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昨晩の報告






 厨房から出てからは、部屋に戻り細々とした雑務等を片付けながら過ごした。

 投資している人達からの報告書を読み、新たな指示書を作成する傍ら、カイムと話したことをこっそりと書き留めておいた。

 一通り片付いてから、長らく本棚に眠っていた本を何冊か引っ張り出して読んでみた。

 どれも子供の頃に読んだ、魔族が出てくる物語の本だ。

 ニレに「どうして今頃になって読んでいるんです?」と聞かれたが、急に思い出して読みたくなったのだと誤魔化した。

 読んでいる間、肩にはイベルが留まっていたので、おそらく本の内容はカイムも読んでいたと思う。

 ……森で迷った子供を食べようとする魔族を退治する話であったり、人間に化けていた魔族を村から追い出す話だったりと、魔族側からしたらどれも複雑な気分になる話だったと思う。

 途中、読んでいて心配になったが、イベル越しに話してくれたカイムが言うには、魔族が魔物や悪魔に変わってるだけで同じような物語はあったので、そこまで気にならないとのことだったので、読み続けることにした。


 そうこうしているうちに午後になったので、昼食後は約束通りお義父様の執務室までやってきた。



 

 ――――コンコンコン



 

「お義父様、プリムラです。ニレと共に参りました」

「入りなさい」

 


 

 ノックをして名乗ると、お義父様が答えたのが聞こえた。

 その後すぐに、部屋の中で控えていたアナットが扉を開けてくれたので、そのままニレを連れて部屋に入っていく。

 お義父様は、執務用の机で様々な書類を裁いていた途中だったようだ。



 

「お忙しいのに、きりが悪いところで来てしまったでしょうか」

「いや、呼んだのは儂だ。それに本日届いた書類の内容も、今の所大した事は無い」




 お義父様は席から立つと、部屋の暖炉前に置いてあるソファへ移り座った。

 私も座るよう促してくれたので、お義父様の斜向かいに座る。

 私の肩にはイベルがずっと留まったままだが、やはりこの部屋にいる誰もが気付いていない。

 ニレは、私の後ろに控える形で立っていた。




「ニレ、今回は君も呼んだ形になるのだから、一緒に座って聞きなさい」

「……ですが」




 侍女として仕えているニレは、私たちと一緒に座るのを躊躇った。

 すると、後ろからアナットが木と布で出来た簡易椅子をサッと用意してくれた。

 この家の家令である彼が出したのだから、座らない訳にはいかなくなったニレは、失礼致しますと一言だけ溢すと大人しく座った。




「さて、早速ではあるが、昨夜の牙鼠(タスカラット)について判明したことを報告をしておこうと思ってな。一服しながら聞いておくれ」




 お義父様の言葉の後すぐに、アナットが紅茶と焼き菓子を持ってきてくれた。

 お義父様は自由にさせておくと、直ぐにお菓子を食べ過ぎてしまうので、アナットが量を調整しているらしい。

 ちなみに、出してくれたお菓子はクリームが挟まっているクッキーサンドだった。

 おそらく本日の新作であろうそれを、早速一口食べてみる。

 外のクッキーはホロリと優しく崩れ、しっとりとしている。

 爽やかな檸檬(リモーネ)の香りが鼻に抜けた後に、バターとクリームチーズの風味が口の中で広がった。

 そこに紅茶を流し込むと、檸檬(リモーネ)の爽やかさが合わさってスッキリとした味わいを感じられた。

 ……イベリスが、早速張り切って作ってくれたであろう姿が想像できた。

 彼にとってショコラというものは、それほどまでに得難いものなのがよく分かる。




「あの後、護衛達に屋敷内を隈なく探させたが、他の牙鼠(タスカラット)は出てこなかった」

「……確か爪鼠(タスカラット)は、十匹前後で群れを作って生息すると学びました。なのに、一匹しか出てこないのは少々おかしいですね」

「そうなのだ。屋敷内や周辺に巣があるわけでも無ければ、設置してある魔道具に不備があったわけでもない。……あの牙鼠(タスカラット)は、人の手に寄って持ち込まれたのだ」

「それは……っ!」




 ニレが驚きの声を上げる。

 これだけ厳重な屋敷に持ち込まれたということは、この屋敷で働いている者である可能性が非常に高い。

 それは、この屋敷の主人であるお義父様に対して逆心を抱いている者が潜んでいるということだ。

 または、元々密通者として潜り込んでいたか。




「実はな、少し前からセージの所に所属していたある若者が、怪しい人物と繋がっているとの密告を受けていてな」

「そうだったのですか!?」

「暫く泳がせていたのだが、昨晩その者は屋敷の夜間警備を担当していたらしく、少し厠で用を足してくると言って居なくなった時間があった。その後に、他の者が牙鼠(タスカラット)の侵入を確認している」




