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十三.復元

 ユージは宇宙空間に漂い、前方の漆黒の空間に全神経をとがらせて集中していた。

 

(かつてここにアースが存在していた事すら信じられない。だが、これから始まる再生への過程。素粒子レベルの変化すら見過ごしてはいけない)


 ふと、ぽつんと浮かぶ白い衛星に気づいた。その表面に浮かぶムーンラビット。今はそれを愛でる人々も、彼らの住む惑星すらも存在しない。慌てて首を振った。感傷に浸っている場合ではない。クリエイターの言葉を思いだした。


       ~


「基本は観察だ。アカシックレコードとアースの比較を行い、少しでも差が出れば即修正する。すぐにだ。少しでも遅れればその後、級数的にその誤差は拡散する。そうなると対処がより複雑になる。とにかく集中力を切らさず、誤差を即時にゼロに保つ。まあこれはシンプルだ。だが」


 クリエイターは軽く嘆息した。


「問題はアカシックレコードの探索方法。ここには宇宙全体の素粒子レベルの変化が格納されているが、その格納場所はバラバラ。個々の素粒子の変化が好き勝手にどんどんと記録されている。我が値を上げたのもここだ。ほしい情報が簡単に手に入らない。いくら貴重な情報でも到底使える代物ではない」

 

 クリエイターが首をすくめた。

 

「だが、手がないわけではない。最近明らかになったことだが、どうやらレコードにアクセスする際のマッピング情報が存在しているようだ。しかし、それを使うには」


「ソウル容力が必要」


 ユージが続けた。

 

「マッピングを使って素粒子レベルで履歴を抽出。それを使って完全に活動をトレースすればアースは一部の狂いもなく再現する、ということですね」


 そうだな、呆れたようにクリエイターがつぶやいた。


       ~


(やるべきことは明確。必要なのはいかに正確に、ミスなく、途切れることなくやり切るかのみ……)

 

 不意に前方の空間がわずかに揺れた。

 

(始まった)


 ユージは大きく息を吸って目をつむった。全身を覆う薄緑色のオーラが前方に勢いよく放たれた。

 

 前方に小さな塵が現れた。ゆられながら次第に黒々とした星雲へと成長し、渦巻き凝縮されながら高熱を帯びた真っ赤な核へと変貌した。周囲の宙に漂う無数の小さな小惑星はその重力に引き寄せられ、幾度となく衝突と破壊を繰り返し、ついに巨大な惑星へと成長した。ユージは目をつむりながら顔をしかめた。

 

(原始の地球誕生。ここまでは完全にトレースできた。だが)

 

 クリエイターの説明を思い出した。


       ~


「原子のアース。しばらくは激しい火山活動が続くが、構成物質はそれほど複雑ではない。トレースはそれほど困難はないだろう。注意すべきは海の形成後だ。生命の揺り(かご)。雷や火山のエネルギーにより初期の有機分子が生成され、そこからの爆発的な種の出現」


 クリエイターの厳しい目線に息を飲んだ。


「完成まで残り約八十パーセント。お前は増大する全生命の一生を完全に再現し続けないといけない。頑張れとはいわない。別にお前が失敗してもアースは復元する。あきらめも時には肝心だ」


 驚いた。クリエイターの性格なら死んでもやり切れとはっぱをかけられると思っていた。いや逆だ。死ぬとわかっているからあきらめろという事か。だが。

 

「どうしたんです、らしくないですね。まさか僕が失敗するとでも? クリエイター。やはり、まだ完全に回復していないようですね。安心していつも通りテレビで鑑賞していてください」 


 呆れたように返すとクリエイターの動きが止まった。

 

「ふん、お前も言うようになった」


 少しすねたようなクリエイターが妙におかしかった。


       ~


(しかし、彼の見込みはおそらく当たっている。地球誕生から現代までの種の総数は九千万種。個体数でいえば一兆を超える。その素粒子レベルでの完全なトレース。当然それ以外の無機物、単細胞生物、植物、ウィルス、大気の状態……確かに実現は絶望的。だが、そうであったとしても)


「ユージ、大丈夫。君ならきっとできる」


 突然、懐かしい声が聞こえた。からかうような、楽しげな響き。


(誰だ?)


