夜のお茶会 三回目①
ご無沙汰しています。
少しずつ書き溜めていたのですが、なかなか投稿できずの日々がつづいておりました。
また不定期にはなりますが、投稿して行けたらとおもいます。
「プリムラ様、お身体は大丈夫でしょうか? 話し合いをするのは大事ですが、ご無理なさらないのが一番ですので……」
「カイム、ありがとう。でももう本当に大丈夫よ。さあ、先ずはゆっくりお茶とお菓子をどうぞ」
国防隊隊舎の地下牢で会話した翌日。
私は再びカイムと夜のお茶会をすることにした。
本当はその日のうちにでも話をしたかったのだが、隊舎から部屋へ戻った途端に再び眠ってしまったのだ。
ただでさえ魔力切れを起こした翌日だった上に、あの“浄火の印”という中級よりも少し高度な魔法を使ったのだ。
自分でも気付かない内に身体の限界が来ていたようだ。
そんな訳で、お茶会は今日に持ち越されたのである。
ちなみに今日は食事以外は部屋でゆっくりと過ごすようにしていたので、体の方もだいぶ良くなった。
「あ、イベリスが早速黒子胡桃の実を使ってくれたみたいね」
今日のお茶会に出したお菓子は、昨日イベリスに渡した黒子胡桃をふんだんに使ったお菓子だった。
イベリスからのメモによると、黒子胡桃とチーズと杏のビスケット、黒子胡桃と南瓜のタルトケーキ、そしてスコーンに黒子胡桃と蜂蜜を混ぜたクリームを添えたものらしい。
私は早速ビスケットに手を伸ばしてみる。
ふとカイムを見ると、スコーンの方を手に取っていた。
「食べる前から香ばしい香りがするわ。これが黒子胡桃の香りかしら」
「プリムラ様の仰る通り、この香ばしい香りが黒子胡桃の香りです。煎ったものをそのまま食べた時よりも香りが強いですね」
そういえば黒子胡桃を燃やした時のカイムは、やけに手慣れている感じだった。
魔王国でも良く取れると言っていたし、彼自身良く食べていたのかもしれない。
パッと見ただけでは、魔物の木の実を使っているように見えない。
口に入れるのは少し緊張したが、意を決して口に放り込む。
「――――まぁっ!! 想像以上に美味しいわ……!!」
噛んだ瞬間から口の中に広がる黒子胡桃の香り。
噛み続けると、ザクザクとした食感の中から少しずつ干し杏の自然な甘さが広がっていく。
その味の奥にはほのかにチーズの塩気を感じられる。
甘いものがそれほど得意でない人でも食べられそうだと感じた。
「驚きました……黒子胡桃の濃厚な味に、蜂蜜の甘さがよく合います。黒子胡桃は調理次第でこんなにも味を変えるのですね」
スコーンに黒子胡桃と蜂蜜のクリームを多めに塗って食べたカイムは、その美味しさに驚きを隠せないようだ。
というか、スコーンに乗っているクリームの量が多い。
カイムは私が思っている以上に甘い物が好きなのだろう。
暫く黒子胡桃のお菓子を紅茶と一緒に味わっていると、突然イベルが飛んで来てカイムの右肩に止まり、ピィと一度鳴き声を上げた。
その声を聞いたカイムはピタリと動きを止め、ゆっくりとティーカップを置いた。
「……プリムラ様、突然ですが、本日の話題を急遽変えさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「え、突然どうしたの?」
「たった今、イベルを通して魔王様……ゴエティア様から通信が来ております」
「なんですって!?」
驚きのあまり、大きな声を出して立ちあがってしまった。
いつもの様に魔力認識阻害魔法と吸音魔法を施しているとはいえ、無防備な行動であったことに気付いたのは、意識もせず無造作に置いたティーカップが大きな音を立てたからだ。
ゴエティア・シャイターンは、カイムの住む魔王国の王であり、私の本当の父親である。
そう言えば、カイムが来てからもう5日も経っていることを思い出した。
ゴエティア王の側近だと言っていた彼が、突然連絡もなく居なくなったとなれば、周りの人達は当然探している頃であろう。
だけど、まさか魔王様が直々に連絡を寄越すなんて考えもしなかったので、正直驚きを隠せない部分がある。
カイムは本当にただの側近なのだろうか、と頭に疑問が浮かんだが、このタイミングで聞くことは難しそうだ。
「魔王国と隣接しているとはいえ、結界を挟んで王国にいる私と通信できるのは魔王様位ですから」
「それって、向こうはカイムの居場所が分かっているってこと?」
「……いえ、それはどうでしょうか。ただ、魔王様が何を見据え、どうお考えになられているのか、読めないお方ではあるので」
そう言いながら、窓の外の方を見つめるカイム。
少し憂いを帯びたその表情に、どういう感情が込められているのかは分からないが、不覚にも一枚の絵画のようだと思ってしまうほどの美しさを感じてしまった。
カイムと出会ってまだ日は浅いが、二人の間にどんな関わりがあったのか気になってしまう自分がいた。
