やっぱり使えませんでした。
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「……やっぱり、日が出てるからなのか能力は使えないわね」
朝食後、早速殿下への手紙を認めてから仮眠を取った後、私は屋敷裏の広場へやってきていた。
ここは、我が領の兵士達が訓練を行うために使われている。
私が日々、自身の能力を訓練するのにもよく使ってきた場所でもある。
昨日のカイムの話を受けて、本当に昼間は能力が使えないのか確かめたかったのだ。
予想通り、私の能力はうんともすんともしなかった。
まあ、仮に成功してしまったら、また魔族が出てくる可能性がある。
問題ならなくて良かったと、失敗してほっとしている自分がいた。
通常の魔法は使えるみたいなので、夜でないと使えないのは能力に限定した話なのだろう。
色々と思考を巡らせていると、左肩に僅かな重みが加わった。
見ると、カイムの鶫が私の肩に乗っていた。
この鶫、魔力で出来ているからなのか、どうやら私以外の人間には見えないらしい。
この鶫は部屋にいた時もそこらじゅうを自由に飛び交っていたが、そばに控えていたニレが視線を送ることもなかったので、多分見えていないのだと思われる。
そのお陰で余計な気を配る要素が一つ無くなったので、心の中で安堵した。
「お嬢様、本日も能力の訓練ですか?精が出ますね」
「あら、セージ様。セージ様こそ訓練お疲れ様です」
「ありがとうございます。私はどちらかと言うと指示を出す立場なので、大した疲れは残っておりませんが……そう言っていただけて有難いです」
後方から私に声を掛けてきたのは、辺境伯領の国防隊に所属しているセージ・ライラック様だ。
子爵領であるライラック様のご実家は、我がシュテルンベルグ領よりも少し王都に近い南東側に隣接している。
子爵領なので、辺境伯領よりも囁かな大きさではあるが、植物で作られた石鹸が名産である。
彼が国防隊に来たことで、子爵領との交易を行えるようになり、国防隊の寄宿舎に石鹸が常備されるようになったため、皆に喜ばれていた。
ちなみにシュテルンベルグ領は様々な果物が名産なので、そちらを子爵領に送るようにしている。
そんなライラック家三男のセージ様は、輝かしい武勲を立てたお義父様の熱狂的なファンだ。
憧れのあまり自らの家を飛び出し、辺境伯領の警備隊に志願して入隊するほど、熱狂的過ぎてちょっと怖いくらいなのだが。
そんな彼は元々の力量もあるので、28歳という若さで国防隊の第三部隊の隊長を担っている。
「セージ様を始め、皆様方が日々努力しているからこそ、この国や我が領が守られているのです。本当に頭が上がりません」
「いえ、ルバーブ様の指導があって、鍛錬を怠るなんてことはありません。それよりも、自身の為に毎日訓練を怠らないお嬢様の方が、とても努力なさっていると思います。流石でございます!」
セージ様は私に対して「ルバーブ様の慈悲深さの象徴」のように思っている節がある。
私が毎日訓練しているのを見て、拾い子を努力し続ける娘に育てたお義父様が素晴らしいとでも思っているに違いない。
私は彼の言葉に苦笑いしつつ、ありがとうございますとだけ返した。
お義父様への熱狂的な尊敬を除けば、こうやって話しかけてくれたり、時々訓練に付き合ってくれたりと良い方なのだが、如何せんお義父様が関わると暴走気味である。
「もう少しプリムラ様とお話したいところですが、今からルバーブ様に今後の警備体制に対する人員配置の相談に行かなければならないので……残念ですが、ここで失礼致しますね」
「大丈夫です。お忙しいところ、お引き止めする形となって申し訳ありません」
「寧ろこちらからお声がけしたので、お邪魔になっていなければいいのですが……では、失礼致します」
私に挨拶をしたセージ様は、足早にこの場を去っていった。
きっと、お義父様とに早くお会いして話をしたいのだろう。
お義父様もセージ様のことは高く評価しているので、ああやって彼がお義父様の元を訪れた時は毎回話が盛り上がっているようだ。
一度その様子を目の当たりにしたお義兄様が、遠い目をしながら教えてくれた。
気を取り直し、私は昨日成功した時のことを思い返すことにした。
(一般的な召喚は、呼び出した精霊の力を借りて、自身の魔法を強化させることができる。火精霊であれば火魔法、風精霊であれば風魔法のように、精霊の属性によって強化できる魔法は異なる。高位の魔導士であれば、精霊の力と自身の魔力を練り合わせて、より強力な魔法が使えるほど)
私は肩に乗っている鶫に目をやる。
昨日、私が呼び出そうとしたのは火精霊だった。
しかし、実際に現れたのは、魔族であるカイムである。
私は、ある一つの仮説に行き着いた。
(カイムの言う通り、私が魔王の娘だったのなら……魔族で召喚の能力を持つと、精霊ではなく魔族が召喚できるのでは?)
もし、カイムが火属性を持つ、または火魔法に長けているのであれば、火精霊の代わりに呼び出されたことに納得できる。
精霊ではなく、魔族を呼び出すことができる能力……仮説ではあるが、これが本当であれば前代未聞の能力である。
きっと、学園時代に特訓に付き合ってくれた、能力の研究をしている先生が聞いたら、ぜひ話を聞かせてほしい!って言い出しそうだ。
しかも魔王の娘と言われた私が使えるとなれば……。
私は、自分が高笑いをしながら世界征服を目論む自分を想像して、思いっきり頭を抱えたくなった。
魔王国は長い間鎖国状態で、国の内情やそこに住む人々のことはこの国に伝わっていない。
だから、世間では魔王国は恐ろしい場所と思われている。
その国の頂点に立つ者となれば、残虐極まりない人物であるとも。
子供向けの寝物語ですら、「悪いことをすると魔王国に連れて行かれてしまう」と言っているほどだ。
このことが変にバレてしまえば、国から危険人物と指定されてしまうのではないかと考えるのは、この国に住んでいれば仕方のないことである。
今晩カイムから聞く内容によっては、私はこの国から出ていく必要があるかもしれないのだ。
長年一緒に過ごしてきた家族やニレ、私に良くしてくれた殿下やセージ様……。
もし離れなければならないとなったら、きっと悲しみを隠せないだろう。
(……いざとなれば、私は亡くなったことにして貰えばいいんだわ。事情を知られて離れられてしまうより、ずっといい)
――でも、まだそうなるって決まったわけじゃない。
自分の今後の人生を決めるためにも、しっかりカイムの話を聞いて考えなければ。
感傷に浸りそうな自分の顔を、両手でバチンと挟むように打った。
遠くで控えていたニレが、そのことに驚いて駆け寄ってくるのが見える。
色々な場合を想定して、夜までに準備をしなければいけない。
ボーっとしている暇はないのだ。
私が能力が使えないから思い詰めているのだと心配するニレに、部屋に戻って気分転換すると言って誤魔化した。