地下牢への道
個人的な事情により、久しぶりの更新となってしまいました。
更新が遅れてしまい申し訳ありません。
4月になるとまたしばらく更新が滞る可能性があるので、3月の間は頑張って更新したいところです。
「こ、これが地下牢への扉なのですか……?」
「うむ。まあ正確には、この扉を入った後しばらく長く暗い道を進んでいく」
隠されてた床の扉を開けながら、お義父様は説明する。
開かれた中には地下へと進む階段が見え、先の方は暗くて見えない。
思わずこれだけで、地下牢に行くと決めた自分の判断を後悔してしまった。
しかし、今更後悔しても遅いので、深呼吸して気を引きしめる。
「階段を降りて直ぐのところに持ち運び型の魔導ランプがある。それを起動すれば足元は問題ない」
「分かりました」
お義父様が先に階段を下っていくので、私もそれに続く。
階段を降りていくと、少しずつ周りの空気がひんやりとしてくるのが分かった。
想定はしていたが、地下に入ったからだろう。
しかし、思っていたよりも地下特有の湿っぽさはなかった。
「思っていたよりも湿っぽさがないのですね」
「ああ、風魔法を用いた装置が至る所についているのだ。中の空気を循環させ、湿気を飛ばしている。ここにいて体調を崩すことがあっては大変だからな。風の温度も変わるので、寒さや暑さもある程度は凌げる」
「風魔法の装置、ですか」
「そろそろ階段が終わるぞ。足元が見えにくいから気を付けなさい」
「はい、お義父様」
壁に手を添えながら降りていたので、幸い階段を踏み外すようなことはしなかった。
最後の一段を降りた頃合でお義父様が魔導ランプを起動してくれたので、周囲の様子がよく分かる。
道は一本の真っ直ぐな通路になっていて、かなり長い道になっている。
お義父様によれば、入ってきた集会場とは反対側にある食堂の奥、厨房の地下の辺りまで道は続いているとの事だった。
この隊舎の横幅は敷地の端から端までギリギリの長さなので、それなりの距離である。
「そういえば、ヴェアヌルス様の御神像の下が地下牢の入口になっているのは、何か理由があるのですか?」
「やはり一番の理由は、投獄された者が逃げ出せないようにする為だな。この長い廊下も理由の一つだが。他のものが手引きするにせよ、まさか神の御神像の下が入口になっているとは思わんだろう」
「では、内部にそういった者がいる場合には脱獄の可能性が上がるということでしょうか」
「ところがな、普通の人間では一人であのヴェアヌルス様の御神像を押せないのだよ。あれを押すには、少なくとも力に自信がある者が三人は必要だな」
「……なるほど」
お義父様がこちらを見ながらニヤリと笑みを浮かべている理由がよく分かった。
お義父様はあの御神像を動かせる能力があるから一人でも押せるのだ。
普通の人ではそう簡単に開けられないようになってる。
普段は滅多に投獄されるような人がいる訳でもないから、今回のようなことがなければ見張りを配置する必要は無い。
たまに居たとしても、一人で御神像を動かせるお義父様が説教の為に付きっきりになる。
どうやら不便そうに見えて、上手いように成り立っているようである。
「この通路も暗くて長いせいか、ここに連れてこられた大抵の者は恐怖を感じるようだ。そういう意味では、あのキョウとやらは眉ひとつ動かさず堂々としておったので、思わず感心してしまったわ」
「……そんな嬉しそうに話す内容なのでしょうか」
お義父様のよろしくない癖が出てることに、聞こえない程度のため息を吐く。
如何せん、長い間戦いに身を置いてきた方なので、思考回路が武人に振り切ってしまうところがある。
戦闘における能力に長けた部分があると分かると、敵味方に関わらず褒めてしまうのだ。
投獄された人を国防隊に勧誘してしまうのも、それが原因なのだからどうしたものかと思う私がいる。
それでも人の本質はよく見抜いているのだから、お義父様のある種の才能なのだろう。
お義父様が声を掛けた者は、ここである程度鍛えたら本人の希望や能力に合わせた部署に配置したり、役職を与えたりしている。
例えば、騎兵部隊や諜報部隊、はたまた戦略分析や工作部隊などがあったりするようだ。
場合によっては、紹介状を持たせて街の自衛団へ送り、街の護衛をする衛兵になることもある。
