国防隊の隊舎
今回は説明する内容が多くなってしまいました……。
シュテルンベルグ家の領主館の敷地内には、国防隊の大きな隊舎がある。
国境を守るのが一番の使命であるであるシュテルンベルグにとって、国防隊はこの王国を守るための要と言っても過言ではない。
国防隊は北西の要塞「ニンフルサグ」と北東の要塞「ニンサル」、そして領主館の三つを拠点にしている。
私たちが住んでいる領主館にある隊舎は、その三つの拠点の中で一番人の出入りが多い。
拠点間の行き来をする隊員をはじめ、主要都市の衛兵見習いやその他で警備を依頼される傭兵、時には王国軍の人達までやってくるのだ。
お義父様や国防隊の人達と共に、様々な訓練を行って力を付けるためらしい。
その国防隊の隊舎の地下には牢獄が設置されている。
領主館の地下ではなく国防隊の隊舎の方に設置されているのは、こちらの方が隊員も多くいる上に信頼できる者たちを配置しやすいとの理由からである。
そもそも、“歩く要塞”と呼ばれていたお義父様のお膝元にいながら、悪事を働こうとする者はそうそう居ないらしい。
そんな奴はよほどの思い上がりか愚か者だとお義兄様が話していたのは何時のことだったか。
それでも偶に街中で窃盗やトラブルを起こす者もいるので、そのような時は国防隊舎の地下牢に入れられ、一晩中お義父様直々のお説教を受けることで大体の者は反省と改心をするようだ。
……お説教がどのようなものか分からないが、私にそれを聞く勇気は今の所持ち合わせていない。
お義父様も「そんなくだらない事やる元気があるならウチで働いて力を使え!」と言って、最終的には国防隊の一員にしてしまうのだから、懐が深いと言うかなんというか。
なので今回の件は、シュテルンベルグ領に住む者や国防隊の者にとってはみすみす看過できるものではないのだ。
「プリムラは隊舎には入ったことがあったよな?」
「はい、数える程ですが来たことがあります」
国防隊の隊舎は、私たちが普段生活している屋敷の裏側にある。
シュテルンベルグ家の屋敷のすぐ裏には庭園があるが、更にその奥を進んでいくと訓練用の広場に繋がっていく。
その広場の一番奥に見える、両端が大きな柱のような形になっている建物が隊舎だ。
大きな柱のようになっている両端は隊員の寮になっており、それぞれ四階まである。
その間は三階建てになっていて、中には食堂や軍事会議室、隊員が汗を流すための大浴場や救護室まであるようだ。
私は特訓のために訓練場はよく使用していたが、隊舎事態には片手で数えられる程しか足を運んだことがなかった。
「ルバーブ様、お疲れ様でございます!」
「お主達もご苦労。ここを通るだけだから楽にして良い」
「はっ!」
久しぶりに足を踏み入れたそこは、普段生活している屋敷のすぐ裏にある場所なのに全く違う雰囲気だった。
今は時間帯的に訓練中なのもあり、隊舎の中には人がほとんど居ない。
それでもたまたまそこに居た何人かはお義父様と私の姿を見つけると、右手で握り拳を作り左肩に当てて敬礼のポーズを取った。
お義父様はそれに片手を軽く上げて挨拶を返しつつ進んでいくので、私は会釈をして後について行く。
東側へと進んでいくお義父様の先にある場所は確か集会場だった筈だ。
「集会場は初めてか」
「はい、初めてです。私なんかが滅多に入れるような所では無いと思っていましたので」
「まあ、普通に考えればそうであろうな。此処は全体への伝達がある場合や、有事の際の集会などで使う場所だ。隊員達も気軽に入る場所では無い」
「そうなのですか……、わぁっ」
お義父様が重々しい造りの扉を開けた瞬間、思わず声が漏れた。
集会場ということもありとても広い部屋が現れたのもその理由の一つだが、何よりも一番奥にある大きな五柱の神様の像が目に飛び込んできたからだった。
中心には最高神ヴェアヌルス様の像があり、その両脇に二柱ずつ四主神の像が並んでいる。
左から清浄の神イートゥ様、才知の神クァブァド様、鎮魂の神フヴジャ様、豊穣の神ドゥーリル様の順に立っている。
「まるで教会のような荘厳さですね……」
「はっはっはっ! 教会とは言い得て妙だな。いやしかし……命を懸けて国を守る際、神が我々に力を貸し、導いてくれることもある。だから出陣する前に、皆で此処で祈るのが決まりなのだ」
私はそれぞれの神様の顔をまじまじと見ていく。
私もお義父様達も熱心な信仰家では無いが、この国の貴族として一通りの教えは学んできている。
ローダンセ王国の北東、カーフィルライム共和国を超えた先に聖フラグマイティズ教国がある。
