牢獄での会話①
いつも読んでくださる方、ありがとうございます。
やっと更新が出来ました…!
この所更新が遅れがちで申し訳ないです。
「……御機嫌よう。お変わりなく元気そうで、少し安心致しました」
「心配してくれてたのかい? ……まあ、一応嬢ちゃんの指示で鼻っ面殴られてるからねえ。いくら感覚共有越しとはいえ、ありゃあ相当キたぜ」
目的の人物・キョウは、牢屋の真ん中に堂々と座り込んでいた。
両手は魔力を封じる魔道具で拘束されているらしく、後ろに回されている。
憔悴する様子もなく、どこか楽しげに話しかけてくる様子を見ると、昨日の出来事が嘘だったようにも思えてくる。
〈プリムラ様、相手のペースに飲み込まれてはなりませんよ〉
(分かっているわ……)
私は一度お義父様の顔を見る。
お義父様は黙ったまま、私を見ながら頷くだけだ。
正直、彼から何処まで聞き出せるかは分からないし、自信はない。
けど、ここまで来たからには覚悟を決めるしかない。
……大丈夫、貴族同士がよくやる腹の探り合いとでも思えばいいのだ。
私は深呼吸をしてから、背筋をグッと伸ばしてキョウの方を見直す。
表情は、努めて笑顔を心掛ける。
「……昨日は殆どお話が出来ませんでしたので、折角ならばゆっくりお話をさせて頂こうかと」
「ハハァッ! 昨日自分を狙ってきた奴とゆっくり話したいなんて、普通は居ねえだろ」
「そうでしょうが、残念ながら此処におりますの」
私はゆっくりと自分の胸に左手を当てながら返す。
このやりとり、一瞬たりとも怯んではいけない。
怯んだら逆にその隙を突かれてしまいそうだ。
唯一有難いのは、相手は貴族ではないので口調は多少気にしなくても問題ないところだ。
それでも、これまで色々な貴族に対して場数を踏んできたので、ある程度は畏まった口調になってしまう。
「俺が嬢ちゃんにそう易々と情報を漏らすとでも?」
「あら、そんな堅苦しい話をしたい訳ではありませんわ。……でも私、一つ気になっていたことがありましたの」
「気になっていたこと?」
「ええ……昨日私が魔力切れを起こす程に必死で戦った鉄猪、どちらから連れてきたのかしらって」
「……へえ、案外目敏いんだな」
「あら、私は領内で見たことの無い魔物だったから聞いただけですよ」
「確かにシュテルンベルグ領内では、鉄猪が現れたという報告を受けたことがないな。恐らく冬の時期は雪が降るからだろうが」
私の疑問を聞いたキョウはニヤリと笑みを浮かべる。
そう、これは昨日鉄猪と対峙した時からずっと思っていたことだった。
何故なら、この国の北部に位置しているシュテルンベルグ領には、鉄猪は生息しないからだ。
因みにカイムによると、魔王国にはシウテクトリ火山の麓に広がるシウテクトリ大森林に生息しているらしい。
どうやら同じことが気になっていたらしいお義父様も私の質問に乗ってきた。
「他国から連れてきた……とは、考え難いでしょうか?」
「うむ。この国の国境にはオスマンサスが開発した魔道具が配置されている。仮にあの大きさの魔物を連れて越境は難しいであろうなあ」
お義父様の言うオスマンサスとは、ローダンセ王国の二大辺境伯と呼ばれるシュテルンベルグと並ぶ、もう一つの辺境伯の名前である。
オスマンサスでは主に魔法や魔道具の研究が進んでおり、その力を用いて国防という役割を果たしている。
同じ役割を持つシュテルンベルグは、戦闘能力が高い者や戦闘に向いている能力を持つ者を鍛えて兵力を高めるので対照的だ。
そうなると、やはりあの鉄猪はこの国のどこかで使役された可能性が高い。
この国では南部……とりわけ、南東に多く出没し、時々農作物に被害を及ぼすと聞いたことがある。
そういえばお義兄様が少し前に、何処かの領地で農作物が魔物に荒らされたという報告が上がったから、うちの領地でも気を付けた方がいいと言っていたような気がした。
でも、どこの領地だったかあまり覚えていないし、その魔物が鉄猪だったかも正直覚えていない。
もう少ししっかりと話を聞いておくべきだったと少し後悔する。
それを確認したところで、今回の依頼主と直接関係があるかは分からない。
ただ、だからと言ってスルーしていい問題でもないような気がしたのだ。
「何処であの鉄猪を捕まえようが俺の勝手だろ。そもそも、俺がアンタらに話すことは何もねえ。さっさと処分したらどうだ」
何を聞かれてもどこ吹く風という表情のままのキョウ。
寧ろ、頑なに依頼主の情報を話そうとしない。
……どうせ殺される位ならと開き直って、依頼主の事を洗いざらい喋ることもできるだろうに。
雇われて命を狙った筈なのだから、失敗した以上向こうに忠義のようなものを尽くす必要もないはずだ。
にも関わらず口を割らないということは、裏の世界の仕事をしている者としての矜持なのだろうか。
はたまた、そうできない理由があるのだろうか。
なんて返そうかと言葉を考えていると、お義父様が口を開いた。
