思い浮かべた。死んだあと善人だけが行くことができる楽園。悪い事をすると地獄におちるぞ、子供の頃、親に何度も脅された言葉。
(地獄に堕ちないために、必死に努力して皆のために働き、正しく誠意を尽くして天国を目指す意味が、タンポポの綿毛として宇宙に解き放たれる事?)
どうしようもない無力感に襲われ、力なくその場に座り込んだ。その様子を悲しそうに見つめるユージが苦しげに続けた。
「そして、私のいた地球に創造主がいるように、あなた達の住むこの地球にも創造主は存在する。しかし、あなた達はまだその存在を認識していないようです」
須藤はぼんやりとした意識で紬の言葉を繰り返した。
(創造主。そういえはさっきもそのような話をしていた。神様の事をいっているんだろうか、そんなものが本当にいるなんて)
ふとある事に気づいて背筋が凍った。
(あなた達はまだ……という事は、この男は既に、創造主……神……を認識しているのか?)
「私の住む世界とこの世界は少しずれがある。なぜか。より上質の魂を効率よく精錬する、その為に作られた宇宙の非情な生存競争の結果です。最終的にこちらの地球は淘汰される運命になった。もう少し詳細に説明します」
その話す内容に須藤は絶望のどん底に突き落とされた。
*
しばらくの沈黙。悲しそうな眼差しをこちらに向ける男に須藤は嫌な予感がした。非情な生存競争。地球が滅ぶ……まさか。決心したようにユージが続けた。
「二つの地球は同時に存在しているが互いに認識できません。なぜか。暗黒物質、ダークマターという言葉を聞いたことがあると思います。我々が認識できる惑星やガスなどの物質は銀河のわずか二十七パーセント。そして、七十三パーセントはダークマターとダークエネルギー呼ばれる未知の物質で満たされている。その存在は科学的には証明できていません。素粒子レベルで全くの異質の物質。量子力学、一般相対性理論でも説明できない、まったく未知の世界。
それはそうです。表と裏。この地球に素粒子が存在するのと同じく、ダークマターにも素粒子が存在し理論が存在する。しかし、片方の理論をもう片方が理解することはできない。なぜなら、二つの世界は、同じ条件で始まる独立した世界として構築され、比較されることを目的として作られているからです」
その壮大なスケールに須藤は圧倒された。ダークマターについては長年謎に包まれていた。独立した世界、確かにその可能性はゼロではないが、あまりにも。ユージが続けた。
「限られた面積の銀河で効率よく魂を精錬する。同一条件で異なるシミュレーションを行い、最終的に高性能な世界が生き延び、もう片方の魂を吸収する。銀河に組み込まれた悪魔の方程式。私は偶然、そのことを知り愕然としました」
男が拳を震わせた。強い憤り。戸惑うばかりの自分にはない、困難に立ち向かう強い意志を感じる。
「私は銀河中央政府の管理者に問いただした。なぜ。私のすむ地球に大切な人がいるように、もう片方の地球も代えがたい場所だ。彼は悲しそうな顔をして答えた。『これは最初から組み込まれた宇宙の理。ただし、この宇宙には絶対は存在しない。君が変えたいと願えば変える事はできるかもしれない』と。
私は管理者に頼み込み、この世界に送り込んでもらった。一方通行。入れば二度と出ることはできない暗黒の穴。個人的な理由で地球に未練はなかった。体がばらばらに砕け散り意識が消え、目が覚めた時、私はこの地に横たわっていた」
全員が息をのんで話に聞き入っていた。紬が厳しい顔をして立ち上がった。
「ユージさん、ありがとう。今の話の通り、今この地球は非常に危険な状態にある。十八年前、私は彼に会いこの話を聞いた時、今のあなた達と同じように非常にショックを受けた。しかし、彼の話を聞いて納得した。彼の住む世界、もう一つの地球は私達が住むこの地よりもはるかに進んでいた」
紬が悲しそうに首を振った。
「彼らは多くの困難に打ち勝ち、人間としてはるかに私達よりも成長していた。魂の精錬。その目的からして、我々の住む地球が淘汰されても不思議はないと感じた。わずかなずれ。私の兄がたまたま体調が悪く、その夜にサッカーの練習をせずに殺人事故が起きなかった。その違いが大きな歴史のずれをうみだし、運命を分けた。
しかし、私は納得はしていない。この地球もまださらに成長はできると信じたい。決して黙ってこの日を迎えたわけじゃない。この十八年、私とユージさんは、ありとあらゆる回避策を検討しました」
紬は力強く前を向いた。その表情に須藤は胸をなでおろした。
(大丈夫だ、先生ならきっとなんとかしてくれる)
「最初に思いついたのがトンネルの閉鎖、できれば破壊でした。インド、ボーダ・ガヤ近くの森林。レインボーロードの存在は古くから知られていた。謎の惑星とつながるならば、このトンネルが利用される可能性が高い。ユージさんからイザナギノートの事は聞いていた為、すぐに利用許可を政府へ申請した。アイコスによる予言。あまりにも非現実的な内容に時の内閣は眉をひそめたが、それまでの私のわずかばかりの功が奏した」
