いつも通りの朝が来る。
本日連続投稿3話目です。
食材関係の名前は、外国語の発音の中から語感優先で選んでいるため、人によっては違和感を感じるかもしれません。ご了承ください。
「――――……ま、……リムラさま、プリムラ様、起床のお時間になりました」
「――……んー、ぉはよ……ニレ」
専属侍女であるニレの声で目を覚ます。
夜中の一件で、何時もよりも寝起きが悪い私を見たニレは、苦笑いをしながら顔を洗うための桶を用意してくれた。
ニレは私が10歳の時に我が家にやってきた男爵令嬢だ。
私よりも五つ年が上で、兄と双子の妹二人、末弟がいる。
領地経営だけでは下の妹や弟達の学費が賄えないらしく、兄妹想いの彼女はその学費を稼ぐために我が家にやってきたのだ。
私の特殊な事情を理解しながらも優しく接してくれるので、私にとってはとても大切な存在だ。
「昨夜はあまり寝られなかったのですか?」
「うーん……そうなの、夜中に目が覚めちゃって。なかなか寝付けなかったわ」
差し出されたタオルを受け取り、洗った顔を拭いながら答える私。
タオルで表情が見えないのをいいことに、ニレから顔を隠しながら、昨夜の一件を思い出してみる。
会話もハッキリ思い出せるということは、夢でなかったのは確かである。
今夜詳しい事か聞けるまでは、家族には勿論、ニレにだって昨夜の話は出来ない。
話したら最後、屋敷中を巻き込んで大問題になってしまうだろう。
それに……優しい家族やニレに話したら、きっと余計な心配をかけてしまうだろうから。
「プリムラ様は毎日様々なことに対して努力していらっしゃいますからね。今日位は少しお休みされてもいいのではないですか?」
「そんなに頑張ってるつもりは無いんだけど……でも、そうね、たまにはゆっくりしようかしら」
「それでは、後でプリムラ様の好きな銘柄のお茶をお持ちしますね」
「ありがとう、ニレ。何時も気を利かせてくれて嬉しいわ」
当然のことですよ、と答えたニレは、私の今日の服を選びに衣装部屋へと入っていく。
ニレの優しさはいつもストレートに伝わってくる分、彼女に対して隠し事が生まれると少し罪悪感が芽生える。
私のそんな後ろめたい気持ちを知ることの無いニレは、水色のストレートなタイプのデイドレスを持ってきてくれた。
シンプルなデザインは私の好みに合っていた。
「さあ、早く支度を済ませて朝食に向かいましょう」
「そうね、よろしく頼むわ」
今夜、またカイムから話を聞くまでは、私の出自は絶対に隠し通さなければいけない。
そういえば、昨日カイムが残していった鶫は何処にいるのだろうかと周りを見渡すと、本棚の上の方でじっとしながらこちらの様子を伺っているのが見えた。
幸い、ニレにはまだ見つかってないようだ。
このまま見つかりませんようにと願いながら、身支度をするためにドレッサーの前に腰掛けた。
――――――――――――――――
「お義父様、お義母様、お義兄様、おはようございます」
「おお、プリムラ。おはよう」
「プリムラ、おはよう。今日のドレスもよく似合っているわね」
「おはようプリムラ、昨日はよく寝られたかい?」
ダイニングへ向かうと、ひと足早く家族が揃っていたようで、朝の挨拶を交わす。
白髪混じりの短髪を後ろに撫で付け、カストロと呼ばれる形に整えた髭を生やし、軍人を思わせる体躯を持つ父、ルバーブ・シュテルンベルグ。
ふわりとウェーブがかかった赤茶のセミロングに、ヘーゼルカラーの瞳、父とは対照的に小柄で優しい雰囲気を持つ母、ラベンダー・シュテルンベルグ。
長く伸ばした髪を後ろで結わえ、スラリとした長身、胸元のポケットにはべっ甲で出来た手持ち眼鏡を差し込んでいる兄、ヘザー・シュテルンベルグ。
拾われた子である私を、本当の娘のように接してくれる大切な家族だ。
「昨夜は夜中に目が覚めてしまい、あまり寝られなかったのです」
「それは災難だったな、プリムラ」
「あら、嫌な夢でも見たのかしらね。後で、少し前に手に入れた安眠効果のある精油を届けさせるわ」
お義兄様とお義母様の言葉に、ありがとうございますと返す。
お義父様は顎髭を撫でながら、ふむ、と思案顔を浮かべる。
「そういえば夜中、一瞬だが何処かで妙な気配を感じたな。プリムラもそれを感じ取ったのではないだろうか?」
「へ……変な気配、ですか?」
「うむ、今まで感じたことの無い気配でな。しかし、一瞬で気配が消えてしまった。念の為、アナット達に屋敷を見回るように申し付けたが、特に問題は無かったそうだ」
「へ、へえ……」