お義父様の采配において、本人は思ってもみなかった配属でもそこで才能を開花させるという場合も少なくない。
「その者の立場や性根がどうかは別として、才がある者は褒めてやりたいと思うのだがなあ」
カラカラと笑いながら話すお義父様は、どこか楽しそうである。
お義父様のこういう考え方は今に始まった訳でもないので、今更私が何か言ったところでどうしようもない。
まあ、そのお陰で今日まで辺境伯という立場としてやってきているで、素直に凄い人なのだと思うが。
余談だが、上辺だけで取り繕っている貴族からは苦手意識を持たれているので、お義父様のそういったところが起因していると考える。
「さて、まだしばらく道は続くぞ。奥に進むほど暗くなっていくからな」
「わかりました」
カツン、カツン、と靴が鳴る音が木霊するのを耳にしながら、私達はどんどん奥へと進んでいった。
――――――――――――――――――――
「ルバーブ様、プリムラ様、このようなところまで御足労をおかけしてしまい、恐縮でございます」
「ご苦労だ、メギ。楽にして良いぞ」
少しずつ地中深くに降りて行きつつも、暫く只真っ直ぐに歩いて行った先に、地下牢の扉が現れた。
お義父様がその扉を開くと、中は灯りを付ける魔道具で照らされていたので、今来た道よりは明るく感じられた。
そして入り口を入ってすぐの所に、待ち構えていたように敬礼している隊員がいた。
メギと呼ばれた人物は、全身が筋肉の鎧で覆われているかのような体格で、セージと比べると一回り大きい印象だ。
赤朽葉色の髪は国防隊員らしく短く切られており、髪と同じ色の瞳を持つ目はやや小さい。
表情もあまり変わらないようで、挨拶と一緒で真面目そうな性格が伺える。
どこかで見たことがあるな、と少し考えてみると、昨日の外出の際に御者に扮してくれた護衛の一人であったことを思い出した。
「お疲れ様です。昨日も護衛をしていただいた方ですよね?」
「覚えていただいていたのですね。メギ・ユリオプスと申します。ここからすぐ南隣に領地を持つ、ユリオプス家の次男です」
「まあ、そうだったのですね。ユリオプスといえば、紡績で有名でしたね」
「よくご存知で。光栄です」
「和やかに挨拶をしているところ申し訳ないが、メギに会いに来たのではないぞ」
「あ、すみません……」
ユリオプス様が貴族出身だと聞いて、つい領地のことについて聞いてしまった。
それに確かユリオプス領は、めん羊と養蚕が盛んだったと記憶している。
今は関係ない事だと思いつつも、いつか染物関係で有益な情報を聞けないかとつい考えてしまった。
「失礼致しました。例の男はこの先を左に曲がって一番奥の牢におります。相変わらず尊大な態度で、重要な内容は話す素振りもありません」
「御苦労。あとは儂らに任せておけ」
お義父様はユリオプス様にそう言うと、ずんずん目的の場所へ向かって進んでいく。
私はユリオプス様に一度頭を下げてから、慌ててお義父様を追いかけた。
お義父様は「儂ら」と言ったが、私がいることで何か聞き出せる事があるだろうか……。
一瞬弱気な思考に陥りそうになったが、頭を振って無理やり止める。
そのようなことを考え出したら、そもそも私がここへ来た意味が見えなくなってしまう。
私はきちんと彼に向き合って、話をするしかないのだ。
牢屋を五つほど過ぎたところで、道の曲がり角が見えた。
お義父様はここから更に三つ奥の左手側、この通路の一番奥にあたる牢屋の前で立ち止まった。
「……おや? “歩く要塞”が、わざわざこんな所まで何の用だァ?」
「昨日からここにいる割には元気そうだな。感心感心」
どちらも何処か楽しそうに話しているが、片方は地下牢に閉じ込められている人物の筈だ。
何処か場違いに感じてしまう。
私は一個手前の牢の前で一度足を止め、一度深呼吸をする。
昨日の一件もあって、内心緊張を隠せなかったのだ。
だが、ここで引き返すつもりは無い。
私は大丈夫、と心の中で言い聞かせた後、勇気を出して牢屋の前まで進んでいく。
お義父様の横まで来てから、牢屋の方へ体の向きを変えると、ようやくお目当ての人物に会えた。
「こいつは驚いた……まさか嬢ちゃんに会えるとは思ってもみなかったぜ」
地下牢に入っている彼の鮮やかな赤い髪と、柘榴石の色を宿すアーモンド型の目の鋭さは、全くと言っていいほど変わっていなかった。