十四.エピローグ
イーストエンドの山頂。ユージからのアクセスに岡本が立ち上がった。
(やっとか、またせやがって)
目の前に置かれた黒石を力いっぱい殴って粉砕した。
ゴゴゴ……
わずかに山頂が揺れ、周囲が薄暗くなった。岡本は慌てて見回し、ふと宙に違和感を感じて見上げた。ふわふわした白い塊。無数のゴーストによって見渡す視界が全て埋め尽くすされていた。
*
ユージは目をつむって祈った。
(銀河の魂たち。少しの間、その力を使わせてもらいます)
不意にユージの隣に人物が現れた。さっぱりとした黒髪、白いシャツと黒いスラックスをスマートに着ている。ニコリとほほ笑むとアースに向かって飛び立った。バババ……瞬く間に数百、数千ものユージが現れてはアースに飛び立った。宙を駆く薄緑色の流星たち。巨大な輝く帯の架け橋でユージとアースがつながった。
〝さあ、皆で力を合わせて〟
帯は次第にアースに吸い込まれ、薄緑色のオーラで地球全体が優しく包まれた。
*
(アースの状態はどうなっている)
アダムにアクセスし、その映す地球を見守っていた岡本は突然の変化に困惑した。薄緑色のオーラで突然覆われたアース。全く見えない地表。今一体どこまで復元されているのか。クリエイターを見た。いつになく厳しい表情。
〝生きろ〟
ユージに託した彼の思い。その願いは俺、いや、俺たちのアース全員の願い。今までどんな試練も乗り越えてここまで来た。そして、それはこれからも同じ。俺はあいつを信じる。必ずこの困難を乗り越えてくれる。
(ん……?)
アースを覆うオーラが弱まった気がして、岡本は目を凝らした。徐々に色が薄まり、地表がうっすらと姿を現した。美しく広がる紺碧の海、絹のような白い雲、生命に満ちた緑の大地。その美しさに岡本は息を飲んだ。ゆっくりと回転する大地が太陽の影に差し掛かり、地表は次第に闇に包まれた。大陸の輪郭が都市の灯りによって浮かびあがり、幾万の光の粒が輝く星々のように地表にあふれていた。静寂の中で息づく人々の力強い鼓動。ついに人類は偉大なるその英知に到達した、岡本は感動で心が震えた。
(ついに、ここまで来た。だが……)
岡本は意識を集中してユージからのアクセスを待った。あいつは今どうなっている。成功したのか。だが何も連絡がないのはおかしい。
「彼は今は気を失っている。2079年。アースは完璧に復元した。銀河の魂も。まったく大した男だ」
岡本は眉をひそめた。次男か? だがやけに大人びている。あっと声を上げた。アダムに男が映った。長兄。鋭く、だがどこか暖かな眼差しでユージを抱えた紬が立っていた。
*
「なんだと!!」
突然にタカハシが大きく声を荒げた。
「銀河の灯が消えた? ダークソウルの住人か? なんてこった、もう終わりだ」
絶望の表情を浮かべてタカハシはその場に座り込んだ。
(消えた? どういうことだ?)
唖然とした岡本はふとアースの異変に気付いた。わずかにその光が弱まったような。
「彼らの侵入を許してしまった。すべては私の責任です」
銀色の髪をした青い瞳の少年が険しい表情でアダムに立っていた。
*
岡本はアダムに映る天の川銀河を唖然と見つめた。その中央、全てを飲み込み光り輝く銀河のコアが薄暗くかすんでいる。トリノが険しい表情で続けた。
「ダークソウルの侵入。まさか彼らの力がこれ程に強大だったとは」
(ダークソウル?)