その為だろう、この大陸では聖フラグマイティズ教国の教えが浸透している。
教国の教えでは、まず最高神ヴェアヌルス様がこの世界を創造し、その後作った世界を共に育て見守るように命じられた四主神様が生み出されたとされている。
基本的には最高神であるヴェアヌルス様に祈ることが多いが、四主神様の方は自身の家柄や職業などによって、信仰をする神様が違ってくるのである。
例えば、騎士や学者などの自分の才能を伸ばしたい人はクァヴァド様、農夫や商人などのような人はドゥーリル様を信仰するのだ。
「てっきり、こういった場所にはクァヴァド様の像だけがあるものだと思っていました」
「そんなことはない。人によって祈りたい神が違うというのも理由の一つだが、どの神の力も国防隊にとっては大切なものだと儂は考える」
お義父様はコツコツと足音を響かせながら、五柱の御神像へ近づいていく。
私もお義父様の後を黙って着いて歩くと、やがて御神像の目の前までやって来た。
それぞれ大きさとしては大人一人分の大きさと変わらないが、少し高い位置に飾られているために見上げるような形となった。
「クァヴァド様が司る火は我々の道を照らし、イートゥ様の司る水が我らの喉を潤す。フヴジャ様の司る風がなければ我々は戦局を読むことが出来ぬし、ドゥーリル様の司る土のお陰で育った食料を食べることができる」
お義父様はそれぞれの神様の顔を見ながら話を続ける。
そんなお義父様の横顔を見た私は、お義父様が国王軍にいた際、様々な経験をしてきた話を思い出した。
国境沿いで異常に増えた魔物の討伐。
帝国から不法入国した者たちによって占拠されかけた領土の奪還。
時には、遠く南東の海沿いにあるモルセラ連邦がまだ一つに統合される前、その地に住んでいた海から船でこの国を狙おうとやって来た海賊のような部族の討伐などもあった。
ローダンセは比較的平和な国ではあるが、全く何も無かった訳では無い。
聞いた話はお義父様も若かった頃の話で、とにかく我武者羅に駆け回り血や泥に塗れながら戦ったと話していた。
きっと、私が想像している以上にたくさんの苦労をしてきたのだと考える。
「そして何より、ヴェアヌルス様の鐘の導きがあるからこそ、この国は今もこうして長い歴史を刻むことが出来ておる」
「……そうですね」
「そして王国のためとはいえ、いつ命が尽きるかも分からない役割を担っているのだ。今を生きられることを、きちんと感謝せねばならぬ」
ヴェアヌルス様の御神像の前で祈りを捧げながらそう話すお義父様の言葉には重みがあった。
教国の聖典によれば、ヴェアヌルス様はその左手に”導きの鐘”というものを持っており、その鐘の音が我々を導いてくれると記されている。
……私が魔王国から辺境伯領に来たことも、お義父様の娘として育てられたことも、全てはヴェアヌルス様の鐘の導きなのだろうか。
私にはこれまでもこれからも、私の人生の道行が明るいものなのかどうか正直なところ分からない。
しかし、少なくとも今こうして健やかに生きているということに関して、感謝しても良いのではないかとは思う。
私もお義父様に倣って祈りのポーズを取って目を閉じる。
今を健やかに生きていることについての感謝を心の中で述べた後、どうかこれからの私や周りの人達の行く末を明るく照らして欲しいことを願った。
〈……プリムラ様、熱心に祈られているところ失礼ですが、辺境伯様の姿が見えなくなる前に追いかけた方がよろしいかと〉
「……え?」
そんな長い時間祈っていたつもりはないが、カイムの声に弾かれるように顔をあげると、すぐそこにいたはずのお義父様の姿がなかった。
慌てて周りを見回すと、何故かお義父様は先ほどまで祈っていた筈のヴェアヌルス様の御神像の右側に立っている。
御神像がある場所は一段高くなっているため、お義父様の姿はよく目立っていた。
「お、お義父様!? そんな所で一体何を……!?」
「――ふんっ」
その瞬間、あろうことかお義父様が御神像を思いっきり押し始める。
一体何のために、と思っていると、ガコッと音がした後に御神像が横にスライドしていった。
呆然と見ていることしかできない私を他所に、お義父様は御神像が止まるところまで押し終わると一仕事終わったかのように両手を叩いてみせる。
御神像があった場所を見てみると、そこには鉄でできた扉が現れていた。
「さて、では地下牢へと向かうとするか」
どうやら、ここが地下牢への入口だったようだ。
ちょとした設定小噺になりますが、今回出てきた四主神の名前は、それぞれその属性に合った物の名前からもじっております。
気付く方が居てくれたら嬉しいな。