魔力切れの対処療法
次に私が目を覚ましたのは、その日の夜、屋敷にある自室のベッドの上だった。
目を覚ますと、心配そうに顔を覗き込むお義父様とお義母様の顔が目に入った。
お義兄様は、王城で泊まり込みの仕事らしく、明後日帰ってくるとの事で今ここにはいない。
起きてすぐは少し頭がクラクラしたが、ニレから差し出されたハーブティーを飲んだことで落ち着いた。
お義父様達は、ニレやセージ様の話を聞いて、私が目覚めるまで側で見守ってくれていたそうだ。
今日は無理を言って出かけたのにこんなことになってしまって、とても罪悪感を感じた。
「あの……お義父様、本当に申し訳ございません。私が我儘を通したばっかりに、こんなことになってしまって」
「プリムラ、何も謝ることはない。聞けば、お前は最初に狙われた際、カイエンの者に危害が及ぶことを恐れて動いてくれたそうな。そんなお前を責めるようなことができようか」
「それでも、私が出かけなければ――」
「そもそも、今回の外出は事前に儂が許可を出しておる。ならば、儂が敷いた警備体制が不十分だったということ。プリムラは自分を責める前に、儂自身を責めなければいかんのだ」
「お義父様を責めるなんて、私は微塵も思っておりません!」
「ならば、もうこの話は不問にしよう。それで良いではないか」
ニコリと笑ってそう話すお義父様。
……そのお義父様の笑顔に、私は今まで何回も救われてきた。
まだ申し訳なさが残る私に気付いているのかいないのか、お義母様が優しい笑顔を浮かべながら口を開いた。
「プリムラ、魔力切れを起こしたって聞いたわ。魔力切れを起こすと、体が急いで魔素を作ろうとするから物凄くお腹が空いている筈よ。何か食べられそう?」
お義母様にそう言われたものだから、思わず両手でお腹を押さえてみる。
自覚したからだろう、ぐるるるる……と私のお腹が音を立てたので、少し恥ずかしい気持ちになった。
そんな私を見たお義母様の目配せで、ニレがトレーを持ってやってきた。
トレーには、小麦粥と野菜が沢山入ったオムレツ、そして串に野菜や肉が刺さった物が沢山出てきた。
「小麦粥とオムレツは料理長が作ったものです。そしてこちらは、プリムラ様が道中で目が覚めた時のことを考えて、念の為にカイエンの屋台で沢山買っておいた串焼きです。ここにはありませんが、一応フリローレンもございます」
普段私たちが食べるものは我が家の料理人の作った料理しか並ばないので、屋台の串焼きが出てきたことに驚く。
出された串焼きをよく見てみると、わざわざ温め直してくれたようだ。
ニレを見ると、目が合った後ニコリと笑って言葉を続ける。
「我が家の料理人が作ったものではございませんが、お嬢様が元々食べようとしていた物だったので……料理長に無理を言ってしまいました」
「……ありがとう」
その言葉を聞いて、これはニレなりの気遣いなのだということを理解した。
ニレにお礼を伝えてから、串焼きを一本手に取り一番上に刺さっている具材を口に含む。
食べた瞬間、脂身の存在感をしっかり感じる濃い肉の味と甘辛い味が口いっぱいに広がる。
どうやらタレをよく塗った豚肉のようだ。
間には馬鈴薯や人参も挟まっていて、一本でも十分満足感を得られそうだ。
うまく残してカイムにも分けてあげようと心の中で独り語ちる。
食べ始めた私を見ながらお義父様が再び話し始めたのは、小麦粥を食べようと匙を手に取った時だった。
「今日は色々あって疲れているだろうから、あまりここに長居をするつもりはないが……簡単に、その後のことをプリムラに報告しておこう」
「その後のこと、ですか?」
「ああ、お前が気を失ってからのことだ。例の使役者に関しては、ニレと共にお前を探していた護衛が雑木林の中で倒れているところを発見し、捕縛した。彼奴は今、屋敷の地下牢に入れている」
気を失っていた所為か、そもそもの原因である使役者の存在をすっかり忘れてしまっていた。
男も無事に捉えることができたようで、こちらの作戦が上手くいったことに一安心する。
「彼奴の方がお前よりも早く気が付いてな。アナットが先に少し話を聞こうとしたが、黙秘し続けているようだ。だが、例の牙鼠を潜り込ませる協力をした若者に顔の確認をしてもらった所、まさしくこの男だと言っていたようだ」
「やっぱり、そうだったのですね」
「まあ、捕えたばかりでそう簡単に行かないのは重々承知だ。色々手を尽くしてみる予定だよ」
「分かりました」
「さて、と」
お義父様はベッド脇に置いていた椅子から立ち上がる。
お義母様もそれに続いて立ち上がると、私の頭を優しく撫でてくれた。
「さあ、食べられるだけ食べて今日はゆっくり休みなさい。また明日、元気な顔を見られるのを楽しみにしているわ」
「ありがとうございます、お義母様」
「うむ。また明日、分かった事があればお前に話をしよう。くれぐれも無理をするでないぞ」
「お義父様もありがとうございます。……おやすみなさい」
二人は私の挨拶に答えた後、そのまま部屋を後にした。
ニレも、お茶が足りなさそうなのでもう一度淹れてきます、と言い残して去っていく。
部屋の外には護衛がいるようだが、室内には私一人だけとなった。
(カイム、起きてる?)