岡本はクリエイターを見た。唖然とした表情。彼すらも予想外の出来事。ダークソウルとは何だ。
「ダークソウルは邪悪に精錬された魂からなる銀河の住人。我々のホワイトソウルの対抗。その力は強大で、ひとたび侵入をゆるせば瞬く間に銀歯全域が闇に染め上がり、もとに戻すことは不可能。シンの他力本願により銀河に点在した未精錬の魂が侵入経路になる危険性があった。全て対処したつもりがわずかに穴があったようです」
苦々しくうつむくトリノを皆が唖然と見た。トリノが青白い顔で続けた。
「これはもう試練ではない。ただ一方的に殴られ蹂躙され殺される、ただの残虐な破壊行為。私は無力だ。せっかくユージさんがこの銀河をすくってくれたというのに……」
ガガガ……
気味の悪い音がして全員が一斉にアダムが映す銀河を見た。漆黒のブラックホール。口のような形をした穴が開いた。
「イゴゴチノ、ワルイ、シロ。スベテヲ、クロデ、サイセイ、スル」
穴からぼんやりとした黒い影が流れ出してきた。その場の全員がただ呆然とその侵入をみつめる以外なかった。
「まだだ……」
力強い声。岡本が目を向けるとユージがふらふらになりながら立ち上がっていた。
「あきらめちゃいけない。アカシックレコードによりブラックホールの変動を逆行する。拡散した黒を除去する方法はそれしかない!!」
ユージの体が再び薄緑色のオーラに包まれた。
ガ、ギギギ……
ブラックホールの穴の広がりが止まった。まるで時間が逆再生されるようにその穴が縮小し、溢れ出た黒い影がその中に戻って行く。岡本はその様子に唖然とし、ユージを見て目を疑った。薄く透き通るような体。その生命が、魂が消失しようとしている。だめだ、それ以上は。
ガガガ、ググ、ギギギィィィィ
断末魔のような叫び。影が全て消えうせホールが閉じた。
(やったか)
ガガガ
再びホールが開きだした。なぜだ、あわってユージを見た。その姿が消えうせていた。
*
ガガガ
ブラックホールに現れた不気味な口が少しづつ開きだした。その隙間からは漆黒のガスが大量に漏れ出ている。
「コンドハ、ゼンリョクデ、ホウシュツ、スル」
その言葉が終わる刹那、穴から大量の霧が全方位に噴出され、銀河全域が漆黒の闇に染まりあがった。
(馬鹿な……)
唖然としていた岡本は自分の腕が黒く変色しているのに気づいた。これはいったい。
(オマエハ、キエテ、シマエ)
頭に声が響いた。何かが自分に侵入した。絶望と恐怖と、怒りと、憎しみの感情が沸き上がった。ダークソウルの住人。銀河は彼らに征服されるのか。意識が徐々に薄くなった。
「そろそろ僕の出番かな」
呆然とたたずんでいたトリノの後ろから、突然に大柄な男が現れた。ニコニコと微笑みながら貼り出たお腹をさするその姿にトリノは呆気にとられた。
「ミューオン、どうして君がここに?」
「量子バリアにまもられているとは言え、ここもそろそろ危ない。でも大丈夫、僕が来たからには安心して」
トリノは唖然とその姿を見つめた。
(大丈夫だって? ダークソウルの侵入を許してしまった。一度染まった黒は白には二度と戻らない。一体彼は何をするつもりだ?)
