十ニ.地球消滅
ギーギーギー、変わらず獣の声が響いた。ドスン。巨体が大地を揺らしている。岡本は目をそっと開き、かすれた視界でレインボーロードの様子を眺めた。特に変わった様子はない。
(どうなった? 何も起こっていない。もしかして、失敗か)
慌ててクリエイターを見た。ニヤニヤと笑うその姿に何かを待っていると気づいた。
ピュー
不意に不思議な音がした。
(なんの音だ。風か? )
段々とその威力が強まってきた。急に景色が薄暗く霞んだ。夜にしては急すぎる。
「ほう、今回は隕石パターンか」
クリエイターが嬉しそうに呟いた。
「地軸パターンは一瞬すぎて楽しみがない。疫病パターンも一興だが時間がかかりすぎる。今回はこれが正解。引き運がある。苦しみ悶え滅んでいく。お前も中々のサディスティックだな」
おかしそうに笑うクリエイターを岡本は呆然と眺めた。
(隕石だと? ということは)
ゴーゴーと荒ぶる風となぎ倒される木々、次第に景色が熱量を帯び、燃え盛る炎に包まれ出した。ギーギーと泣き叫ぶ獣の声に岡本は耳をふさいだ。もっとだ、目を輝かせて悦に浸るクリエイターの声が響いた。
(すまん みんな。許してくれ)
涙がとめどなく溢れた。一瞬の閃光とつんざくばかりの轟音。そして完全な静寂が訪れた。
「残り五十パーセント」
タカハシが呟いた。
「四十九、四十七、三十、二十五……十、九、八、七」
「さあ始まるぞ、ユージ。お前のその魂の御業。我に特と見せつけてみろ」
目を輝かせて立ち上がったクリエイターが叫んだ。タカハシの持つ花の蕾がわずかに開いたのに岡本は気付いた。まずい……。
「三、二、一 ズドーン」
タカハシが人差し指を宙に掲げた。
ゴゴゴ……
グランマに轟音が響き渡った。
ザー
レインボーロードの映像が雑像で覆われた。
「どうだ。残り火は復活したか?」
タカハシは耳を押さえて誰かと話している。そうか、やったか。嬉しそうに声を上げた。
(成功したのか)
その様子に岡本はどっと肩の荷が下りた。紬は涙を流して笑っている。クリエイターが満足そうにうなずいた。
「うおおおお」
ユージの雄叫びが聞こえた。岡本ははっとしてその声に耳を澄ました。
(そうだ、アースの完全な復元。アカシック・レコード。まだその作業がのこっている)
眩い閃光を感じ宙を見上げた。薄緑色のオーラが渦巻きながら宙高くに舞い上がっていた。
*
「まだか」
最後の一つとなった黒石の前で岡本はイラついていた。あいつから連絡がくるまで待機する。そう約束していた。
(だが未だに連絡はない。いつになるんだ)
黒石を苦々しく眺めた。ふとその表面にザラザラとした斑点を見つけた。純度の高い黒石には珍しい混ざりもの。
(なんだ、これ)
軽く触れた岡本は電気のような衝撃を受けてその場に倒れ込んだ。
「ヤットハイレタ」
ゆっくりと起き上がった岡本の体は真っ黒に淀んでいた。
「サテㇳ」
その場を去ろうとした岡本の足が止まった。
「ナンダ」
「てめえ、なにもんだ」
顔の半分がもとに戻った岡本が苦しいそうにあえいだ。
「マダ、ウゴケルトハ、ダマッテロ」
大きく首を振った顔は、ガガガとまた黒く戻った。
「サテト」
歩きそうしたが再びピタリと止まり、今度は体全体が震え、黒い塊が飛び出した。岡本は肩で大きく息をした。
「ナント」
黒いものはゆらゆらと揺れて浮かんでいる。岡本は苦しそうにそのモノを見つめた。
(こいつはなんだ、得体のしれない力。下手すりゃ、紬を超えるソウルを感じるぞ)
ガガガ
黒い物体から気味の悪い音が響いた。少し縮まった気がする。来るか。岡本は身構えた。
「何とか間に合ったか。よく耐えたな、アースの住人よ」
突然の声に岡本は驚いて振り返った。真っ赤な髪をした筋肉質な男、いや女か?
「チャーム、お前の体力は底なしだな。もう少しペースを合わせることを覚えてもらいたいもんだ」
女の後方からひょろりとした髪の長い女が現れた。いや、今度は男か?
