九.本当の理由
岡本とユージ達の話し合いの少し前、長兄のアース。
「まだだ、もっと早く供給できなのか」
岡本が気迫の形相で叫んだ。秋山が必死にクローンを生成している。その隣で紬が目をつぶって苦痛の表情を浮かべて座っていた。
「クソっ」
岡本は悪態をついた。魂の消失による銀河の崩壊。俺達の行為がもたらしたとはいえ、まさかこんな事態になるなんて。今、自分たちにできることは、魂の葛藤した平行世界へゴーストを供給する事のみ。ソウル容力、弟だからこそできる奇跡の力。なんとしても、全グランマへゴーストを送り続けないといけない。しかし、二人の体力も無限じゃない。なにか俺にできることはないのか。
〝岡本さん、突然にすいません〟
不意に見知らぬ男の声がした。まだ若い。どこかできいたことがある声。
「三男のアースで生まれたユージというアイコスです。ソウル容力の力で話しかけています。緊急でお願いしたいことがあります。これはあなたにしかできないことなんです」
(三男のアースだと?)
岡本は突然のことに戸惑った。ユージというアイコスの存在は紬から聞いていた。秋山をベースにしたクローンだったはず。道理で聞いたことがある気がしたわけだ。こいつもソウル容力を使えるのか。岡本は黙り込んだ。
「警戒されているのはわかります。ついこの間まで互いに殺し合うもの同士。でも信じてほしい。あなた達が攻撃で利用した魂は消滅していません。ある特別な場所で保管されている。そこを開放さえすれば、また元のグランマに戻ります」
岡本はふんと鼻を鳴らした。
「別に警戒してるわけじゃないさ。お前の事は知っている。無能な次男の元で何やらコソコソやってるってのも。魂が消滅していないだって? 何を根拠にそう思う?」
岡本は我ながら少し大人気なく思った。あの兄弟争いはマスターにより仕組まれたものだった。今更、対抗意識を燃やしても仕方がない。しかし、自分たちこそが真の後継者。そう信じて弟たちと長い間、苦心して計画を練り上げてきた。正直負ける気はしなかった。しかし、今のこの状況。自分たちが一番足を引っ張っている。
(特別な場所で魂が保管されているだって? 俺達でさえ知らない情報をなぜこいつが知っている?)
岡本の態度を気にせずユージは続けた。
「実は私はマスターとは面識がありました。今回のコト、彼の暴走ではあったのですが、彼がそうした事には何か理由がある気がするんです」
(理由だと……)
岡本は顎に手を付けて考えたが拉致があかないと諦めた。
「どういう事が説明してもらうか」
ユージからほっとした気配を感じた。
*
超仮想空間アダム。先に待つユージに気づいた岡本は、睨みながらぶっきらぼうに席に座った。
「で、理由ってのはなんだ」
岡本は内心緊張していた。三男のユージ。強大なスコアを持つたぐいまれなるアイコス。もしかしたら紬をしのぐソウル容力を内在しているかもしれない。動揺を悟られないように前かがみになって両手で顔を隠した。少しためらったユージは一息ついて話し出した。
「実はまだ予測でしかないのですが」
なんだと。その話す内容に岡本は度肝を抜かされ思わず立ち上がった。
*
トリノは薄暗い檻の中でわずかに見える宙を眺めた。赤く輝く星。あれはメ二トカル星雲の影法師。あの方角に見えるという事はこの場所は天の川銀河のイーストエンドのはるか外れ。檻の外に座る男をちらりと見た。目をつぶりピクリとも動かない。
「何を考えている。この場所を予想したところでお前はここから出られない」
男が口を開いた。大きな鼻、突き出た顎。幾たびの修羅場を潜り抜けたオーラを感じる。第三のアース出身と本人から聞いた。日本という国で警察という職業についていた、と。名前はタカハシだったか、タカシマだったか。まったくあの星にはくせ者が多い。
「別に……」
トリノは気にしていない様子で壁に目を戻した。沈黙が流れた。
「ねえ」
トリノが男に声をかけた。男は黙った目をつぶっている。
「銀河の残り火って知ってる?」
わずかに男の目が揺らいだのをトリノは見過ごさなかった。
「ご想像の通り。もうすぐ消えるよ。こんな所でのんびりしててもいいのかなぁ」
男は黙ったまま。すぐにその心を閉じた彼にトリノは感心した。内心はかなり動揺しているはずなのにね。その様子をじっと見守った。
「いつだ……」
男が口を開いた。
「三ムーン」
トリノが口笛を吹くかのようにつぶやいた。なんだと……タカハシは青ざめて牢を飛び出した。
*
「くそったれ」
岡本は絶壁を登りながら悪態をついた。なぜ俺がこんなことを。必死に腕を伸ばして登りながらユージの言葉を思い出した。
「なぜ、マスターがあのようにな行為に出たのか。私は疑問を感じていました。彼は三つの世界を競わせることで魂の精錬を急いだ。おそらくそうせざるえない理由があったのではないか」
ユージの悩む姿。
(そうせざるを得ない理由だと?)
そして、それをはっきりする為に俺はこうしてゴキブリみたいに壁に張り付いている。
(ったく俺も焼きが回ったな)
ため息をついたが、なぜか悪い気はしなかった。ユージの真剣な表情に秋山が重なった。こいつもみんなのために必死にもがいている。それに今回の役割は……頂に上り詰めた岡本は目前に立ちはだかる巨大な壁を見上げた。突貫工事でつくったようなばらばらに積み上げられた黒い岩。これを全て取り払うのか……背筋がぞっとしたがユージの言葉を思い出した。
「長兄がソウルセグメントを放出した直後、銀河のある場所のソウル密度が急激に上昇したという記録が銀河センターのシステムログから見つかりました。天の川銀河のイーストエンドのはるか外れの山頂」
アダムの映す映像が荒れ果てた山々の風景にかわった。その一つの頂、何千もの黒い岩石が乱雑に積み上げられている。
「マスターがここに放出されたソウルを一時的に保管している可能性があります。しかし、その積み上げられた岩の成分は〝黒い水晶〟」
(黒い水晶だと? なるほど、それで俺の出番か)
岡本は納得した。イーストエンドの主成分はゲノム素粒子アークタイプⅠ。柔らかで軽いその物質はグランマのゴーストと同じく容易に扱う事ができる。だが唯一の例外が〝黒い水晶〟 ワームロードの両端のゲートにも使われている高重量、高硬度な鉱物。やわらかなグランマには不釣り合いな、まるで別次元からきたような鉱石。それが何千と積み重ねているとすると、取り除くは困難を極める。
(まあ、軟弱なあいつらには任せてられれぇな)
大きく息を吸い込んだ岡本の体が何倍にも膨れ上がった。