戸惑うトリノにミューオンはにっこりと笑って答えた。
「六道衆にはそれぞれ役割がある。最年長のエレックは皆をまとめる役割、朗らかなパートンは物事をスムーズに進める役割、力強いチャームは強力な敵を片づける役割、賢いメーソンは不思議な力を使う役割、そして君はマスターとして皆を導く役割。じゃあ僕の役割はなんだと思う?」
突然の質問にトリノは呆気にとられた。いつも機嫌よく大笑いをしている彼。話す話題はディナーやスイーツの事ばかり。大きな体を揺らして歩く彼は確かに不思議な存在だった。
「僕の体の中にはこの銀河のバックアップが多世代管理されている。今からダークソウルが侵入するより少し前に復元します。例外としてマスター、あなただけは今の状態のままとします。次はこうならないように対処をお願いします。バックアップ間隔はアース歴で五十年間程。少し戻りすぎてしまいますが、そこは致し方ないでしょう」
トリノは呆気に取られてミューオンを眺めた。まさか彼にそんな役割があったなんて。
「このやり方は最終手段。最後まで様子を見ていましたが、こうなっては仕方ありません。大丈夫。きれいさっぱり元の状態にもどりますよ」
大きく開けたミューオンの口の中に、キラキラと美しく輝く天の川銀河が浮かび上がった。
*
ユージは漆黒の空間を緩やかに流れていた。
(ここはどこだ……)
わずかに見えるガスと塵。それらは次第に収縮し赤い灼熱の球体が生成された。周囲の物質がその重力場に引き寄せられ、渦巻きながら円盤を形成していく。
(これは銀河の誕生か)
ユージは呆然とその様子を眺めた。ふと隣に誰かの意識を感じた。達也だった。
「ユージ、お疲れだったね。アースの再生、やっぱ君はすごいね」
ユージはまどろむ意識の中でぼんやりと達也を眺めた。
「ダークソウルの侵入は想定外。対応できなかったとしても、君の責任じゃない。でも安心して、トリノさん達が元の銀河の状態に戻してくれている」
ユージは前に広がる円盤状の星々をうつろに眺めた。キラキラと輝く星々が渦巻きながら、その中央にたたずむ巨大なブラックホールに吸い込まれている。美しいその姿に引き込まれた。達也が嬉しそうに続けた。
「それにしても長い旅だったね。君と出会って、あの真実の歴史を暴くストーリを作って。秋山さん、紀香プロフェッサー、岡本プロフェッサー、アイコスJr、あきら君……多くの出会いと別れ」
ユージは視界がかすむのを必死に抑えた。少しでもその姿を目に焼き付けておきたかった。
「でも僕たちはまた再開できる。これから何十回、何百回、何千回。その歴史が幾たびと繰り返されたとしても僕は必ず君を選ぶ。だから信じて待ってて」
達也がいつものように笑った。
(タッキー……)
ユージは溢れる涙を浮かべて手を伸ばした。達也はその手を力強く握りしめ、二人は銀河に吸い込まれていった。
*
岡本巧(三十七歳)は唖然とモニターの前に座ってその表示された内容を見つめていた。
〝想定外のエラー エラーコード:120132〟
2022年 MegaSource。顧客からのトラブル対応のために遠隔室に呼び出された岡本は、その示す内容が理解できず、青白い顔で固まっていた。
「岡本さん、早くしてください。あと十五分しかありません。このままだと十億の損害が発生してしまいます!!」
席の後ろから冬木彩(二十五歳)が顔を真っ青にして叫んだ。岡本は額から流れ落ちる不快な汗を拭った。
(なんとかしろったて、俺は単なるカスタマーサポートの人間だぞ。こんなシステムトラブルなんてどうしろってんだ)
ふと部屋の入り口でにやにやと笑う男に気づいた。
(あれは杉本次長。まさか、おれは嵌められたのか……)
〝Deadシステム〟
開発者は退職し、社内でサポートできる体制が整っていない死に案件。ひとたび不具合が発生すれば億単位の被害がでる。俺みたいな無能な社員にすべての責任を押し付けて、全てを無かった事にするという噂。杉本次長が指揮を執っていると聞いたことがある。
「岡本さん、ちょっといいですか」
不意に見知らぬ男が後ろから割り込んできた。
「なんだ、秋山。突然に」
岡本は思わず声を上げたが首をひねった。
(秋山……こいつの名前か? なぜ俺はそれをしっている? それにこいつもなぜ俺の名を)
男も口をぽかんと開けてこちらを見ている。
デジャブー
どこかで見た事がある風景。気を取り直したように男が続けた。
「えっと……席をあけてもらっていいですか」
戸惑う岡本を押しのけて男は席に座ってパソコンのモニターをじっと見つめた。岡本は困惑した。
(なんだこいつ、突然に。じっとモニターを見つめて。時間がないってのに)
ふとその顔に違和感を感じた。瞳の色。薄緑色に輝いている?
ブーン
足元のサーバーが唸った。男はキーボードには指一つ触れていない。かすかに眩暈を感じて岡本は首を振った。
「ああ、そういう事ですね。まったく杉本次長も人が悪い。でも安心して下さい。すぐに終わりますね」
微笑む男の瞳が眩いばかりの薄緑色で覆われた。
~End~