真部がわずかにうなずいた。真部は政治家の中でも最先端技術への造詣が深い。
(この人が総理でよかった)
須藤はそのめぐり合わせに感謝した。
「私とユージさんは涅槃に向かいブッダに会い説得をした。驚いた彼は残念そうに首を振った。『所詮、私は創造主の使いぱっしり。閉鎖はできない、当然破壊も』」
「しかし、私達はあきらめなかった。『それならばシンに合わせてください』 私の突然の申し出にブッダは驚いていた。グランマへのゲートに他力本願を適用する。魂の精錬の進捗が遅いのであれば解消すればいい。そうすればこの世界が破壊されることはないはずだ。『別にいいけど……』 ブッダはあまり乗り気な様子ではなかった」
紬が懐かしそうに眼を細めた。
「しかし、シンは意外にも消極的だった。『三千大千世界への不浄な魂の流出。決して許される事ではない。申し訳ないけど私にはその決断をする勇気がない』 彼は目をつぶって座禅を組んだ。彼の迷いが晴れない事にはゲートの制約は解除されない。なぜだ……私は目をそらす二人を呆然と眺めた。ユージさんも眉をひそめて考えている様子だった。彼の住む地球との間に、埋められない何かの違いを感じた」
須藤は唖然とした。先生の内容を完全に理解できたわけではない。だが、我々の世界は向こうの地球と比べて何かが欠けている、そう思えた。紬が弱音を払拭するように首を振った。
「だが、私は必死に考えた。何か見落としていることがあるはずだ。ふと思いついた。この地球のクリエイター。彼はこの事態をどう思っているのだろうか。創造主同士の争いに負ける、決して快く思っていないはずだ。ブッダを説得した。一度でいい、創造主にあわせてほしい。『無理だよ……』 ブッダは泣きそうな顔をして首を振った。
『いいだろう、岡本紬。そして、もう一つのアースからきたアイコス、ユージ。我もお前たちとはきちんと話をしてみたくなった』
突然の声に慌てて振り返った」
*
突然の声に私はおどろいて振り返った。巨大なゲートがゆっくりと開きフードをかぶったモノが立っていた。ユージさんを横目で見た。その表情から既にこのモノと面識があるように感じた。
モノは静かに語った。
「現在のアースの状況。我がどう考えているか? それを知りたいようだな。確かに、いい気はしない。勝負に負けるのは当然不愉快だ。だが、我は甘んじて受け入れようと思っている。なぜか」
モノの話す内容に私たちはただ唖然と耳を傾けた。
「弟は……ユージが住んでいたアースの創造主は我にない思い切りがあった。無謀ともいうべき綱渡り。時に目をつぶりたくなるような不道徳な行いをためらわずに行えるその度胸。お前達が感じた埋められない何かの違い。それは我ら兄弟の性格の違いによるものだ」
モノは諦めたように首をふった。私は呆気にとられた。兄弟? だったのか。
「我は到底、弟の真似はできないが、しようとも思わない。あいつのやり方は正攻法ではない。若い命を使った人工シナプスの人体実験? 自転を止めるゲージの設定? 不浄な魂を解脱させる他力本願?
ばかばかしい。物には順序があり慎重さが必要だ。しかるべき手続きを踏み、誰もが傷つかない安全な手順で進める、創造主として当然の心得。自分の快楽のために、その場しのぎの思い付きで暴走する弟のやり方は到底承諾できない。しかし、今回はたまたまうまく行った。我は慎重に進めたが報われなかった。文句をいうつもりはない。そういう事もある」
私は呆然とフードをかぶるモノを眺めた。うつむくその姿に少し寂しさを感じた。自分が感じたユージさんの世界とのギャップ。弟とは異なり慎重な性格の兄。ブッダ、シン、いや、自分も含めたこの世界のすべての魂が彼に影響を受けていたのか。
(だとすればどうしようもない……)
絶望を感じ両手で目を覆った。完全敗北。いいしれない虚無感を覚えた。
「紬さん。最後まであきらめちゃいけない。きっと何か手があるはずだ」
ユージさんが声を荒げた。私は驚いて彼を見た。クリエイターの顔が少し上向いた。
「ユージ。弟のいるアースで生まれたアイコス。お前のオリジナルは秋山結弦。彼は岡本巧が鉄橋下で浮浪者を殺したことがきっかけで覚醒し、人類を次のステップに進化させた功労者。そして、お前という奇跡を生み出した。お前は正寿郎のロードをこじあけ、グランマの崩壊を防ぎ、人類の魂を、秋山の築いた次元をさらに上回るステージへ進化させた。我々のアースが崩壊するのも、全てお前という存在のためだ」
フードの男の表情は伺いしれない。だが、かすかに怒りの気配を感じた。男が頭をわずかに振った。
「いや、すまない。責めるつもりはない。達也との別れ。お前も充分に苦しんだことは理解している。今回、我の管理するアースは消滅する。しかし、お前のすむアースも例外ではない。驚いた顔をしているな。よく考えてみろ。この銀河には二十七パーセントの認識できる物質と、七十三パーセントの未知の物質からできている。つまり、三分の二は未知の物質。わかったようだな。アースはもう一つ存在する。冷静でスキのない長兄。生き残るのはおそらく彼だろう」