 そこまで辻褄が合っているのなら、ほぼその若者の犯行であるとみていいだろう。

 お義父様の話によると、牙鼠(タスカラット)の死骸を回収した後、その若者も直ぐにセージ様が捕えたらしく、犯行を認めているとのことだった。

 捕縛後の尋問で聞いた話では、その若者はシュテルンベルク領の端の方の村から半年前にやってきた者で、病気で寝たきりの父親の代わりに生活費を稼いでいたらしい。

 国防隊に入隊してからは、稼ぎも良くなり仕送りも大分増やせたが、父親の病気に効く薬を継続して買うのは難しかった。

 そのことに悩んでいた矢先、街で酒を飲んでいたところ、例の怪しい人物に稼げる話があると声をかけられたとのことだった。

 

 人の弱みに漬け込むようなやり口に、少々気分が悪くなった。

 まあ、牙鼠(タスカラット)がニレに接近していた時も、その若者は他の護衛に気付かれないよう誘導していたらしいので、許すつもりはないが。

 同じ話を静かに聞いていたニレも、その辺りの話を聞いてる時にどんどん表情が無くなっていったので、きっと同じ気持ちだと思う。




「それでな……どうも、肝心の怪しい人物とやらの狙いが、プリムラである可能性が高いのだ」

「えっ!?」

「その若者が例の人物と会ったのは3回だけだったらしいが……会うたびに聞かれるのは、屋敷の構造や国防隊の機密事項でもなく、お主のことについてだったらしい」

「わ、私が狙われる理由が分からないです」

「聞かれる内容もな、お主が好きな食べ物とか、好きな花とか、日中はどんなことをして過ごすのかとか……わざわざ牙鼠(タスカラット)を潜り込ませる割には、そんな事が聞きたいのかと思うような内容ばかりだったらしい」

「お言葉ですが……新手の変質者のようですね」




 ニレが冷たく言い放つ言葉を聞きながら、嘘だと思いたかった。

 貴族界で腫れ物扱いされている私に何の興味があるというのだろうか。

 拾われ子でも、辺境伯との繋がりが持てることか……でも、それなら尚の事牙鼠(タスカラット)を潜り込ませる思惑がわからない。

 そんな変質者のよく分からない思惑の為に、ニレを危ない目に合わせたのかと思うと、なんとも申し訳ない気持ちになった。




「思惑が分からないとはいえ、何かしらの理由があってプリムラの事を詮索しているのだ。暫くはセージを専属護衛として付けておく。……周囲に警戒をしておきなさい」

「……承知いたしました。ですが、明日は私が出資している染物屋に赴く予定があります。警備を手厚くして頂いた上で出掛けることを許していただけないでしょうか?」

「ううむ……本当は出掛けるのは控えて欲しいのだがな」




 私が狙いだと言われた以上、なるべく安全な屋敷で大人しくしていないといけないのは重々承知している。

 だが、カイムの食料等を調達したいのに、出掛けられないのは少々困る。

 そう思ってお義父様に話をしたのだが、当然いい顔はされなかった。




「下町の娘に変装をします。髪色等も変えて私であるとバレないようにしますから……どうかお願いします!」

「……やれやれ、どうも儂はお主には甘くなってしまう。分かった、その代わりセージを必ず連れて行きなさい」

「ありがとうございますお義父様!」

 

 


 何とか許可が降りたので、一先ずホッとする。

 これで、帰りに買い出しをしてくれば大丈夫だろう。

 正直、突然狙われた上に犯人の思惑も分からない為、胸のモヤモヤが消えないが、気を抜かずに動くことだけを考えよう。

 安心が顔に出ていたであろう私を見て、お義父様は溜め息を吐いて一度紅茶に口を付ける。

 カップに残っていた紅茶を飲み干すと。険しい顔から突如表情を一変させ、眉を八の字に下げた。




「済まないプリムラ。……お主には度々苦労をかけてしまうな」

「そんなことはございません!お義父様。お義父様は、私を本当の娘のように育ててくれたではありませんか」

「本当も何も、お主は私とラブの子だ。……お主をこの腕で抱き抱えたあの時からな」




 ――お義父様のその言葉に、幼少期の記憶が思い出された。

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