 慌てて見回すと、ぼんやりと前に誰か浮かび上がった。パーマかかった栗色の髪。くりくりとした大きな瞳。チェックのシャツとひざまでかかるズボンをおしゃれに着こなした少年。まさか。


「タッキー!!」


 ユージは思わず叫んだ。涙が溢れ出た。まさかあの頃の彼に出会えるなんて。


「おっと、ユージ。気を付けて。アースのトレースに失敗しちゃうよ」


 達也が慌てて手をふった。あっ、とユージは声を上げてアースに目をやった。達也はほっと胸をなでおろしてその様子を眺めた。

 

「ふう」


 安定した状態に一息ついたユージはちらりと横に目を向けた。達也だった。満足そうにアースを眺めている。もしかして、自らの潜在意識が無意識に彼のレコードにアクセスして再現したのか。

 

「ユージはいつも頑張りすぎるんだよ。グランマの崩壊の時もそうだった。自分を犠牲しても皆を救う。もうちょっとみんなを頼ってもいいと思うんだ、僕は」


 達也があきれたように首を振った。ユージは息を飲んでその言葉に耳をすませた。これは完全に復元された達也の言葉なのか、それとも自らの無意識の言葉か?


「でも、今回は君しか適任者がいないし。こまったな」


 達也は顎に手をかけて悩んでいる。ユージは気づいていた。既に自分は答えを知っている。最後の迷い。だが彼に促されれば決心することができる気がした。そうだ、達也が手を叩いた。

 

「長兄が放出したソウルがマスターによって蓄積されていたはず。あれを使ってみようよ。ダークソウルは抽出されているから不純物は無し。純度百パーセントのホワイトソウル。でもあれをどう使おうか?」


 黙り込んで頭をかいてユージの方を見た。困った時のユージ頼み。まったくタッキーは変わってない。ユージはふっと笑みがこぼれた。


「タッキー、いい考えがある」


 昔と同じようにすました風に顎に手をかけた。何々? 目を輝かせてこちらを見る達也に思わず噴き出しそうになって必死に堪えた。あの時の記憶がまるで昨日のように蘇った。グランマ、アース、そして銀河の崩壊。こんな未来が来るなんて露ほども考えていなかった。落ち着かせるように空咳をしてユージは続けた。

 

「まずは一旦、整理してみるよ。マッピングにアクセスするにはソウル容力が必要。現時点で使えるのは僕か長兄のみ。長兄はグランマへのゴーストの供給で手を離せない」


 うんうん、目を輝かせて達也がこちらを見ている。僕たちは完全にあの頃に戻っていた。


「そして、現時点でアースの完全なトレースは絶望的な状況。でも仮に僕が何千人と存在していれば……」


 あっと達也が叫んだ。その顔に思わずユージは噴き出した。


「クローン」


 ご名答、ユージがうーんと背筋を伸ばした。

 

「正確には僕自身のアカシック・レコードを使って完全なコピーを生成するんだけど。その原料に蓄積された魂を使わせてもらう。作業が終われば各自のレコードで復元すれば問題ない。ちょっと手荒な方法だからなるべくやりたくなかったんだけど、そうも言ってられないし」


 達也が慌てて手を振った。

 

「全然大丈夫、アースは銀河の危機を救ったんだよ。その復元に魂が使われる事ぐらいでみんな怒らないって。よーし、こうなったら善は急げ。じゃんじゃんつかって、ユージをいっぱい作ってさっさと終わらちゃおう」


(ありがとう)


 ユージは達也に感謝した。君にそう言ってもらえるだけで何故か救われる気がした。銀河の魂。もし、僕が復元に失敗してその命が尽きれば、彼らも元に戻る事はない。その可能性がゼロでない以上、危険なリスクを負う決断はできなかった。そして、無意識に彼を呼び出し背中を押してもらった。でも、これは本当の達也じゃない。不甲斐ない自分に活を入れるのに利用した、自分に都合のいいように作り上げた彼の残影。


(ごめんね、タッキー)


 ユージは顔を上げた。でも、最後に君にあえてよかった。

 

(安心して。彼らの魂は命に代えても復元する。そして、アースも必ず元通りに戻して見せる。君の新しい家族。その幸せは僕が絶対に守って見せる)


 達也と目が合った。どこか悲しそうな顔。


「わかってる。僕も会えないのはさみしいけど、君との思い出は僕の一生の宝物だよ。じゃあね、バイバイ」


 達也は泣いていた。くしゃくしゃに泣きながらいつものように笑っていた。


(まさか本当の)


「タッキー!!」


 ユージは溢れ出る涙をぬぐって手を伸ばした。達也の姿が漆黒の宙に消えた。


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