女がニヤリと口を歪めた。
「もう少し体力をつけたほうがいいぞ、メーソン。私を見ろ。この鍛え抜かれた体と美しい曲線美」
チャームがうっとりとした様子で艶めかしくも力強くポーズを取った。メーソンが呆れてため息をついた。全くこの筋肉女が。
「なんか言ったか?」
チャームがポーズを変えながら大きな声を上げた。別に……メーソンが呆れたように返した。
ガガガ
黒い物体は縮こまったまま微動だにしない。ほう、チャームが感心したように呟いた。
「なかなかお前は見る目があるな。隙を見て攻撃を仕掛けるかと思っていたが。だが、それは正しい判断だ。メーソン!!」
はいはい、メーソンが呆れたように呟いて前に出た。
「まあ、そういうことだ。諦めろ。まだわからないのか。ダークソウルの住人よ。お前はおびき出されたんだよ。ホールが開いたと思ったか? そんな都合がいいことがあるわけないだろ。お前はあの筋肉バカに殺され」
なんかいったか、後ろから怒鳴り声が聞こえてメーソンが首をすくめた。突然現れた二人に岡本は呆気に取られた。
(何者だ、こいつら。しかし……)
震える足を必死にこらえた。あの黒いやつにも度肝を抜かされたが、この二人は比較にならないほどの。メーソンが微笑みを浮かべながら岡本に話しかけた。
「長兄の住人。確か岡本さんでしたね。大丈夫、我々は味方です。六道衆、弟さんから聞いたことはありますよね」
(六道衆だと? 銀河中央政府か)
唖然とする岡本を見てチャームが満足そうに頷いた。
「そうだ、後は我らにまかせておけ。だが、よくあいつの攻撃の耐えたな。褒めてやる。少しは役に立ったぞ。そして、お前の役割はここまでだ。その隅で邪魔にならない程度にじっとしてろ」
(何だ……と)
その女の態度に岡本は怒りを覚えて前に出ようとしたが、意図せず腰から砕けるように座り込んだ。体が、魂が完全に敗北を認めている。唖然と二人を眺めた。
ガ……ギギギ
突然、黒い物体が勢いよく飛び上がった。宙を舞い、岡本めがけて飛び込んできた。
(やばい、いま来られたら)
岡本は震える足を必死に叩いて腰を浮かした。だがピクリとも動けない。目前にあの影が迫った。
「はあ、情けない」
チャームがため息をついて首を振った。ご愁傷さま。メーソンが首を振り額の前で十字を切った。
「無様な悪あがき。ダークソウルの住人よ。お前はそれでも男か。いや、女かもしれんな。なら尚更だ。女は女らしく、しおらしく笑っておればよい」
「お前それコンプライアンスに引っかかるぞ」
メーソンが手を組んで目を瞑ったまま呟いた。
パーン
顔を伏せていた岡本は大きな音に耳をふさいだ。何が起こった。恐る恐る目を開けた。手についたホコリを汚そうに払う女。
(まさか、掌底……か)
呆気に取られる岡本にメーソンは苦笑いしながら耳タブに触れた。
「マスター、ダークソウルは対処しました。今からホールを閉じる作業に入ります」
「さて、メーソン。あとは任せたぞ。あの美しくない作業は苦手だ。さっさと終わらせてくれ」
チャームが眉を潜めてどしりと岩に座り横になった。
「やれやれ、好き嫌いの多いお嬢さんだこと」
メーソンが呆れたように立ち上がり、腕をまくった。さて始めるか。小さくつぶやいた。
「目には目を。歯には歯を。そして、黒魂には黒魂を。マスターには感謝しかない。長兄に全銀河の魂を使って攻撃させた理由。その魂をここに封印した理由。おかげで他力本願で拡散されたダークソウルを一気に抽出することができた。あとはこれをお前の世界に送り返すのみ。ご苦労だったな。わざわざトンネルを開けてくれて」
不意に浅黒く変色した男の両腕に岡本は目を見張った。どす黒い、黒炭のようにカサついた腕。
「驚くことはない、と言ってもまあ、そうなるかな。ダークソウルを使えるには何も彼らの専売特許じゃない。シンの他力本願。そのおかげで我々は新しい可能性に気づけた。白魂の対抗。邪悪に精錬された魂。その黒はいかなる白も飲み込み、悪意で染め上げ拡散する」
メーソンが両の手の掌を目の前で合わると真っ黒なオーラが腕全体を覆った。その両手から漆黒の激流が渦を巻いて溢れ出し、地面に横たわる黒石に吸い込まれていった。
(あれはさっき触った)
岡本は唖然とその様子を眺めた。
(ふれた瞬間に電流のような痛みを感じたあの斑点。あそこからあの黒い物体は出てきた。ということはあれがアイツラの世界とつながる入口か)
黒い水の勢いが徐々に弱まりだした。涼し気な男の顔がわずかに歪んだ。ポチョンと最後の水滴が石に落ち、男はさっと腕を隠し大きく息を吐いた。
「なかなかきついもんだな、この力は……。チャーム、ダークソウルは全てアチラに送り返した。そして、ミッドナイトブロッサムが三回目を終えた。もう始まっている。後は彼らに任せよう」
呆気にとられた岡本は黒石をまじまじと見た。あの斑点は消え失せ、艶めかしく光るいつもの面に変わっていた。手を伸ばそうとした岡本をメーソンが優しくたしなめた。
「この黒石を開放するのはまだ先です。ユージさんを信じて待っていてください」
呆然とする岡本を残して二人は消えた。