「……裏稼業も難儀なものだ。危険な仕事を任される代わりに、どんな内容であれ契約が重んじられるのだからな」
「お義父様、それはどういう意味ですか?」
「仮にも辺境伯の娘を狙うなど、普通は誰も受けないような難しい依頼の筈だ。相当な報酬が得られる代わりに、万が一失敗した場合は相応の罰が下されるのであろう」
「それって……まさか」
「恐らくだが、自分の命が狙われる可能性が高い」
「――っ!?」
お義父様の話を聞いて驚きつつも、それ相応のことをやっているのだからそうなのだろうとどこか納得する自分がいた。
そして、一瞬でも甘い考え方をした自分を恥じた。
人の命を狙うという危険な仕事をしているのだから、口封じに消されるのは当たり前だ。
けれど、仮にも高位貴族の娘の命を狙うのだから、やはり有名になる程の実績は伊達ではないのだろう。
キョウは眉の一つも動かさず、ただ黙っている。
そんな彼を見たお義父様は、顎に手を当て何かを考えているようだ。
ややあって私をチラリと見たお義父様は、そのまま私に話しかける。
「プリムラ、お前はどう考える?」
「どう考えると言われましても……」
正直、このままでは埒が明かないと思う。
だが、彼から何か情報を聞き出せるような手段が思い浮かばない。
……私が来たのは意味がなかったのかもしれない。
そう不安に思っていると、いつもと変わらない落ち着いたカイムの声が頭の中に響いた。
〈……プリムラ様、この男の体から僅かな魔力の残滓を感じます〉
(魔力の残滓?)
〈恐らくですが、ここにいる誰のものでもございません。……ここまで巧妙に魔力の痕跡を消せるということは、能力によるものの可能性が高いかと〉
(なんですって!?)
キョウの事を改めてよく見る。
魔力の残滓などというものを私が感じ取るのは難しいが、何か違和感を感じる所がないか探してみる。
しかし、なかなか見つからない。
そこでふと目に止まったのは、彼の左鎖骨の下辺り。
普段なら服で丁度隠れているそこは、投獄された人用の粗末な服を着せられている為、浅黒い彼の肌よりも黒い何かが見えていた。
多分、あの感じだと丁度左胸に重なる位置にある筈だ。
一見刺青のようにも見えるが、私には別の何かのように思える。
「……ねえ、貴方の左胸のそれ、何かしら?」
「――っ!!」
「左胸? ……なっ!? お主、まさかそれは!!」
何も考えずに問いかけた私の言葉で、初めて彼の表情が引き攣った。
それだけで、刺青ではないと考えた私の勘が当たっていたということが分かる。
それらを見ていたお義父様も、彼の胸に目線を移した途端に表情が変わった。
牢獄の鉄格子があるにも関わらず、隙間から手を突っ込んだお義父様は、キョウの服の首元を掴んで引っ張った。
「やはり……!これは、契約の能力の印ではないか!」
「契約?」
「その名の通り、契約を交わす能力だ。その力で交わした契約は絶対的な効力を持つ。契約を交わした相手には、体の何処かに契約の印が刻まれる」
「そんな、まさか……!?」
先程のお義父様の話を思い出したのもあり、一瞬嫌な予感がよぎった。
しかし、お義父様は首を横に振ってから説明を続けた。
「いや、流石に命を奪うような契約ではないだろう。そのレベルの契約となると、能力を使った者の命も危ぶまれる筈だ」
「そ、そうなんですね」
「うむ。だが、厄介なことになったな……。先程も言った通り、この能力で交わした契約は絶対的な効力を持つ。そう簡単に契約は破棄できんのだ」
お義父様の説明を聞く限り、本当に厄介な事態なのだろう。
「どうすれば契約を破棄できるのですか?」
「確か、能力を持つ本人が契約を無効とする意志を持つか、能力で作った契約書を破棄するかという二つの方法だった筈だ」
本当にその二通りの方法しかないのであれば、お義父様の言う通り契約はそう簡単に破棄できないだろう。
能力を持つ本人に契約を無効とするように説得するにしろ、誓約書を見つけて破棄するにしろ、誰が契約の能力を持っているのか見つけなければならないからだ。
正直、その人物を見つけるどころか手掛かりを掴むことも難しいと思う。
それに……依頼されたとはいえ、彼は私を狙ってきた本人だ。
契約を解除すること自体、正しい判断なのかも分からない。
でも――……。
(カイム、どうしよう)
〈ふむ……プリムラ様自身はどう考えられているのですか?〉
(すぐにでも契約を解除できる方法があるなら、解除すれば何か手掛かりを掴めるかもしれない。でも、誰が契約をしたのかすら分からない今の状態では難しいと思うの)
〈確かに、今の状態では判断が難しいでしょう。……ではプリムラ様、ここで一つこの状況を打開できそうなお話をさせて頂いても?〉
(え、どういうこと?)
状況を打開できる提案とは、一体何のことだろうか?
カイムが何を言うか待っていた私は、その続いた言葉を聞いて驚きを隠せなかった。
〈私の能力をもってすれば、その契約を強制的に破棄できると思います〉