お菓子の材料
何時も読んでくださる方、ありがとうございます。
この所体調不良が長引いていたり、良くなったと思ったらプライベートでトラブルが発生したりで、少し筆が進んでおりませんでした…。
更新が止まらぬようにとちまちま書き進めてはおりますが、ストックの関係もありしばらく更新が週1程度になりそうです。
今後も頑張って更新していきますが、ご理解の程よろしくお願いいたします。
朝食の後はお風呂に入って、昨日の体の汚れと疲労をしっかり落とした。
身支度を整え、ようやくイベリスの居る厨房へ足を運ぶことが出来たのは、昼食の準備に取り掛かる前のギリギリの時間であった。
みんなの邪魔にならないように気を付けながら、厨房の奥へ向かうと、いつものように食材倉庫の前でうんうんと唸っているイベリスの姿があった。
声をかけようとしたら、先に私がいることに気が付いたイベリスが姿勢を正して声をかけてくれた。
「おやまあ! お嬢様、お身体の具合はいかがでしょうか?」
「ごきげんよう、イベリス。お陰様ですっかり元気よ。魔力切れのせいで何時もよりお腹が空いてしまうのだけどね」
「いやしかし……お嬢様がわざわざ菓子作りの為に、材料を探す予定で街へ向かったとお伺いしております。私の為に動いて下さった結果、危ない目に合われてしまったので、なんだか申し訳がない気持ちでして」
イベリスは眉を八の字に下げ、しょんぼりとしながら話す。
どうやらイベリスの中で責任を感じるところがあるようだ。
しかしそもそもの話、元を辿ればこちらがユーフォルビア殿下とのお茶会に持っていくお菓子をお願いしていることがきっかけなのだ。
彼は私に頼まれただけなのだし、材料を探すのだってこちらが勝手にやっている事なので、彼は負い目を感じる必要は無いのだ。
私はイベリスに向けて笑顔を浮かべながら、気にしないで欲しいという意味を込めて首を横に振った。
「イベリス、私の勝手なお節介が招いたことなのだから気にしないで欲しいわ」
「そ、そうでしょうか」
「ええ、本当に大丈夫だから。それよりも、その材料の件なのだけど……」
私は辺りを見回して、他の人が近くに居ないかを確認する。
そして、手に持っていた籠を彼の近くの樽の上へと置いた。
籠には布がかけられているので中は隠れており、イベリスが興味深そうに籠を見ていた。
私がその布を外すと、灰褐色の丸い実が大量に姿を現した。
「お嬢様、これは?種実類の実のようですが……」
「昨日、街の近くにある雑木林に行った時に偶然手に入ったの。食べられると聞いたから、持って帰って来てみたのだけど」
「ふむ、事前に乾煎りをしていただいていますね。それならば……」
イベリスは籠の中から実を一つ取り出すと、包丁を用意して割れ目ができているところに当てる。
手を痛めないように布巾を間に挟みつつ、包丁の背にグッと体重をかける。
すると、パキッという音を立てながら実が半分に割れ、中身が現れた。
イベリスはそれを指で取り出すと、眺めたり匂いを嗅いだりした後に口の中へと放り込んだ。
何も言わず、味を確かめるために咀嚼し続けるイベリスを黙って見ていることしかできない。
やがてごくりと喉を鳴らす音が聞こえたと思った瞬間、クワッと目を見開いたイベリスが興奮気味に喋り出した。
「なんと! これは胡桃と非常に似ていますが、普通の胡桃よりも風味がしっかりしています。鼻に抜ける香ばしさのある香りもいい。これならば、スコーンやビスケット……いや、いっそのことペーストにしてバターやクリームに混ぜてもいいかも知れない」
「良かった、お菓子の材料に使えそうなのね。安心したわ」
「お嬢様、これは一体なんの実なのですか? これを使って上手く菓子が出来た暁には、他のレシピにも取り入れたいので在庫を確保しておきたいのですが……」
キラキラと目を輝かせながら聞いてくるイベリスに、私はなんと説明したら良いのか分からず言葉に詰まってしまった。
実はこれは、火魔法を放った先に隠れていたために燃えてしまった黒子胡桃の実であると説明したら、彼はどんな反応をするのだろうか。
このローダンセ王国では魔物を食べることも少なくない。
ただ、黒子胡桃という魔物の実を食べるなど聞いたことがないのだ。
カイムの話では木材に使われる魔物らしいので、もしかしたらイベリスもこの魔物のこと自体は知っているかも知れないが……。
しかし、説明しないわけにもいかないだろう。
私は、声を顰めてイベリスに話し始めた。
「ええと、あんまり大きな声じゃ言えないんだけど……実はこれ、黒子胡桃の実なの」
「……なんですと?」
イベリスは驚いた表情で固まっている。
この木の実の正体が魔物の実であることに驚いたのであろう。