「私は安否確認の為にも、魔王様とお話させて頂こうと思うのですが……プリムラ様のことはお伝えしてもよろしいでしょうか?」
カイムは、こちらを少し気遣うような表情で、その様に問いかけてきた。
本来ならば、気遣わなくてもすぐ様報告しなければならない内容だろうに、わざわざ私に聞いてくる彼に少し驚く。
魔王になりたくない私の想いを知った上での、彼なりの気遣いなのだろう。
そんな彼の優しさに気付いた私は、堂々と胸を張りながら姿勢を正し、真っ直ぐにカイムと向き合った。
「お気遣いありがとう、カイム。話してもらっても構わないわ。だけど、一つ条件があるの」
「どの様な条件でしょうか?」
「お父様、いえ、ゴエティア王と、私も直接お話させて頂きたいわ」
「……なるほど」
私の言葉に思案げな表情を浮かべるカイム。
それもそうだろう、先程まで次代魔王になるのを嫌がった私が、魔王と何を話すというのだろうか。
それでも、私のために一度魔王と話す必要があるのだ。
物怖じせずに彼の目を見続ければ、何かを感じ取ってくれたのであろう、カイムがようやく首を縦に降ってくれた。
「分かりました、何かお考えがあってのことなのですね。まずは私がお話しますので、頃合いを見て交代致しましょう」
そう告げた後、カイムは肩のイベルを人差し指に乗せて、顔の前へ持ってきた。
イベルの姿がゆらゆらと揺れ始めたと思った時、青紫色の炎となって大きく膨らんでいき、鏡のような輪を描いていった。
「――我が声、望む者の元へ光のように彼方へ届け 通話魔法」
カイムが呪文の詠唱を唱えると、炎の揺れが大きくなった。
やがて、ピタッと揺れが止まると、輪の中に小さな球体の様なものが出現した。
初めて見る魔法だ。
魔族の中で使われる、特殊な魔法なのだろうか。
そう思っていると、先程出現した球体にカイムが触れる。
その球体がほんのり光ったかと思うと、そこから誰かの声が聞こえてきた。
〈――――――……厶、…イム、聞こえるか、カイム〉
「……はい、聞こえております」
低い声で、抑揚のない喋り方。
この声の主が、私の本当の父親であり、魔王であるゴエティア王。
無意識に緊張していたのだろう、私の喉がゴクリと唾を飲み込んでいた。
〈あーーー良かった。やっと連絡着いたー。アガレスがお前と話してたら突然消えたって言うからさ。冗談だと思ってたら、お前本当に国の何処にも居ないんだもん。俺としてはお前がいなくても大丈夫だと思うんだけど、皆が血相変えて必死に探そうとしててさ。仕方ないからこうやって通話魔法を使ったんだよ〉
しかしこの瞬間、私の緊張は全て無駄だったことを悟った。
畳み掛けるようにベラベラと喋り出す声は、先程聞こえてきた声と間違いなく同じで。
この国で「魔王」というものは、毒飛鼠のような黒い翼が生えているだとか、岩石牛のように大きな双角を持っているとか、とにかく人間からかけ離れたような姿であると語られている。
それでも流石にカイムと出会ってからは、幼い頃からの寝物語で聞いていたような異形なものでは無いという認識だった。
しかし、もっとこう……全体的に厳つくて、眼光が鋭い強面のイメージをしていた私もいた。
だが話し声を聞いた瞬間、私の中にイメージはすぐ取り払われ、代わりに三十代位の平凡な男性の想像図へとすり替わる。
「どうせ、私が居なくなったから自由にできる等と考えておられたのでしょう。隙あらば執務を放り出して城を抜け出そうとする方が魔王でなければ、皆余計な仕事をしないで済むのですよ」
〈そうは言うけどさあ……毎日毎日書類と睨めっこ。たまに謁見があるかと思えば、地方の族長達の小言を聞いて宥めたり、どうでも良いいざこざを諌めたり……本当に魔王じゃなきゃ駄目なのか疑う仕事ばっかりじゃん。たまには羽を伸ばしたくもなるよ〉
「たまにではなく、頻繁に羽を伸ばそうとするではないですか。それに、王として国を治めるには、地方族長達との謁見も大切です。まさか52年も王位に着いておきながら、今更知らなかったとは言いませんよね?」
〈ハイハイ、ワカッテマスヨー。……ったく、本当にお前は昔っから仕事に関して妥協してくれないのな〉
「どの程度の妥協を望んでいるのか計りかねますが、貴方様の考える程度まで妥協したら恐らく魔王国は崩壊するでしょうね」
心無しか普段よりも冷えた声色で話すカイムに対し、不満げでありながらも何処か気が抜けている声を上げるゴエティア王。
お互い慣れたような掛け合いを横で聞いている様子から、これが二人の日常茶飯事なのだろうと察する。
よく魔王がこの調子で五十年以上もの間、国が崩れなかったなと側近たちの手腕に感心してしまった。
それと同時に、これがローダンセ王国で残虐極まりない人物と思われている魔王であり、自分の本当の父親なのか……と、感情がスンと抜けていく感覚がしたことが、気のせいであって欲しいと思う私がいた。