顔が引き攣りそうになるが、努めて平常心で返事をする。
父は辺境伯を継ぐ前は王国軍に所属しており、そこで武勲を立てた事がある。
その経験は国防を担う辺境伯の仕事でも活かされている。
その為だろう、恐らくカイムを召喚した時の気配を察知されたのではないだろうか。
アナットは長年父の専属執事であり、我が家の家令を務める。
アナットが指示を出して見回りしたのにも関わらず、カイムを召喚したことがバレなかったのは奇跡に近い。
「父上……まさかとは思いますが、寝ぼけてた訳ではありませんよね?」
「失礼だぞヘザー!儂はまだ第一線で動けるぐらいには鍛錬を欠かしてはおらんぞ!」
「まあまあ……何事もないならそれで良いではありませんか。とりあえず、朝ご飯にしましょ」
お義母様が二人の言い合いを切り上げてくれたので、私はそれ以上口を挟まなかったが、内心冷や汗が止まらない気分だった。
今夜カイムを呼び出す時には、周りに気を付けなければいけないかもしれない。
今はまだバレる訳には行かないので、何とか上手く誤魔化さなければ。
私は出されたお茶を一口飲みながら、平常心を保つよう心掛けた。
「そういえばプリムラ、この間登城した際にユーフォルビア様から声を掛けていただいてね。久しぶりに君と会いたいと仰っていたよ」
「殿下がですか?」
「ああ、プリムラの美しい瞳を久しく見ていないと嘆いていたよ」
ユーフォルビア王女殿下は、私と同い年であり、このローダンセ王国において王位継承権第四位に当たる方だ。
王女殿下の上には、第一王子のスターチス、第二王子のミムラスという二人の兄がいらっしゃる。
ちなみに、王女殿下の王位継承権が第四位なのは、王弟のグラジオラス・サンセベリア大公がいらっしゃるからだ。
どの方も金髪碧眼で整った顔立ちをしており、王族の血を引いているのがよく分かる。
そのユーフォルビア王女殿下なのだが、なんというか……少し変わった御方なのである。
国王の実子の中で唯一女性なので、お会いするまではいかにも王女らしい振る舞いをされる方なのだと思っていた。
しかし、貴族学院に入学した際、実際に会ってみると、私のイメージは見事に破壊された。
なんと、王女殿下は男装の麗人だったのだ。
本人曰く、王女たる振る舞い方は教わっているものの、兄達のように自由に動き回りたいからと、公の場以外では基本男装をしているとのことだ。
公の場以外ではと言いつつも、制服は何故か男性の制服だったので、どうしてもという場合以外は男装をしているようだ。
しかも、小さい頃から遊んで欲しくて兄二人の剣術練習について回っている内に、自身も相当剣術は上達したようで、時折騎士科の演習に飛び込みしては楽しそうに剣を撃ち合っていたのは記憶に残っている。
相手させられてた方はたまったもんじゃなかっただろうが。
そんな王女殿下は、何故か私のことをえらく気に入って下さっているのだ。
「金糸雀色の瞳が美しくてずっと見ていられる」という、なんとも不思議な理由らしいが。
余談だが、王女殿下は男装の時、いかにも世の令嬢が王子に抱いている希望を詰め込みましたというような立ち振る舞いをする。
その美しい顏で、スマートに令嬢をエスコートしたり、男性役でダンスを踊ったりするもんだから、令嬢人気は凄まじい。
私も初対面の時に「この格好の時はユーフって呼んで?」と言われてちょっとヤバかった記憶がある。
流石に滅多に呼べないので、普段は殿下とお呼びしている。
卒業後も、王城に文官として勤めている兄経由で声を掛けてくださる。
思えば、殿下にこうして声をかけて貰っていたことも、周りの人達から何か言われたりすることがなかった理由の一つなのかもしれない。
「私もぜひお会いしたいです。明日までに殿下宛にお手紙を認めますので、届けて頂けますか?」
「勿論だよ」
私の言葉に、お義兄様はニコリと笑って返事をしてくれた。
本日の私の予定が決まりつつあるな、と考えていると、ようやく本日の朝食が運ばれてきた。
本日の朝食は、白いパンにサラダ、白身魚のソテー、人参のポタージュである。
我が家の食事は貴族にしては珍しく、野菜が多いメニューになっている。
その昔、お義母様が嫁いできて間もない頃に「朝からこんなに肉を食べられる訳ないじゃない!」とお義父様にブチ切れた事が原因らしい。
私もお義兄様も食は細い方なので、お義母様がブチ切れていなかったら今頃食事が苦痛になっていただろう。
いつものように美味しい食事を堪能しながら、今日の夜までの動き方について、一人思考を巡らせた。