〈プリムラ様、無事に目覚めたようで何よりです〉
思念で呼びかけると、当たり前のように言葉が返ってきたのでホッとする。
私が気絶したことで、カイムに何か影響が出たらどうしようかと心配していたが、どうやら大丈夫だったようだ。
(カイムの為に買い物をするつもりだったのに、結局ほとんど何も用意できなかったわ。本当にごめんなさい。せめて串焼きだけでも分けてあげるわね。……あ、後でフリローレンも)
〈ありがとうございます。プリムラ様のお心遣いに感謝致します〉
ニレが戻って来ないうちに、急いで伏魔殿へと残りの串焼きを送る。
カイムも届いて早速食べたのであろう、とても美味しいですねと絶賛していた。
私は小麦粥とオムレツを口に運びながら、今日の出来事を振り返った。
……まるで、自分の身に起きたことだとは思えないような一日だった。
マンサック家を訪れた後、カイエンで私を狙う使役者の男と矢羽鷹、そして鉄猪と対峙したこと。
カイムと召喚契約を結び、炎系の中級魔法・上級魔法が使えるようになったこと。
カイムが教えてくれた作戦を使って、セージ様と鉄猪を撃退したこと。
使えるようになった魔法を沢山使ったことで、魔力切れを起こしたこと……。
そこまで振り返って、気になっていたことがあったのを思い出した。
(そういえば……本当なら私の魔力量じゃ打てない程の魔法が使えたけど、あれも召喚契約の影響かしら?)
考えながら小麦粥を啄いていた匙でぐりぐりと残りを混ぜる。
今回私が放った魔法は、私自身の魔力量では発動が難しかったはずだ。
いくら私が魔族だとは言え、日中は魔力量が半減しているという話だから、今まで自分が認識していた魔力量が日中の魔力量の筈だ。
上級魔法である火炎爆発は、本来ならば高位魔導士や熟練の冒険者でないと出せない魔法である。
私にはそれほどの魔法を打てる魔力量も技量も無かったはずだ。
だが、カイムは恐らく私が火炎爆発を打てる想定で作戦を考えたのだと思うし……ううむ。
疲れもある状態では自分で考えるのも難しく、すぐにカイムに聞いた方が早いかもしれないという結論に至る。
私は残りの小麦粥を食べ終わってから思念で彼に話し掛けた。
(ねえカイム、今日の事で疑問に思ったことがあるのだけど、聞いてもいいかしら)
〈はい、どうされましたか〉
(私、今日は魔力切れする程魔法を使ったけど、本来ならあれだけの魔法を使える程の魔力量は無いはずなの。……貴方は私が火炎爆発を使える程の魔力量があると想定してあの作戦を立てたのよね?)
〈その通りでございます……と、言いたいところですが、本来の召喚の特性を考えた上での作戦です。少々、賭けのような部分もございました〉
本来の召喚は召喚契約した精霊の力を借り、その精霊の属性の魔法を強化する能力だ。
精霊の力とは、言わば魔力である。
精霊ではないが、召喚契約をしたことでカイムの魔力を譲渡された形になったのだろう。
(やっぱり、召還契約が関係しているのね)
〈プリムラ様は以前、魔力量は中の上と仰っていましたね。その魔力量だと、基本魔法の火魔法でいうと十五発、中級魔法の炎弾でいうと三発か四発位が使える計算になります。そこに私の魔力が同じ位追加されたと考えた上で、火炎爆発が一発ぐらいなら使えると考えました〉
(そこまで考えていたなんて……)
カイムがいなかったら、本当に私は危なかったのだなと反省する。
今はまだ難しいかもしれないけれど、私もああいった時に冷静に判断ができるようになりたいと思った。
〈色々と詳しく話したいところではございますが、今日は無理をせずゆっくりお休みください。こうして思念での会話が出来るようになったので、これからは以前より気軽に会話ができるでしょうから〉
(ありがとうカイム……あ、でも、イベルがいなくなっちゃったのは少し寂しいわね)
〈ふふっ、大丈夫です。イベルは私の魔力で出来ているので、何時でも呼び出せますよ〉
(そっか、そうよね……)
心の中で少し引っかかっていた部分が取れて、安心する。
一先ず食事も取ったお陰か、段々と眠気が襲ってきた。
お義母様の言う通りであればもっと食べる必要がありそうだが、まだ身体は本調子では無いのだろう。
お義父様達もカイムも休むよう言ってくれてるし、今日はこのまま寝てしまった方が良さそうだ。
サイドテーブルに食器を置いてお茶を一口飲んだ後、ベッドへと身体を預ける。
意識が途絶える前に、カイムに伝えなければならないことを思い出した。
(カイム、今日はありがとう。私、少しは成長できたかしら)
〈……お礼など、不要ですよ。今日は色々と不慣れな中、プリムラ様はよく頑張りました。寧ろ、今日は少し無理をさせてしまいました。申し訳ございません〉
(ううん、私がやるって言ったんだから。これからも……色々と、教えてね……)
〈……承知しました。でも今日は、よくおやすみなさいませ、プリムラ様〉
とうとう眠気に勝てなくなり、私は瞼を閉じる。
頭の中で聞こえるカイムの優しい声に包まれているような気分だった。
また明日から頑張ろうと心に決めてから、私は微睡みの中へと引き込まれていった。