やっぱり、いくらなんでも魔物の実をユーフォルビア殿下へのお菓子に使うのはまずいかしら……。
そう思っていると、イベリスは固まったまま、小さい声で何か訪ねていることに気がついた。
「…………か?」
「え? 今なんて……」
「黒子胡桃の木材の方は……無かったのでしょうか?」
「あ、え、ええと……ごめんなさい、実の方しか手に入れられなかったの」
どうやら彼は、黒子胡桃は木材に使われるのを知っていたようだ。
それどころか、黒子胡桃の木材に興味があるような態度である。
本当のことは言いづらいので濁しつつ答えると、イベリスは目に見えて残念そうな表情を浮かべて溜息をついた。
「ああ、そうですよね……いえ、申し訳ありません。お嬢様にこんなことを聞くのも失礼でしたね」
「……私よく分かっていないのだけど、黒子胡桃の木材って結構有名なのかしら?」
「お嬢様、ご存知なかったですか? 黒子胡桃は世界三大銘木と呼ばれる内の一つなのです。加工もしやすいのに衝撃や耐久性に優れているので、家具や建築だけでなく、器具等にも使える木材なのですよ」
「へえ、知らなかったわ」
汎用性が高い木材は、確かに需要が高いのだろう。
ただ、珍しくイベリスがお菓子関連じゃない分野で饒舌に話しているのが気になるところだ。
そこの部分に引っかかりつつも特に深く考えず聞いていた私は、彼が続けて話した内容によってその理由を理解せざるを得なかった。
「ただ、その名の通り普段は能力を使って隠れているので、滅多に見つけられないのが難点でして……その希少性から王室で使われるレベルの高級木材の一つとしても有名なのです」
「そ、そんなに希少なの?」
「私もいずれは黒子胡桃を使った調理器具を揃えたいと思っているのですが、一式揃えるとなると給料の二ヶ月分ほどが消えてしまうので……当分はコツコツと貯めるしかないですね」
ほう……と溜息を吐きながら話すイベリスを見て、思わず背中に嫌な汗が滲むのを感じた。
黒子胡桃のことは、本当に昨日までその存在自体を知らなかったので、そこまで希少価値があるとは思っても見なかった。
そんな魔物を火魔法一発で燃やしてしまったなんて、口が裂けても言えない。
これは私とカイム二人だけの秘密にすることにした。
「しかし、この木の実の正体を聞いて納得致しました。これ程美味しいものは、そう簡単に手に入るものではないですからね」
「イベリスのお眼鏡にかなったようで良かったわ」
「寧ろ、お嬢様にこれほどの材料を見つけて来ていただいたことに感謝申し上げます。ですが……この木の実の在庫を手に入れるのはかなり難しそうですね。残念ですが、仕方ありません。一先ずこれは王女殿下へお持ちする菓子の材料として、大切に使わせていただきます」
「ええ、お菓子ができるのを楽しみにしているわ」
「おやまあ! これは余計に腕を振るわねばなりませんね」
イベリスが笑いながらそんなことを言うので、私もつられて笑ってしまった。
とりあえず、これでお菓子の材料に関しては問題が解決したので一安心だ。
長居するのも失礼なので、私はイベリスに挨拶をした後、直ぐに厨房を後にした。
部屋に戻るために廊下を歩いていると、カイムから思念が飛んできた。
〈プリムラ様、申し訳ありません……〉
(え? いきなりどうしたの、カイム)
〈黒子胡桃は見つけるのに少々骨が折れるのですが、魔王国ではそれ程珍しいものでもなかったのです。あくまでも魔物ですから、繁殖力はそこそこありますので〉
(そうなんだ)
〈ですが、ここは魔王国ではないことを失念しておりました。あまりこういうことが増えてしまうと、プリムラ様が怪しまれてしまうでしょうし……次からは、その事を念頭に入れた上で判断するように致します〉
そういうカイムの声は心做しか申し訳なさそうだった。
つまり、カイムとしてはローダンセ王国では希少価値の高い黒子胡桃を、魔王国にいる感覚で普通に燃やしてしまったことを反省しているのだろう。
魔王国では当たり前のことでも、国が変われば変わってくることも増える。
場合によっては、それを不審に思う人が出てくる可能性もあるのだ。
今回は初めてのことだし、カイムなりに気を回して判断してくれたことなので仕方ないと思う。
それが分かったことで次からは気を付けてくれるだろう。
(あまり気にしないで大丈夫よ、カイム。私のことを考えてくれたからこそのことだろうし、今回はお陰で助かったのだから)
〈……寛大なお心遣いに感謝致します。次は黒子胡桃を見つけたら、木材も一緒に手に入れられる方法を使いましょう〉
(そ、そういう問題じゃないのだけれども)
あまり黒子胡桃の乱獲はしたくないなと思いながら、部屋の前の廊下に出る。
すると、私の部屋の前にお義父様が立っているのが見えた。